63話 Prelude

 俺達がホールに入ると、千彩都が前と同じくしずはの母親・花理はなりさんを探した。


「あ、あそこだ」


 千彩都ちさと花理はなりさんの元へ駆け寄る。


「はなさーん」

「あら、ちーちゃん。皆さんも」


 俺達はそれぞれにお辞儀をして挨拶した。


 相変わらず芸能人のようにすごいオーラの人だ。

 この会場で一番の美人ではないだろうか。


 ただ、花理さんの隣には見たことのない外国人のおじいちゃんも一緒に座っていた。しずはの祖父……ではないよな。


 すると花理さんは俺の方を見て――、


「光流くん。以前は家に来てくれてありがとうね。もう一年半も前になってしまったけど」


 俺は皆にしずはの家に行ったことは言っていなかった。……なんとなく。

 でもまさかここでバラされるとは。

 そういえば、花理さんと兄には会わなかったな。会ったのは見た目とギャップある優しそうな父と積極的な姉だ。


「えっ、えっ……!?」


 千彩都が口を抑えて驚く。しずは……仲の良い千彩都にすら言ってなかったのか?


「なんだよ。言えよ〜光流」

「そうだぞ光流」


 なんか問い詰められそうな感じだ。

 別にやましいことなんてないのに。でも、隠してたことがやましいのかな。


「楽器とか見せてもらっただけだって……」

「ほんとぉ〜〜!?」

「マジだって。しずはのやつ、ピアノ以外もベースとかギターもできてさ、さすがに驚き過ぎたんだって! しずはのクローゼットが爆発したり、その後、お姉さんに色々詰められて……大変だったんだから!」


 なんか必死に喋ってしまった。やましいことがないというアピール。別にしてもしょうがない言い訳だけど。


「はは! お前早口だぞ」

「お前らが色々言ってくるからだろ」

「へ〜、私達の知らないしずはのこと、知っちゃってるんだぁ〜」

「千彩都……その言い方やめてくれ」


 千彩都はニヤニヤとした表情で俺を見つめてくる。


「光流くん、またいつでも遊びに来てね。しずは、あの日機嫌良かったんだから」


 一年半も前のこと覚えてるのか。いや……俺も覚えてるんだけど。

 でも、ギターとベースを弾いてくれた俺だけの演奏会は良かったなぁ。


「ええと、機会があれば……」

「ふふ、よろしくね」


 なんか疲れた挨拶になってしまった。

 俺達は自分たちの席に座った。


「まさかしずはの家に行ってたなんてな〜、色々聞かせてもらうからな」

「もうそんな話すことないって……」

「いやあるだろ、クローゼット爆発ってだけで絶対面白いだろ! もっと詳しく!」

「しずはに承諾得ないと話せませーん」

「なんだよ、この色気づきやがって」


 お前にだけは言われたくない。

 年中色気づきやがって。


「しずは、この一年半で変わったよね」

「あぁ、綺麗になった」

「俺の話が原因だよなぁ……」


 俺の話が原因? 開渡が何かしずはに言ったのか?


「なんのことだよ」

「しーちゃんの家に行ってたこと内緒にしてた光流には教えませーん」

「この……」


 これは言い返せない。隠していたのは事実なんだから。


「千彩都だってしずはの家に行ったことあるんでしょ?」

「あるけど……」

「ギターとベース弾けるの知ってた?」

「知らなかった……」

「まじかよ……」


 俺にだけ教えてくれたのか? いや、俺が強引にお願いして案内してもらったからか?


「あーあ、私より光流の方がしずはに詳しくなっちゃう」

「そんなことないでしょ」

「ほら、始まるぞ」


 そうこうしている中に、コンクールが始まる時間になった。




 ◇ ◇ ◇




 コンクールが始まった。


 壇上から鳴り響くピアノの音が控室まで聴こえてくる。

 視線を上に向ける。時計の針がカクッカクッと小刻みに動いていくのが見える。


 私の順番までは約四十分。

 十数人いる参加者の中でも見覚えがある人達が多数いる。


 既に友達のようになっている人もいて、互いに会話している。

 今まで控室でちゃんと会話したことがあるのは深月くらいだった。


 しかし今日は違った。


「あ、あの!」


 お人形さんみたいに可愛い子が声をかけてきた。

 見ない顔だ。全国のコンクールは初出場なのだろうか。


「はい……どうしたの?」


 その子はオドオドした様子で座っている私に頑張って話しかけているようだった。

 頑張っている。努力。最近は好きな言葉だ。少しだけこの子に共感してしまう。


「あの……藤間しずは、さんですよね!?」

「そうだけど……」


 すると、後方がざわざわしだした。

 『あいつ、藤間に話しかけてるぞ』とか『話しかけられるのは若林だけだと思ってた』とかそういう言葉が聞こえてきた。


「私、五年生の秋森奏あきもりかなでって言います! 藤間さんの演奏を会場で聴いたことがあります! とっても感動しました! 私、凄い泣きました! 人の演奏聴いて泣いことなんてなかったのに……」


