70話 活躍

 ――夏休み。


 冬矢に試合を観に来いと言われた。


 なんと大会のメンバーに選ばれたとのことだった。


 つまり、クラブチーム同士で戦うジュニアユースの大会に出場するということだ。

 U-13の関東リーグ大会で、一応スタメンで出られる話を聞いている。

 活躍できれば、これから毎試合起用してもらえる可能性もある。


「なんか、みんな揃うの久々だね」

「たまたま部活の休みが被っただけだけどね」


 そう話す千彩都と開渡。さらに。


「ほんとだよね。懐かしいなぁ」

「せめて同じクラスだったらね」

「てかなんで私まで……」


 俺としずはが答えると深月が愚痴る。

 せっかくだし、小学生の時から俺達の事を知っている深月まで連れてきた。


「しーちゃん綺麗になっちゃってからさ、ほんとモテてるみたいね?」

「あ〜、ちょっと困ってるけどね」

「ほんと、私も困ってるんだから」


 千彩都との久しぶりの直接の会話。

 やはり話題はそこだった。


「深月ちゃんも大変だね」

「そうよ。男共はほんとくだらないわっ」

「きゃーこわい」

「あんたね……」


 千彩都と深月の掛け合い。どう喋っても深月は茶化される側になるらしい。


「私サッカーなんて全然わからないのに」


 深月が呟く。


「私としーちゃんだってそうだよ。サッカーゲームしてもルール覚えられなかったもんね?」

「少ししかやってないからね。全然わからない」


 俺の家で皆でウィナイレをやったのは懐かしいなぁ。

 あの頃は意外と皆と遊ぶ時間はあったんだけどな。


「わからないことは俺と開渡が説明するからさ」

「そもそもサッカーに興味持ってないんだけどね」


 それならサッカーの説明をしても退屈なだけか。


「じゃあ、冬矢がミスしたらヤジでも飛ばしてあげたら?」

「それいいわねっ!!」


 急に元気になった。深月のスイッチの入りどころがイマイチわからない。


「あー、でも……」

「でも、なによ?」

「冬矢ガールズに聞こえないようにね?」


 俺は少し遠くの席のいる女子たちを指差す。


「彼女たち、冬矢のファンらしいから。彼女なのか、そうじゃないのかわからないけどね」

「ふぅーん。別に気にしないわ。あいつのことなんて」

「俺達まで一緒に冬矢ガールズに詰められそうで怖い」


 冬矢から事前に聞かされていた。

 女が応援に来ると。

 厄介そうだったら、離れて見たほうが良いと言われた。


 自分で厄介って言っちゃってる所がね。




 ◇ ◇ ◇




 そして、試合が始まった。


 

