71話 体育祭

 ――秋。体育祭の時期になった。


 この中学では、徒競走・障害物競走・二人三脚・玉入れ・リレー・騎馬戦・縄跳び、イス取り合戦などが行われる。

 

 体育祭まで一ヶ月。出る種目が決まった。

 夏に水泳の授業で俺の筋肉が周囲にバレてからジョギングしていることも知られた結果、なぜか俺は徒競走とリレーのメンバーに組み込まれた。

 ジョギングは短距離走とは違うのに皆俺が足が速いと勘違いしている。陸上部に勝てるわけがない。


 ただ、体育祭前に練習として自分が出場する競技を体育の時間で練習することになった。

 俺は徒競走、リレー共に百メートルなので、その距離を練習することになった。


 こうやって、短距離を測るのはいつくらいぶりだろうか。


「次、準備!」


 先生の声で俺ともう一人のクラスメイトが位置に着く。


「よーい……スタート!!」


 先生の掛け声と共に、俺は足裏でグラウンドの地面を蹴った。


「ハッハッハッ……」


 俺も隣のクラスメイトも息を切らしながら必死に走る。


 もうちょっとだ。足も腕も振って、風を正面から受ける今の顔は酷いだろう。


「あだぁーーーっ!?」


 ゴール少し手前。俺は盛大にコケた。

 地面を擦った結果、膝と肘から血が出ていた。


「九藤、大丈夫か!?」


 先生が近寄ってきて俺を心配する。


「ただ、コケただけなんで大丈夫ですよ」

「そうか……立てるか? 保健室行って絆創膏貼ってもらいなさい」

「はい。わかりました」


 記録なし。


 俺は自分の速さがわからないまま、保健室へ行って治療してもらった。

 このあと、全体で参加する競技の練習もあるので、百メートル走を練習する時間は取れなかった。


 結局、俺の速さは体育祭当日までわからなかった。




 …………




「ねぇ、見た? 光流転んでたわよ」


 体育祭の種目の練習。私と深月は横目で光流の様子を見ていた。


「あ……うん。痛そうだったけど、可愛い」

「は?」


 かわいいと言ったことについて意味がわからないのか、深月がおかしなものを見るような目で私を見つめた。


「なんか、ドジも全部可愛く見えちゃうんだよね」

「うわぁ。好き好きフィルターこっわ」

「深月もいつかわかるよ」

「そんなもんかね」


 普通ならどう見てもかわいくないのだが、光流なら可愛く見えてしまう。

 現に他のクラスメイトも転んでいたが、何も感じなかった。


 それにしても光流が走ってる姿、かっこよかったなぁ……。


 