 この子、私のファンなのかな……。

 でもこういう子がすぐに追い越していったりするんだよね。


「そうなの。ありがとう」

「はぅ………っ」

「どうしたの?」

「藤間さん……可愛すぎます!! そんな笑顔だめです! 男の人に見せないでください!」


 私は普通に笑顔でお礼を言っただけだ。なのに秋森さんは誇張したように言う。


「そんなことないと思うけどな」

「いいえ! 可愛いです! あと……前に会場で見た時よりもすっごい美人です!」


 あぁ、そう言われると嬉しい。私の努力が遠くから見ている人にも認識されていたんだって思えた。


「秋森さん、言い過ぎ。秋森さんだってお人形さんみたいで可愛い」

「私なんてっ……! というか私のこと奏って呼んでください!」

「奏ちゃん?」

「はぅ……っ」


 奏ちゃんが身悶える。この子は……。


「ふふ……面白い子。奏ちゃんみたいな子はすぐに私よりうまくなるよ」

「そ、そんなことありません!」

「うまくなるコツ教えてあげるね。何かピアノとは別の目標を作ることだよ……例えば……好きな、人とか……」

「えっ……えっ……」

「冗談だよ」

「ええ〜〜っ!! 藤間さんのいじわるぅ!」


 やばい。この子本当に可愛い。昔いじられまくっていた時の私みたいだ。

 私には姉や兄がいるが妹はいない。妹がいたらこんな感じなんだろうか。


「私のことも、しずはって呼んでいいよ」

「えっ……いいんですか? し、しずはさん? しずはお姉ちゃん? しずは先輩?」

「……好きに呼んでいいよ」


 しずはお姉ちゃんはちょっとヤバい。

 嬉しすぎる。


「あ〜はっはっは!」


 甲高い声が聞こえてきた。毎回のようにコンクールの控室で聞こえてくる声だ。

 私は笑顔だった顔を曇らせる。


「藤間しずは〜〜っ!!!」


 若林深月わかばやしみづきだ。もう腐れ縁を通り越して、ストーカーなんじゃないかと思ってくる。


「こんにちは、深月」

「ふんっ!」

「きゃあっ」


 深月は鋭い眼光を奏ちゃんに向ける。すると奏ちゃんが恐怖の表情を見せ、私の後ろに隠れた。


「ちょっと、私の妹いじめないでよ」

「妹!? あなたに妹なんていたの!? 初耳だわ……ごめんなさいね妹さん。そんなつもりはなかったの……」


 そんなつもりしかなかったでしょ。しかし、よくこんな即席の嘘を信じるものだ。


「あ、あの……私、妹じゃ……ありません……」

「……へ?」

「深月は騙されやすいね」

「ふ、藤間しずは〜〜〜っ!!!」


 手は出してこないが、その場でプンスカする深月。

 深月がいると場が明るくなる。人によってはうるさいと感じるだろう。

 でも私にとってはリラックスできる存在でもあった。


「私ね、さっきあなたの友達に会ったわよ。あの四人」

「……そうなんだ」


 なんで会ったんだろう。深月の行動はいつも謎だ。感情の起伏も激しいし理解できない行動が多い。


「あなたがここ一年さらに変わった理由よ。あの友達が関係してるんでしょ」

「――――ッ」


 やっぱりストーカーじゃん。私のこと好きすぎか。


「それで?」

「わからなかった!」

「ふふ、意味なかったね」

「でも……男子、なんでしょ……」


 急に核心をついてくる。まぁ、四人の中三人が男子だし、四択を三択に絞っただけ。


「さぁ?」

「チャラそうなやつ」

「…………」

「髪が普通のやつ」

「…………」

「髪をオールバックにしてたやつ」

「…………ッ」


 じーっと私の顔を見てくる深月。


「あいつか……」


 表情に出てしまったか。最近光流の顔を見るとブワッと心臓が熱くなるから、想像しただけでも反応してしまう。


「だったらなんなの?」

「別に……あなたの強さの理由が知りたかっただけ」

「そう。じゃあ理解したんだ」

「ぜんっぜん! でも藤間しずはが今後落ちぶれたら、あいつのせいだってことがわかっただけ!」


 なんなんだこいつは。失恋する前提か。

 はぁ、嫌だなぁそういうの。


「あっ……いやっ……そういうことを言いたかったわけじゃなくて……」


 急にしおらしい。私の表情が変わったのがわかったのだろうか。

 こっちの態度次第であたふたするのも深月の特徴。こういうところは可愛いとは思うけど。


 私達が会話している中でも係員が他の奏者を呼びにきたりしていた。

 ちらと視線を見上げる。時計の針が動く音。


 もうそろそろだ。



 ――私の出番まで残り二十分になった。

 




 ー☆ー☆ー☆ー


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