 冬矢のポジションは攻撃的ミッドフィルダー。ちょうど中間辺りにポジションをとっている。

 攻守に絡み、特に攻撃においては得点を決めるフォワードへのパスの他に自らも積極的に得点を狙うポジション。


 冬矢は中学に入ってからどんどん体が大きくなり、俺に筋トレを勧めたくらいだ。体もがっしりしてきていた。


 相手から強めに当たられても簡単にはふっ飛ばされず、ボールキープできる。


 しかも、今回の試合では、冬矢はかなり声を出していた。


 さらによく見ると――、


「キャプテンマークしてるじゃん」


 全然気にしていなかったけど、腕を見るとキャプテンの腕章をしていた。


「なにそれ?」


 深月が聞いてきた。


「司令塔というか、チーム全体を指揮してる人。クラスでいう委員長的な存在」


 この例えが合っているかわからないけど、イメージだけ伝わればいい。


「ふーん。ピアノにはそういう概念がないから新鮮だわ」


 個人種目ではキャプテンはないからな。集団競技でないと出てこない概念だ。


「うおぉぉぉっ! まじで!?」

「えっ? なになに? ボール入った?」


 俺が叫ぶと深月が何が起きたのかわからないのか説明を求めた。

 いちいち純粋だなぁ。


「冬矢がゴール決めた。まだ前半十分くらいじゃない?」

「ゴール決めたら得点が入る。つまり今冬矢のチームが勝ってるってこと」


 開渡も補足して説明してくれる。


「じゃああいつ凄いのね?」

「あぁ、凄いね」

「けなすポイントないじゃない」

「ははっ、そうだね」

「深月ったら、ほんと面白いね」


 深月のブレない視点に俺もしずはも笑う。



 その後、前後半通して冬矢はフル出場した。


 結果。冬矢のチームは五対一で勝利した。その内、冬矢は二得点、一アシストだった。


 試合が終わったあとの時間、冬矢が俺達のところまでやってきた。


「よう! 今日は観に来てくれてありがとな」


 汗まみれの冬矢がタオルで汗を拭きながら話す。


「冬矢凄いじゃん!」

「はは、お前たちが来るからさ、張り切っちゃったわ」


 サッカー漬けで肌が日焼けで真っ黒な冬矢。チャラさに拍車がかかる。


「まさかゴールまで決めるとは。本当にプロなれちゃうかもね」

「いんや。そんな簡単じゃないよ。これからこれから」


 冬矢は自分には厳しいタイプなのだろうか。

 傍からみればちゃらんぽらんに見えてもおかしくないのだが、こうやって本気でサッカーやっているところを見ると、凄くカッコよく見える。


「深月ちゃんも来てくれてありがとね。どうだった?」

「全く持ってつまらなかったわ!!」

「あー、そっか。サッカー興味ないよな、わりいわりい」


 冬矢が普通に謝った、しおらしい。もっと茶化すかと思ったのに。


「そういうことじゃなくてね、あんたがミスしないからよ!」

「ははは、そういうことか。じゃあ次来たらミスするかもな」

「なにまた来させようとしてるのよ」


 やっぱり冬矢だった。

 深月が関わる会話は、かなり面白くて笑ってしまう。

 ほんと良いキャラなんだよなぁ。


「俺達がまた深月連れてくるからさ」

「ちょっ、何勝手に決めてるのよ!」

「ほら、しずはだって深月いたほういいでしょ?」

「うん、深月と一緒がいい」

「ぬぐぐ……」


 しずはにはなぜか弱い深月。

 やっぱりピアノで尊敬している部分があると、こうなってしまうのだろうか。


「じゃあ、次行くから! またな!」


 そうして冬矢は冬矢ガールズの方へ走っていった。


「あっちにもちゃんと挨拶するのね」


 深月はジト目で冬矢の背中を見つめていた。




 ◇ ◇ ◇




 夏休みが進む中、俺は日課であるジョギングをしていた。


 休みの日は早朝。学校がある日は夜に走っている。



 そして、俺が必ず通るルートがある。

 それがルーシーと出会ったあの公園だ。


 通るついでに、たまにあのドームの中に入って一人で考え込む。


 あそこに入ると、誰にも邪魔されずルーシーのことだけを考えられる。

 俺にとってはそういう空間になっていた。


 早朝だと公園には誰も人がいない。


 なので、一人静かに腰を下ろして目を瞑る。

 風で木が少し揺れて葉っぱ同士が擦れる音とセミの鳴き声だけが、俺の耳に入ってくる。


 ルーシー、俺は中学生になったよ。ルーシーも中学生だよね。

 あの時より綺麗になったかな。あの美人のお母さんから生まれたんだから、ルーシーも美人になるよね。

 そんなのは最初に一目見た時からわかってたけど。


 今でも思い出すよ。このドームの中で独り泣いてたルーシーを。

 傘を差していなかったのかびしょ濡れでさ。なのに、そんな状態なのに、君が輝いて見えて。


 あぁ、ルーシーのこと考えるとやっぱり会いたくなる。


 俺、少し筋肉ついたよ。

 ルーシーが筋肉嫌いって言ったらショックだから、好きであってほしいな。

 ルーシーは、華奢なままなのかな? それなら、今度こそ俺が守るから。


 あの時は俺も体が小さくて、ルーシーの大切な腎臓を守れなかったけど、今度は全部守る。

 そのために少しずつ強くなってるよ。


 じゃあ、またね。ルーシー。


 ルーシーのことを考え、独り言のようにルーシーに話しかける。

 普通に考えて、俺キモいな。ルーシー依存症とはこのことだ。


 俺はジョギングの続きをしようと、ドームから出た。


「ん?」


 ドームから出てブランコの前を通り過ぎようとした時だった。


「やぁ、おはよう」


 独りの男子が俺に話しかけてきた。

 こんな早朝に公園にいるなんて驚いた。


「あ、おはようございます」


 挨拶されたので、とりあえず挨拶を返しておいた。


