60話 熱と夢
俺が熱を出してから、回復するまでは部屋で隔離されるので、姉と一緒に寝ることはなくなった。
代わりに姉の部屋でなんとか希咲さんと鞠也ちゃんと姉の三人で寝ることになった。
熱を出したあとの土曜日の夕方。冬矢たちがお見舞いに来てくれた。ただの風邪なのにね。
病院でのお見舞いに来てくれたことも考えると、何度も何度もこうやって来てくれるのはとてもありがたかった。
「ひかる〜元気してっか!?」
「風邪なんだから元気なわけないじゃん」
「光流ごめんね、静かにさせるから」
「これ買ってきたよ」
冬矢がいつも通りの適当な発言から入り、開渡がツッコむ。千彩都が冬矢にパンチを入れて、しずはが買い物袋に何かを入れてもってきてくれていた。
「ゴホッ……みんなありがと……あんまり近寄らないようにね」
俺はパジャマ姿でベッドで寝ていて、口にはマスク、額には冷却シートを貼っていた。
「病院にいた頃より今の風邪の時のほうが辛そうだな」
あの時は術後の多少の痛みと事故の怪我の回復くらいだったから、熱もなければ喉も痛くなかった。
だから今と比較してしまうと今の方が辛い。
「うん。今の方辛いかも」
「なんかしてほしいことあるか?」
冬矢の気遣いなのか、立ったままベッドに寝ている俺を見下ろして聞いてくる。
「んん〜、宿題?」
「おまっ……言うようになったなぁ」
「光流何言ってるのよ〜っ」
普段はそこまで冗談を言うほうではない俺がこうして冗談を言ったことで笑ってくれる。
熱が出ているせいでおかしくなっているのかもしれない。
熱が出た時は、なぜか人恋しくなる。一人でゆっくり寝ているのも良いが、自分でなかなか自由に動けないために、誰かが身の回りのお世話をしてくれることはありがたい。うちの場合は母と姉がやってくれる。
今回は鞠也ちゃんに風邪を移したくなかったので、俺の看病はしないということになった。たまに短い時間顔を見せてくるくらいだ。
「なんか宿題とか出された?」
「特にないぜ」
「じゃあノートくらいは誰かに写させてほしいな」
「じゃあ一番字が綺麗なしずはだな!」
「わたし!?」
「しずは、お願い」
「……わかったわよ」
俺が風邪を引いてすぐに土曜を迎えたので、特にプリントが配られたとかもなかったようだ。
なので、授業があったもののノートくらいは写したい。
そういえば、しずはの家で過ごしてからしずはには特に変化はないように見える。
やっぱりしずはにとっては、男子を部屋に入れることは問題なかったのかな。
クローゼットに服を押し込んでいたのはしずはらしかったけど。
「ありがとね、しずは」
「何かお礼よこしなさいよね」
「なんだろ……風邪治ったらまた聞くよ」
何か大変な要求をされないと良いけど。そう友達と部屋で話している時だった。
「ひかるっ! 元気になった!?」
突然俺の部屋の扉が勢いよく開き、鞠矢ちゃんが入ってきた。
四人の友達がいるにもかかわらず、鞠也ちゃんが真っ直ぐに俺の布団に向かってきて――、
「うおっ!?」
ボスンと俺が寝ているベッドの毛布の上にダイブしてきた。
「なんだなんだこの子!?」
冬矢が驚きの声を上げる。いきなり女の子が入ってきてダイブするなんてのを見たらそうなるだろう。
「従姉妹の鞠也ちゃん。俺達の一個下だよ。鞠也ちゃん……まだ風邪引いてるから近づいちゃだめだよ」
「光流に従姉妹なんていたのか」
「え〜っ。光流早く治してゲームしてよ〜」
鞠也ちゃんは遊んでほしかったらしい。
「福岡に住んでるから年に一、二回しか会えないから、知らないのも当然かも」
「そういうことか。それなら知らないな。それにしても一個違いとは思えないくらい小さいな〜」
「ね〜この子可愛い!」
冬矢が鞠也ちゃんの小ささに言及すると千彩都が目を輝かせる。
「みんなひかるの友達なの?」
「そうだよ〜、光流と友達! お見舞いに来たんだ」
「そっかぁ〜」
「ねぇ、私達と一緒に遊ばない!?」
「え! いいの!?」
「もちろん!」
まさかこういう流れになるとは思わなかった。遊ぶなら俺の部屋はダメだからリビングでお願いするしかなさそうだ。
「それなら母さんとかにリビングでゲームとかしていいか聞いてきなよ」
「わかったー!」
そういうと、俺を蹴りつけながらベッドから立ち上がって一階に降りていった。
「なんか、怒涛って感じの子だな」
「うん。前はこんな性格じゃなかったんだけどね。最近あぁなったらしい」
「しゃーない、光流の代わりに遊んでやるかっ!」
その後、夕食の時間まではリビングで遊ぶ許可が出たので、みんな一階に降りていった。
俺の部屋には誰もいなくなったので、眠ることにした。
◇ ◇ ◇
――熱が出たせいか朦朧とした意識の中、夢を見た。
「光流、元気にしてる? 私は元気だよ」
真っ白な空間にルーシーの声。顔には包帯が巻かれていて、四ヶ月ほど会っていないからか、少しだけ成長したように見えた。俺はベッドに寝ていて、ルーシーが近くの椅子に座っている。
「ちょうど今、風邪引いてるんだ。だから少しだけ辛いかも」
俺は今の状態をルーシーに伝えた。夢の中だからこんなことを言ってもしょうがないけど。
「それは辛いね。辛い時って誰か側にいてほしいよね」
「うん。自分が弱ってる時はそうかも」
今の俺のことだ。無性に寂しくなる。家に家族がいて良かった。俺は恵まれている。
