第4章 中学生編

69話 中学生

 ――俺達は中学校に進学した。


 ルーシーから連絡がないまま、二年ちょっと過ぎた。


 ルーシー。大きくなったかなぁ。あっちで友達作れたかなぁ。

 俺がいないからって引きこもってないかなぁ。

 ルーシーだって成長したし、俺がいなくても明るくできているかなぁ。


 この二年間。ルーシーのことばかりだった。

 ルーシーのことだけ、というわけではなかったけど、俺の脳みその半分以上はルーシーで埋まっていたと思う。


 勝手にルーシーの成長した姿を想像したり、再会した時のことを考えたり、デートした時のことを考えたり。


 俺のこと、忘れていないといいな。



 中学では皆の制服姿が目に入る。うちの中学はブレザーだ。

 小学校まで私服だったので制服という魔力によって異性が少しだけ魅力的に見える。

 ルーシーのいるアメリカはあまり制服のイメージはない。ルーシーの制服姿。絶対可愛いだろうな……。



 中学に入ると、俺の周囲で変化したことがいくつかあった。


 まずは、冬矢が予定通りサッカー部には入らず、ジュニアユースの練習に毎日のように行っている。

 スクールとは全然違うのか、かなり厳しいらしい。なので、俺と遊ぶ時間もかなり減った。二ヶ月に一回遊べればいいレベルだ。校内でたまに会ったり、メッセージのやり取りとかはしてるけど。

 

