59話 サンドイッチ
お風呂に入っていた所、希咲さんと鞠也ちゃんが浴室まで入ってきて、俺は驚いた。
出ようとしたのに、希咲さんに止められて一緒に入らなくては行けない状況になってしまった。
「これ、母さんとか姉ちゃんに言ってるんですか?」
「希沙良には言ってるわよ。灯莉ちゃんにはまだね」
「そうですか……」
こういうの聞いたらお姉ちゃんも一緒に入るとか言わないだろうか。
今は一緒に寝ることは許してはいるけど、もしそうなれば一人の時間がなくなってしまう。
姉と一緒にお風呂に入っていたのは小学二年生くらいまでだったろうか。今は一緒に入っていない。
「ひかる、体洗ってね〜」
「俺が!?」
「うん!」
俺は希咲さんの方に顔を向ける。目を瞑ったままだが、俺が何を言いたいのかわかってもらえるだろう。
「目瞑ってるならいいんじゃない?」
「自分の娘さん大事にしてくださいよぉ〜」
「鞠也がしてほしいって言うなら私はさせてあげるだけ」
「俺と一歳しか変わらないのに」
「まぁまぁ気にせず一緒にお風呂楽しみましょ」
「そうだぞひかる〜」
どうやっても一緒に入ることは変わらないようなので、もう諦めるしかない。
「誰から洗います?」
「先に光流ちゃん洗っていいわよ」
「じゃあ浴槽で温まっててください」
俺はまだ頭も体も洗っていなかった。
それなら先にさせてもらおう。
タオルなんか持って入らないので、とりあえず股間を片手で隠しながら、風呂椅子を探す。
隣でザバンと風呂に入る音が聞こえたので、無事に浴槽に入ったらしい。
「光流ちゃん、何か変わったわよね?」
俺が頭を洗っている途中に希咲さんが聞いてきた。
「入院して何か変わったのかもしれませんね」
「こっちだって希沙良から色々と聞いてるのよ? そういうことじゃなくてね」
ルーシーのことも少なからずバレているということだろうか。
「そういうことなら、少しは変わったでしょうね」
「どう変わったと思う?」
どう変わった?
今までそれは考えたことはなかった気がする。ルーシーのことが好きって気持ちは多分あるんだろうけど、他に俺の何が変わったというのだろうか。
「どうでしょう。自分ではあまりわからないです」
「小学生だとまだ自分の変化は気づきにくいかもね」
「そうかもしれません」
俺は頭を洗ってから洗顔を始める。
大体の場所はわかっているが、一瞬だけちらっと目を開けて洗顔フォームに手を出す。
鏡が曇っていたので、余計なものが見えなくてよかった。
「じゃあ、退院してから始めたことってある?」
「それならあります。勉強を前より頑張ってるのと、筋トレとジョギングですね」
「いいじゃなーい。鞠也なんて何にもしてないんだから」
「俺だって前まで何もしてませんでしたよ」
「ふふ、それって何の為に始めたの?」
何のために……それは一つしかない。何に役に立つかはわからないけど、きっかけは全てルーシーだ。ルーシーのため、これしかない。
「ええと、なんて言ったらいいか。ある人の、ためですかね……」
「……そう。その子のためなのね」
やっぱり少しはルーシーのことを聞いていたみたいだ。
「その子ってだーれー?」
鞠也ちゃんが聞いてきた。
「光流ちゃんの大切な人よ」
「光流は鞠也のこと大切じゃないの?」
「それとはまた別ね。あなたはあなたで大切だと思うわよ」
さすがに従姉妹にルーシーと同じ気持ちは持てないと思う。可愛い従姉妹ではあるけど。
俺が顔を洗い終えると次に体を洗い始める。しかし――、
「ほら、鞠也背中洗ってあげなさい」
「!?」
いや、早まるな俺。背中は背中だ。背中だけなら……いいか。
「背中だけなら……」
ザバンと浴槽から出てきたらしい鞠也ちゃんが、ボディソープを取ってゴシゴシとボディタオルで泡立てているようだ。
「ひかる、じゃあ洗うね」
「う、うん、お願い」
肩の辺りからボディタオルが触れて、俺の背中へと上下に擦られていく。
他人にされるとなんか変な気分だ。力の入れ具合がわからないからか、気持ちいいとは言えない。
「鞠也ちゃん、もうちょっと強めにしていいよ?」
「わかった」
すると鞠也ちゃんの力が強まり、背中が気持ちよくなっていく。
汚れが落ち、背中が綺麗になっていく感覚になる。ただ、力は収まる所をしらず――、
「いだだだだっ! もうちょっと弱めで!」
「痛かった? ごめんね。こうかな?」
「う、うん。いい感じ……」
これは気を遣う。なんてことをしてくれるんだ希咲さん。
せっかくしてくれる鞠也ちゃんを落ち込まないようにしないといけない。
「大体いいよ。あとは俺がやるから、タオルもらえる?」
「はい」
鞠也ちゃんからタオルを渡される。
ふう。特にトラブルは起きないようだ。良かった。トラブルが起きるならルーシーがいい……って、なんてこと俺は考えてるんだ!