「はじめまして。今日は良い天気だね」

「はじめまして。そうですね、ジョギング日和です」


 天気の話題とはベタな。

 それにしても、この人、イケメンで金髪……。


 前にもどこかで……あっ……小学生の時に、同じくここで俺に話しかけてきた少年だ。


 いや、でもなんか微妙に顔が違うような。

 はじめましてって言ったし、別人、だよな。


「誰もいないし、少し会話に付き合ってよ」

「えっ……まぁ、良いですけど」


 俺も別に急いでるわけではなかったので、気晴らしに会話してみることにした。

 俺は彼の隣のブランコに座る。


「最近はどうだい?」

「最近ですか。特に変わったことはないです……いや、中学生になって結構変わったかも」


 俺は彼が赤の他人だからか、心の内を少し話した。


「どう変わったんだい?」

「ええと、周囲が変わったというか。仲良くしてた友達と会う時間が減ったり、友達が急にモテだしたり、友達同士が付き合ったり、色々です」

「そうか。自分よりも周囲が変わったことが多いんだね」

「そうなりますね」


 彼は本当にただ世間話をしたいだけなのだろうか。


「モテだしたり、付き合ったりというワードがあったが、君はどうなんだい?」

「えっ、俺ですか?」

「そう、君だ」


 まぁ、この人にならいいか。


「ええと……俺にも好きな人はいるんですけど、ちょっと今すぐには会えなくて。俺、その子しか多分見れないんです。だから今はあんまりそういうことは考えられないですね」

「そうだったのか。これは言いづらいことを聞いちゃったかもしれないね」

「いえ、良いんです。最近はあんまりこういうこと吐き出してなかったので」


 友達とも会う回数が減ったので、ルーシーの事を誰かに話すという行為も減った。

 唯一話せるのは姉だけど、毎回話すのも気が引けるので、今はあまりしていない。


「そうか。なら誰かが君の事を好きになっても告白は断ると?」

「はい、そうなると思います。相手には申し訳ないですけど……」


 告白って、断ることにも勇気がいるよね。多分。

 そう思ったらしずはって、今まで何度かそういう経験してるんだよな。


「その相手がどんなに君の事を好きでも? どんなにお願いしても? 何度告白してきても?」

「そ、それは……っ。極端というか、俺をそんなに好きになる人は……あ」


 ある人物を思い浮かべてしまった。名前のわからない謎の人物を。


「なんだ、最近告白でもされたのか?」

「あ、ええと、差出人不明のラブレターとかバレンタインチョコもらったりはしましたけど……」

「そこまでしてくれる相手はさぞかし良い子なんだろう。恥ずかしいのか、何か理由があって直接言えないのか」

「はい……誰かはわからないので、俺も何もできないんですけど」


 俺にもわかる。あんな手紙を書いてまで、クッキーを作ってくれてまでしてくれる子だ。

 絶対に良い子だ。でも――、


「じゃあ、その子が実際に現れて、告白してきても断るのか?」

「そ、そうですけど……正直、断るのも辛いですけどね」

「まぁ、そうだよな。でも、そうするしかないもんな」

「はい……」


 そのことを考えるだけでも少し辛い気がしてきた。

 相手に申し訳なくて……申し訳なくて……。


「まぁ、元気だしなよ!」

「あ……はいっ」

「君なら、良い選択ができるよ。話していてわかった。君は優しいからね」

「そう、なんですかね」


 優しいか。何度か言われたことがあるけど、優しいってなんだろう。

 俺は特に気にしたことはないんだけどな。


「僕から言えることは一つ。自分の心の奥にある一番の気持ちを大切に、ということだ」

「一番の気持ち……ですか」

「その気持ちを大切にしていたら、この先何があってもブレないと思うぞ」

「はい……そうかもしれません」

「じゃあ、僕は行くね。話してくれてありがとう。良い朝になったよ」

「こちらこそ、なんだかスッキリしました」


 謎の金髪の人物が、公園を出ていった。


 彼と喋れて良かった。

 やっぱり、こういうことって誰かに話さないと良くないな。


 冬矢の邪魔しない程度に、今度時間作ってもらおうかな。

 やっぱり話を聞いてもらうなら冬矢しかいない。




 ◇ ◇ ◇




 金髪の人物が公園を出て、少し歩いた先で待っていた男性と接触。


「ジュードォ〜。お前こんなに朝早くに起こすなよ〜。眠たいじゃん」


 気だるげにあくびをしながら弟を出迎える。

 彼らは光流がいつもジョギングをこのルートでしていたことを知っていた。


「たまにはいいでしょ兄さん。だけど良いこと聞けたよ」

「なんだよ。教えろよ」

「光流くんは今でもルーシー一筋みたい」

「はーっ、凄いな、あいつも」


 兄は関心する。


「ふふ、こういう粘り強さというか気持ちの強さはルーシーと一緒だね」

「ルーシーも大概だけどな。また茶化してやらんと」

「まぁ、今のところ、僕らが危惧してるようなことはないと思うよ」


 兄弟がいう危惧していること、それは彼がルーシー以外と付き合うということ。

 ルーシーが今でも光流のことを想っているように、光流もルーシーのことを想っている。


 でも、今二人はまだ会えないし、互いの気持ちも知らない。


「そっか、なら良い。帰って寝よう」

「何言ってるのさ。せっかく早起きしたんだから、俺達も光流くん見習ってジョギングでもしようよ」

「バカっ! そんな面倒くさいことしてられるか!」


 兄弟らしい会話をしながら、彼らは自分たちの車に乗り込む。

 ただ、早朝に突然叩き起こされた運転手の身にもなってほしいものだ。






 ー☆ー☆ー☆ー


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