「なら、私が看病してあげよっか?」
「え? いいの?」
「ふふ、当たり前でしょ? 私だって光流の看病してあげたいんだから」
そっか、ルーシーは俺を看病したかったんだ。
「ありがとう。ならルーシーが風邪引いた時は俺が看病するね」
「何言ってるの? 看病じゃないけど、同じ病院にいた時、ずっと私の手握っててくれたでしょ?」
「知ってるんだ……もしかしてお母さんから聞いたのかな」
「全部聞いたよ。光流が手を握ってた温もりはわからないけど、してくれてた事実だけで嬉しかった」
そうか。既に俺はルーシーに看病まがいのことをしていたんだな。
ルーシーはベッドに寝ている俺に近づき、か細い指先を伸ばして、掌を俺の額に当ててくる。
「わぁ、あっつい。風邪、辛いね」
俺は手を伸ばした。ルーシーが額に当ててくれたその手に。
ルーシーの手は細くてとても白い。でも前とは違って、肉付きが良くなってツヤがあるように見えた。
「手、ひんやりしてる」
「私冷え性なの。だから温めてほしいな」
「そういえば、手が冷たい人は心が温かいっていうもんね」
「ううん、私なんて……いや、光流がそう言ってくれるならそうかも」
ルーシーが触れる俺の手をそのまま持ち上げる。そして包帯が巻かれた頬にピタッと当てた。
「ザラザラしてる」
「包帯だもん」
「でも、少し温かい」
「包帯越しに顔の温度が伝わってるのかも」
「うん……安らぐ」
こう会話をしているが、俺は風邪で意識朦朧としている。
ルーシーに触れていることだけでも嬉しくて、必死に意識を保つ。
「ねぇ、ルーシーはあっちで元気にしてるんだよね?」
「うん。少しずつ元気になってるよ。光流のお陰」
「良かった。俺のことは、忘れて……ない?」
ここ最近、ずっと俺の心の中で気にしていたこと。しばらく連絡しないということは決めたが、夢の中だからいいだろう。こんなことを聞いても。
「忘れると思う?」
「わか、らない……」
「光流は私のこと、忘れてない?」
そんなの決まってる。一日たりともルーシーのことを思い出さなかったことはない。
毎日毎日、どこかでルーシーの事を考えてる。
「忘れてないよ」
「なら、私も同じ」
「それ、答えになってない気がする……」
「――私も忘れてないよ。忘れるわけがない。忘れたくても、忘れられない。それが私にとっての光流だよ」
胸が急に苦しくなった。風邪の影響なのか、ルーシーに今言われたことが嬉しすぎてそうなったのかわからない。
夢だから俺が聞きたかったルーシーの言葉を俺の好きなように言わせているだけかもしれない。
でも、ともかく今の俺の気持ちは――、
「すっごい嬉しい。また頑張れるかも」
「光流はいつも頑張ってるでしょ」
「ルーシーに比べたら全然。勉強も一番なんてとったことない」
「じゃあ……いつか、一番とる?」
まさかこんなことを言われるとは思わなかった。夢の中のルーシーは、俺が思いもしなかった言葉を紡ぎ出す。
「とり、たい……」
「とりたい?」
「……とる!」
「今の光流かっこいい。勉強じゃなくてもいいから、そのいつかを見られる時を楽しみにしてるね」
「う、うんっ!」
ずっと握り締めたままのルーシーの冷たい手。俺の手の熱さで、徐々に温まってくる。
「じゃあ少し先のご褒美に今日はずっとこのまま手を握っていてあげるね」
「うん。ありがとう……」
このルーシーは現実じゃない。でも、ルーシーっぽかった。親経由で聞くアメリカで生活しているルーシーの様子は全部がわかるわけではない。でも、俺の想像したルーシーは、ルーシーだった。――前より少し強くなって。
「今は我慢してるけど、ルーシーがずっと連絡くれなかったら……」
「いいよ……我慢しなくて。そうなった時、私は自分のことしか考えていないかもしれない。光流に申し訳なくて、すごい落ち込んでると思う。だからそんな私でもいいなら、慰めてほしい。それができるのは……してほしいのは、やっぱり光流だけ……」
謎ダンスガールズに聞いた時の話。ルーシーにも何か理由があって連絡してこない可能性がある。
でも本当に限界がきた時には、連絡していいってことなんだよね?
「……ありがとう。もしそうなってルーシーと再会できた時は、一番に抱きしめるね。最後に車の中で抱き締めた時みたいに」
「うん……ぎゅってされるの、楽しみにしてる」
約束。夢の中のルーシーだけど、実際に会ったらちゃんと抱き締めたい。
「今日は夢に出てきてくれて嬉しかった」
「寂しくなった時はいつでも呼び出して良いんだからね。ここの私は光流の自由なんだから」
「それは本物のルーシーに申し訳ないから、たまににするね」
毎回夢に出てきたら、俺はそれで変に満足してしまう可能性がある。
あくまで俺が会いたいのは現実のルーシー。夢に慣れてはいけない。
「じゃあ光流。そろそろ……おやすみなさい」
「うん。寝るね」
包帯の隙間から見える、綺麗な青い瞳と長いまつげ。その瞳から優しい眼差しを感じる。
俺の右手をルーシーが両手で挟み込んでくれる。
ルーシー、ありがとう。俺も何か頑張るよ。とりあえずは勉強、そして筋トレ……それくらいしか今はないから、それを頑張る。
じゃあ……またね……ルーシー……。
俺は再び夢の中で眠りについた。
ー☆ー☆ー☆ー
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