 ◇ ◇ ◇




 体育祭当日。


 ついに俺が走る場面がやってきた。

 まずは、個人の百メートル走。他のクラス六人と一緒に走ることになる。


「光流! 頑張ってね!」


 しずはから声が届いた。


「ありがと。頑張るね」


 俺はそう返事をして、スタート位置についた。



「位置について……よーい、スタート!!」



 先生の鳴らすスターターの音を聞いて、俺は地面を思いっきり地面を蹴った。


 前半五十メートルは抑えて、後はマックスで走る。ジョギングのようにペース配分を考えて俺は全身で前に進む。

 横を見る余裕なんてない。とにかく俺は足と腕を振ってゴールテープを切った。


「はぁ……はぁ……あれ?」


 一位だった。というか、周りがめちゃめちゃ遅かった。ダントツ一位で優勝。


 徒競走は、準決勝や決勝などがなく、先生たちが決めた組み合わせの相手になる。

 部活やっていた人いなかったのかな。他のクラスの男子のことは全然知らないけど、ちょっと呆気にとられた。


 なんか、イメージしてたのと違う。


「光流〜! お前やっぱ速いじゃん!」


 クラスメイトの男子に褒められた。


「いや〜、なんか周りが……」


 微妙に嬉しくない。もっと速い相手がいるはずなのに。




 ◇ ◇ ◇




 お昼。お弁当を食べる時間になった。

 俺はクラスメイトの男子プラス深月としずはと一緒にご飯を食べていた。


「あんた一位だったじゃん」


 深月が俺に褒め言葉ではなさそうな感想を送る。


「たまたまだよ。あれって組み合わせ次第だし」

「確かに……私だって二位だったし」


 運動なんて全くやってこなかったしずはですら六人中二位だった。

 つまり、しずは以上に運動ができない女子が他に四人もいたということになる。


「はぁ〜? 私、六位なんですけど!」 


 深月が呟く。これは組み合わせが悪かったのか、もしくは――、


「若林さんは走り方がちょっと……」


 クラスメイトの男子が深月の走り方が悪かったと指摘した。


「あんた、殺すわよ?」

「あ、殺してください」

「は?」


 深月が鋭い目を男子に向けながら、キツい言葉を放つ。

 しかし、その男子はなぜか殺してくださいと懇願した。深月は気持ち悪いものを見るような目で睨んだ。


「リレーは多分速い人だけしか集まらないはずだから、ちゃんとした戦いが見れるはず」

「じゃあ、今度こそ頑張ってだね?」

「そうだね」


 他のクラスは誰が走るのか知らない。でもあいつが走ると俺は前々から聞いていた。


「ほんとお前ら仲良いよな〜」


 クラスメイトの男子の一人が呟く。


「だから言ったろ。小学校の頃からの友達だって」

「そうなんだけどな〜」

「はぁ……あんた、言いたいことあるならはっきりと言いなさいよ! 男らしくない」


 こわっ。怖いよ深月さん。もう少し優しくしてあげてもよろしいのでは?


「あ、いや……いいです」


 そこで、縮こまるなー! 深月は褒め言葉に弱いぞ! 可愛いと直接言ってやればいいのに。

 まぁ……冬矢くらいじゃないとそういう言葉は言えないか普通は。




 ◇ ◇ ◇




 昼食が終わり、その後、クラス対抗四百メートルリレーの競技が始まった。


「まさかアンカーで同じとはな」

「そうだな。まぁお前に勝てるわけないけど」


 俺の隣に並んでいたのは冬矢だ。

 普通に考えて、ユースで活躍している冬矢に勝てるわけがない。


 中学サッカーは前後半三十分ずつだけど、冬矢はフルタイムで出場したりしている。

 つまりそれだけ体力も足の速さも速いということだ。


「さぁな。やってみないとわからんぞ?」

「これで勝負になったら自分の才能が怖いけどね」



 そうして、リレーが始まった。


 俺のクラスは順調に走って行くも三位。

 一方、冬矢のクラスは四位だった。


 誰が速いのかわからないけど、ここから逆転できるだろうか。


「ははん。これは面白くなりそうだ」

「え?」

「ほら、位置に着くぞ」

「あぁ」


 冬矢の言った意味はわからなかったが、もうアンカーの出番だ。

 三走目の生徒が、必死に走ってくる。そして――、


「九藤っ!!」

「おう!」


 俺はクラスメイトからバトンを受け取った。

 冬矢よりほんの少しだけ早いバトンの受け取りだった。


 心の中でうぉりゃあああと叫びながら俺は、息を吸っては吐くを繰り返す。

 両足を回転させ、風を切るように腕を振る。


 もう少し。


 ……一人抜いたっ!


 あと一人だ。


 俺、いけえええ!


 走りにくい走路のカーブ。グラウンドの砂で足が外側へスライドしていく。

 滑るのを堪えると、ついに直線になる。


 最後の……一人ぃっ!


 俺は先頭にいた他クラスの生徒を、あと三十メートルのところで抜かした。


「光流っ!!!」


 しずはの声が聞こえた。


 そんな時だった。

 後ろから明らかに速い足音が聞こえた。――冬矢だ。



 クソっ。やばい。



 直線、あと二十メートル。


 走路の右側。

 ふと、俺の視界に金髪の少年が目に入った。



『自分の心の奥にある一番の気持ちを大切に』



 彼に言われた言葉を思い出す。



 ……ルーシー……ルーシー……ルーシーっ!!!



「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 これもここにいない大切な少女のためだと、負けたくない気持ちを声に出しながら、最後の力を振り絞った。


 あと十メートル。


 まだ抜かれていない。いける。

 このまま走れ、俺!


