64話 Interlude

若林深月わかばやしみづきさん、準備お願いします」


 係員が呼び出しにきた。例年、コンクールの上位者は最後の方に回される。

 今回、私の順番は深月の次、一番最後だった。


「藤間しずは。あなたに初黒星をつけるのは私よ!!」


 私だって最初から優勝してたわけじゃない。

 もっと小さい頃には普通に負けてたから黒星もたくさんもらっていた。


「うん、頑張って!」

「ぅ……なんなのよその笑顔! やりづらいわね!!」


 プンプンしながら深月は控室を出ていった。




 ◇ ◇ ◇




 俺達はホールの席で演奏される曲を聴いていった。


 まだ小学生というのにそれぞれが凄い演奏だ。指がどうやったらあんなに動くのかわからない。

 でも審査員のように全員の曲の違いなんてわからないし、まだかまだかとしずはの順番を待っているだけで、他の奏者の演奏は耳を通り抜けていっている気がする。


『次は武彩ぶさい小学校、若林深月さん。曲はチャイコフスキー「眠れる森の美女」よりワルツ』


「お、深月ちゃんきたぞ」


 冬矢が呟く。

 もうずっと深月ちゃん呼びだ。こいつすげぇよホント。


 俺達は先ほど会話した若林に注目する。

 彼女だって成長しているはず。一年半も経過したんだ。


 あの時もしずは以外で唯一驚かされた一人だった。


 舞台袖から壇上のピアノへと歩いていく若林。

 俺達と会話した時のような傲慢さやチョロさは欠片もなく、まさに清楚。


 観客へ一礼する時の動作と言い、先ほどまでの若林と同一人物とは思えない。


 そして、若林の演奏が始まった。




 ◇ ◇ ◇




「藤間しずはさん準備お願いします」


 私の順番が来た。控室から舞台袖まで移動する。


 ちょうど深月の演奏が始まったようだった。

 前回同様にこの位置からよく聴こえる。


 私はもう何度も何度も小さい頃からコンクールに出場してきた。

 最初のうちは緊張しすぎて、演奏前になると全身がガクガク震えて泣きそうだったけど、今ではピクリともしない。


 好きなピアノを弾けるというのもあるけど一番は慣れだ。

 でも慣れは怖い。油断に繋がるかもしれないからだ。


 どれだけ努力しても、前回のようにノーミスで終われなかったりすることもある。

 だから、その確率を少しでも減らす為にも適度な緊張は必要だと私は思っている。


 私は天才じゃない。

 だから努力してきた。


 でも最近は努力の方向が変わった。

 好きな人がいる相手を好きになってしまった。


 彼の視線を少しでも私に向けさせるため、私は開渡の言葉を聞いて本気で努力するようになった。

 そのおかげで、これまで以上にピアノの実力も成長できた気がする。


 指導してもらう先生も母だけではなく、外国人の有名な指導者を付けてもらった。

 過去にオーストリアで演奏家をしていたというルーカス・エーデルマン先生。


 今までは母の指導だけだったので、ストレスなくピアノをしてきた。

 でも"本気"でやると決めてからは、より高みへと登る為に一歩前へと踏み出した。


 ルーカス先生は厳しかった。髭もじゃで威厳のありそうなおじいちゃんなのだが、彼の演奏を目の前で聴いた時は全身が震え鳥肌が立った。私のピアノはなんて低い次元でやっていたのかと。


 私はまだ小学生。ルーカス先生のように弾けるわけがない。

 でも、だからといってそこで諦めるわけがない。


「チガーウ!! モット、ユビサキ、ナメラカニ!」


 カタコトの日本語だが、ちゃんと伝わる。

 今まではピアノにひたすら向かうだけだったが、手や指、体のストレッチまで教えてもらった。

 そうすることで、体が柔なくなり表現力が広がった気がした。


 今日の演奏を迎える数日前。


「シズハ。キミノコト、テンサイトハイワナイ。デモ、ドリョクノテンサイダ。ソレハ、キミヲウラギラナイ」


 私の努力がルーカス先生に認められた。私はのめり込むとピアノを一生やってしまうほどだ。

 最近は努力を努力と思わなくなっているような気がする。


 何かの為に努力できるって凄い。好きな人の為に努力できるって凄い。



 ――女の子の好きって気持ちは、凄い。



 男の子も好きな人のためなら、努力以上の努力ができるかもしれないけど。




 ◇ ◇ ◇




 深月の演奏が終わった。


 客席からもの凄い拍手が聞こえる。

 舞台袖に戻ってくる深月。


「どう? 見直したかしら?」


 ドヤ顔で私に迫る深月。満足した演奏ができたようだ。


「深月の実力は、ずっと前から認めてるよ」

「ふ、ふんっ! そんなこと言ってもあなたに勝たなければ意味ないの!」


 昔はうるさいと思っていた深月も今では可愛く見える。

 もし同じ学校に通えたら、仲の良い友達になれるかもしれない。


「藤間しずは! あんたの本気、見せなさいよね」

「うん。ありがとう。いつも深月がライバルでいてくれたから、今の私があるのかもしれない」

「ラ、ライバル!? あなた私をライバルだと思ってたの!?」


 深月は驚いた顔をしてあたふたする。


「だっていっつもいるじゃん」

「私はあなたに見向きもされない実力だと思ってたんだけど……」

「そんなことないよ。私、深月の演奏好きだもん」

「す、すすすすす、すきぃ!?」


 顔が赤くなり、手で頬を抑える深月。

 チョロすぎでしょ……。いや、私も人のこと言えないと思うけど。


 演奏にも上手い下手以外に、その人の特徴がどうしても出てしまう。

 深月はツンデレだったり、チョロかったり、傲慢な態度だったりするくせに、いざピアノと向き合えば、とても清廉で綺麗な音色を奏でる。人をリラックスさせるような流麗な音。私とはまた違う。


 でも、このようなコンクールで表彰を受けるには、審査員にウケる演奏をしなくてはいけない。

 自分の自我を出しすぎる演奏は意味がないのだ。そういうのはプライベートだけ。


 いつか、そういう演奏も誰かに聴いてほしいな。


「ほら、早く席に行きなよ。私の演奏聴けなくなるよ」

「わかってるわよ! じゃあね!」


 深月はドスドスとドレスの裾を握り締めながら歩いていった。


「では、藤間しずはさん、どうぞ」

「はい」


 係員に呼ばれ、私の順番が回ってきた。


「ふぅ〜〜〜」


 大きく深呼吸し、ぎゅっと握り拳を作る。



『最後は赤峰あかみね小学校、藤間しずはさん。曲はベートーヴェン、ピアノソナタ第二十三番「熱情」第三楽章』



 会場に響き渡る私の名前と曲名。


 私は舞台袖から壇上のピアノへと向かって歩き出した。






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