ルーシーとお風呂かぁ。楽しそう。いや、変な意図はなく。普通の意味で。
俺は最速で前側や足などを洗ってシャワーで洗い流した。
「じゃあ、次は希咲さんと鞠也ちゃんどうぞ」
「何言ってるのよ。タオルは一つしかないんだから一人ずつしか洗えないでしょ?」
「え……」
「ほら、先に鞠也洗いなさい」
「はーい」
え。てことは俺はどうすれば? 浴槽に入るつもりだったんだけど、まだ浴槽の中には希咲さんがいるし。風呂椅子の後ろ辺りで待機しておけば良い?
「光流ちゃん、何してるの。そこだと邪魔じゃない。早く中に入りなさい?」
「い、いや。さすがにそれはぁ……」
「もう、親戚なんだから気にすることないのに、ほらっ」
「わっ、わわわ」
急に希咲さんに腕を引っ張られ、浴槽へと誘導される。
俺はまだ目を瞑っているので、どんな感じで浴槽に入るのかわかっていない。とりあえずなんとか浴槽の縁を跨いでお湯に浸かった。
『ふにょ……』
「――――!?」
これ、絶対……! 俺の足の左右に足のようなものが触れている。俺の肩から胸に向かって腕のようなものが伸びている。そして、俺の背中には何か柔かいものが――当たっている。
やばいやばい。俺の下半身、耐えろ。耐えてくれ。
「やっぱり、鞠也とは違うわね。小さいけど男の子の体なのね」
「き、希咲さん。さすがにこの体勢は……」
「もう……いつまで気にしてるの? もう浸かっちゃってるんだから気にしないの」
大人というものはこういう事は気にしないのだろうか。確かに俺はまだ子供だけど、気にしないというのは難しい。
「そういえば、どこらへんに住む予定なんですか?」
俺は無心になって質問をした。
「せっかくだからこのお家の近くにしようかなって思ってるの。そうしたらお互いに協力し合えるでしょ?」
「協力とは?」
「例えば、両親が旅行とかどこか行きたい時とかは、家に子供だけ待たせるのは親としては心配でしょ? それなら様子を見たり、互いの家に子供をお願いしたりね。親戚くらいしかこういうのは頼みづらいからね」
そういえば、俺達が生まれてから、母さん達は二人きりで旅行などに行っただろうか? 少し家を空けることはあったけど、二人きりの旅行はないように思える。確かにそれなら、協力し合うというのはいいかもしれない。
「それは良いですね。そういう時はお世話になるかもしれません」
「まぁ、光流くんは友達もいそうだし、私のお家じゃなくてもお泊りとかあるかもしれないけどね」
お泊りか。昔一度だけ冬矢の家に泊まった経験はある。あの時はお泊りは楽しすぎた。
あるあるかもしれないけど、普通に夜ふかししてゲームをしまくった。
夜中に大きな声を出してしまい、冬矢の母に注意されたっけ。
そうしているうちに鞠矢ちゃんが頭も体も洗い終わったみたいだ。
「ざばーん!」
「鞠矢ちゃん!?」
すると間髪入れずに既に二人が入っている浴槽に飛び込んできた。
空いているのは俺の前だけ。背中には希咲さん。前には鞠也ちゃん。
鞠也ちゃんの小さな背中が、俺の上半身に触れてしまう。俺は今、親戚親子に完全にサンドイッチ状態にされている。
「狭いね!」
「ちょ、俺出る!」
「はいはい〜。せっかくなんだし、三人で温まりましょ」
「希咲さん!?」
希咲さんに両腕と足を絡ませられ、立ち上がろうにもそれはできなかった。
片手は股間を抑えているために。鞠也ちゃんのお尻が少しだけ俺の手に触れてしまう。
「あったかーい」
「ちょっとさすがにこの状況は……」
「なに? その子に悪い?」
「そういうわけではなくてぇ……」
俺はルーシーに悪いと思っているのだろうか。確かにこういう初めて経験することはできればルーシーと体験していきたい。ルーシーが俺を忘れていなければ。
ルーシーのことを考えると、いつも会いたいという気持ちになってしまう。ただ、なんとも言えないその気持ちになぜか心が安らぐ。
今こうやって希咲さんや鞠也ちゃんと裸で接触はしているけど、ルーシーと抱き締めあった時の感覚とはとは比べ物にならない。
「やっぱりでます!!」
ルーシーのことを想ったせいか、俺はもう気にせず両手で力いっぱいに浴槽の縁を掴んだ。上を向いて目を開き、浴槽を跨ぎ濡れた体のまま扉を開けた。すぐにタオルで体を拭いた。
「もっとゆっくりすればいいのにね」
「ひかるのひかるが少し見えた……」
なんだか浴室から声が漏れてきたが気にしないことにした。
遠坂親子に挟まれたせいか体が熱い。
二人が出てくる前に急いでパジャマを着て、部屋に戻った。
――翌朝、熱が出て俺は学校を休んだ。
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