 しかし――、


 ゴールテープの直前、颯爽と駆け抜けるハヤブサのような少年が俺の横を追い抜いていった。

 ゴールテープを破ったのは、俺ではなく冬矢だった。


「はぁっ……はぁっ……くそぉぉぉ」

「はぁっ……やるじゃん、光流……はぁっ……」


 俺も冬矢もゴールした直後、息を整えるまもなく言葉を口にした。


「勝てるとは思ってなかったけどさ、悔しいなーっ!」

「さすがの俺も焦った。あぶねーあぶねー」


 少しだけハンデがあった。

 俺は冬矢より先にバトンをもらっていた。


 前にいた二人を抜いたのまでは良かったが、さすがにユース選手だ。

 ハンデがあっても俺には勝てなかった。


「ほら、光流」


 冬矢が俺に手を出してきた。


「あぁ」


 俺はその手に手を伸ばして握手をした。

 今までサッカーゲームや遊びの追いかけっこなど色々やったが、今回初めて本気で冬矢とやり合った気がした。



 俺は周囲を見返した。

 あの金髪の少年の姿は――なかった。

 俺の幻覚だったのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇




 リレーが終わると俺は自分のクラスに戻った。


「ひか……」

「九藤くんお疲れ様! あと少しだったね!」

「もうちょっとだったね!」


 しずはが俺に声をかけてきそうだったが、それを遮って他の女子達が俺の元にきた。


「うん。ありがと」

「九藤だけじゃなくて俺たちも頑張ったんですけどー?」

「あんた達がもうちょっと早かったら優勝してたじゃん」

「そ、それは……」


 女子に耐性のない男子はこういう時に弱い。


「光流、お疲れ様。冬矢速かったね」

「あぁ、さすがに勝てなかった」

「でも、頑張ってた」

「ふふ。そうだね、ありがとう」


 しずはと会話する中の頑張ったとか努力という言葉。

 これは結構好きだった。


 何かを本気で努力した人にしか通じ合えないもの。

 ちゃんとそういうことを理解してる内容での会話。上辺だけじゃない。


「光流、モテ始めたんじゃない?」


 横にいた深月に言われた。


「どういうことだよ」

「ほら、さっきみたいにクラスの女子が群がってたじゃない?」

「あぁ、今だけでしょ?」

「さぁ、どうだかね。女子ってかけっこが速い男子好きじゃない?」


 スポーツができる男子はモテる。

 中学や高校ではそういう子が多いと姉から聞いたことがある。

 ただ、女子と積極的に会話できる男子もモテるという話も聞いた。


「かけっこって……。まぁそういう人もいるみたいだけど」

「ね、しずは?」

「へっ?」


 話を振られると思っていなかったのか、しずはが驚く。


「ほら、さっき光流って叫んでたじゃない」

「あ、あれは、応援なんだから普通でしょ!」

「はぁん? 他の男子には言ってなかったのにね」

「……深月、あとでトイレきて」


 しずはと深月のバトルが始まった。

 もう仲の良い二人だけど、たまにこうやってバトルする。


「なによ。私シメられるわけ?」

「うん。コチョコチョしてやる」

「ちょっ、あれだけは止めてよ!!」

「ねぇ、光流。深月ったらこう、脇腹のところコチョコチョってやられるの弱いんだよ〜?」

「ちょっとやめてっ! あんたっ! だめっ! あっ……あははははっ! だめっ! あははっ! 死ぬっ! 死ぬっ!!」


 しずはが深月を公衆の面前で脇腹をコチョコチョしだした。

 深月がそれに耐えられず、いつもは見せない表情を晒していた。


 声を出して笑いながら目に涙を浮かばせる深月の姿と少しSっぽい興奮した表情になりながらコチョコチョしているしずは。

 周囲にいたクラスメイトの男子は、普段は見られない二人の姿に目を奪われ、なんともいえない表情になっていた。


「余計なこと言わないでよ?」

「はぁ……はぁ……あんた殺す気? さっき走ったこいつより絶対疲れてる自信ある……」


 深月は地べたに女の子座りでへなへなと崩れて降参していた。

 百メートル走をした俺よりも疲れているらしい。


 すると、しずはが突然、俺の横に来て耳元で呟いた。


「さっきの、カッコよかったよ。ふふ」


 耳元で囁かれて、ゾクッとした。

 ちょっと小悪魔じみたしずはの微笑み。ただ、少し顔が赤くなっていた。


 それを見せながら、次の競技の準備に向かっていった。






 ー☆ー☆ー☆ー


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