 そして、開渡と千彩都が付き合うことになった。

 時間の問題というか、今まで通りというか、予想の範疇ではあったことだ。

 開渡から告白したらしい。


 俺達は『やっとかよ』という気分で祝福した。


 開渡と千彩都はそれぞれ中学のテニス部とバスケ部に入った。

 一年生だけど、二人とも小学校からやっていたこともあり、もうレギュラー候補らしい。


 最後。これは劇的に変化したことだ。


 しずはが、めちゃめちゃモテるようになった。

 小学校の最後の方から急に美人に拍車がかかったしずはだったけど、その見た目は中学の同級生や先輩も注目するほどだったらしい。


 心配していた新しい友達も少しはできたみたいだった。

 でも今しずはと一番仲が良いのは――、


「まさかあんたと同じクラスになるなんて思ってもいなかったわ」

「ふふ、それは私も」


 腐れ縁、ライバル……やっとちゃんとした友達になった二人。

 若林深月わかばやしみづきも俺達と同じ中学に進学していた。


 冬矢はサッカーでより忙しくなったし、開渡と千彩都も毎日のように部活動だ。

 なので、しずはは部活に入っていないのもあり、元々知り合いだった若林と仲良くなるのも時間の問題だった。


 俺はもうしずはとは二人きりで帰るなんてことは基本的になくなっていた。


 しずははいつも若林や中学でできた友達とよく帰っている。

 俺も中学でできた友達と一緒に帰ることが多かった。


 俺としずはと若林が同じクラスなのもあり、本当にたまに三人で帰る時がある。

 その流れで今は若林のことを深月と呼ぶようにもなった。


 ただ、深月としずは。日本のジュニアトップピアニストのワンツーが今ここにいるとは誰もが知らなかった。

 それを知っているのは、本人たちと俺達くらいだった。


 二人共ピアノの実績を周囲に一切話さないし、ピアノを習ってるくらいにしか言っていない。

 彼女達が本気で取り組んでいることをほとんどの生徒が知らずに、上辺だけで興味を持っているようだった。

 自分からピアノの事を話さないなら知る由もないのだが……。


 しずははモテるようになった結果、入学してから数ヶ月で既に何人かから告白を受けたようだった。

 本人は全て断っていたみたいだけど。


 ただ、いつもその仲介に深月が入るという現象が起きていた。

 男子が深月に頼んでしずはを呼んでくれとか、手紙を渡してくれとか。そういうことをしているらしい。


 ただ、深月だって男子の中では可愛いと言われているのを俺は知っている。

 いつもツンツンしているので、近寄りがたく告白する隙もないだけ。



「なぁ、お前さ。若林さんと藤間さんと仲良くね?」


 そう男子の友達に聞かれることも増えた。


「うん。小学校の時からの知り合いと友達だからね」

「どっちか狙ってないのか?」


 中学生になれば、男子ともそういう恋愛話も増えてくる。

 小学校では冬矢や開渡以外とはそういう話をしたことはなかったので、少し変化を感じた。


「そうだね。俺たちはそういう関係じゃないよ。ただの仲良い友達」


 仲は良いけど小学校の時と比べると疎遠になりつつある。

 それは他の三人も同様で、少し寂しい。


 こうやって少しずつ離れていくのかな、とも思ってしまう。


「じゃあ、あの二人が誰かと付き合ってもいいのかよ?」

「…………」


 付き合う、か。深月はともかく、しずは……。

 少しだけ、心がキュッとなった気がした。


「それは……本人が決めることだよ。俺は別に……」

「光流の気持ちを聞いてるんだけどなぁ」


 俺の気持ちか。


「わからない。でも、彼氏ができたなら祝福したい」


 小学校の時、あんなに仲良くしてきたしずは。

 今のしずははもう、あの頃とは違う。


 彼女がした決断なら、俺は信じられる。


 でも、しずはを上辺だけしか見ないやつなら、その時俺は――、


「――怒っちゃうかもしれないな」

「ん? なんだって?」

「いや、なんでもないよ」


 彼氏彼女の話に他人が口出しするなんて、良いわけないよな。

 今度、しずはに聞いてみようかな。……最近告白されてることについて。




 ◇ ◇ ◇




 ――中学一年生のある夏の日。


 学校で水泳の授業が始まった。


 男子の目線は、深月やしずはのスクール水着に釘付け……かと思いきやそうではなかった。

 そして、それは女子も同じで――、


「いや、お前筋肉ヤバくない!?」

「部活入ってないのにすごすぎるだろ!」


 注目されていたのは俺だった。


 確かに中学一年生にしては、筋肉が結構ついているかもしれない。

 筋トレすると決めてから二年間ずっと筋トレとジョギングをしてきたし、タンパク質もちゃんととってきた。


 俺の腹筋が割れるのは確定事項だったろう。


「小学生の時から筋トレばっかしてたからね」


 最初は入院によって削げ落ちた肉体を取り戻すために冬矢のアドバイスでやり始めたけど、途中からはルーシーの為に強い男になろうと思ってしてきたことだ。


 小さい頃から筋トレばかりすると身長が伸びないと言われることもあるようだが、今のところ順調に伸びてきている。


「ね、ねぇ。九藤くんの筋肉凄くない?」

「同級生で初めてみた、あんな筋肉……」


 女子からもチラホラとそういう声が聞こえてくる。

 女子は皆筋肉が好きなのだろうか。


 中学一年生で筋肉がムキムキなやつはまずいない。

 体育の時間、体操着に着替える時にちらっと見えた男子たちの肉体を見ても筋肉が全くついていなかった。

 そして今回の水泳の授業で確信した。筋肉があるのは俺だけだった。


 俺は希少な存在になれたわけだ。

 少し嬉しい。


 何も取り柄がなかった俺も少しは突き出たものができたからだ。


「なんか部活入ればいいのに〜」


 そう友達に言われはしたが、そういう気になれなかった。どの部活もピンとこなかったのだ。


 でもずっと前からやりたいことに何か引っかかりはあった。

 しかしそれが今でもわからない。




 ◇ ◇ ◇




 ――水泳授業の休憩時間。


「ねぇ、光流のやつ注目集めてるわよ」

「そうだね……」

「……とられちゃうよ?」

「それはないと思う」


 もしかすると、これを機に光流もモテだすかもしれない。

 でも、私は光流が誰か女子と付き合うとは思えなかったのだ。


 もちろんその理由はわかっている。


「ふーん、自信があるわけ?」

「ううん。私のことじゃ……いや……いつか話すね」


 深月は私が光流と付き合う自信があるの?という問いかけをしたが、彼女には光流の想い人の話はしていない。なのでこのような質問になった。


「あなた達、色々あるのね」

「そうだよ。色々あるの。一言で済ませられない色々」

「あんた、あいつ見てると明るくなったり暗くなったりするわよね」

「しょうがないじゃん。コントロールできるものじゃないし」


 もう深月には色々と見抜かれている。私が光流のことを好きだってことも。


「あんたも大変ね。告白されまくって」

「深月にも迷惑かけちゃってるしね」

「ほんっと、あいつら自分で伝えろってのね。男らしくないったらしょうがない」


 なぜか私は中学に入ってから、男子に告白されるようになった。

 少し見た目も努力するようにしたからそうなのかもしれないけど、まさか自分が告白されるような人間だとは思ってもいなかった。


 見た目を褒められるのは嬉しいけど、何か違った。

 そもそも会話だってほとんどしたことない相手にそんなこと言われても……。


 深月にもいつも迷惑をかけている。私に渡す手紙や呼び出しなど、大抵深月経由で聞かされる。


「皆見る目ないよね。深月もこんなに可愛いのにねっ」

「あ、あんたねっ。私の機嫌とろうったってそうはいかないわよ」

「深月そろそろそのチョロいの止めたらどう?」

「チョロくないっ!!」


 ほら、可愛い。

 深月みたいな子が男子生徒だったら、私も好きになったのかな。

 光流以上に好きになれたのかな?


「男子に可愛いとか言われてもすぐに好きになったらダメだよ?」

「ならない!」

「心配だなぁ」

「はぁ、私はあんたが心配だってのに」


 ピアノの話も恋愛の話も、今は深月とばかり話している。


 親友とまで思っていたちーちゃんもバスケ部で忙しくなってしまって、本当に会う機会が減った。

 たまに会うくらいになってしまった。メッセージのやり取りをしたり電話もたまにするけど、やっぱり会って直接話す以上に友達というものを感じられることはない。


 その代わりに今はこうして深月がその立場に収まっている。


「じゃあ、私が落ち込んだら深月が慰めてね」

「そうなった時は私がコンクールで一位ね!」

「万全じゃない私を倒して嬉しいんだ?」

「言わせておけば……嬉しいわけないでしょっ!」

「なら慰めて万全な私にしてね?」

「む、ムカつくぅ……っ!」


 話す度に可愛く見える深月。

 あーあ、男子はもったいないなぁ。こういう純粋なツンデレさんが一番可愛いのに。 

 でもこういう深月を見られるのも私といる時くらいか。


「それにしても光流の体つき……凄いなぁ」

「あんたも筋肉フェチなのね」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「ワーキャー言ってる女子Aにならないことを祈るわ」


 女子Aより一歩には前に出ているとは思うけど、結局光流に対してほとんどアクションを起こしていない。


 でも中学でいる間に、私は……私は……。

 

 

 




 ー☆ー☆ー☆ー


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