55話 オールラウンダー

 次に案内してもらったのは、ギターで埋め尽くされた部屋だった。


 部屋の隅にズラッとギターが並べられていて、ギターに関する機材も複数置いてあった。

 パソコンも置いてあり、ちょっとしたレコーディングスタジオにもなっていたようだった。


「すげぇ〜」

「ここは基本的にお父さんが使ってる」


 しずはのギタリストの父親。さすがに本業でやっている人はここまでギターを集めるものなのだろう。形も色も全く違うものから、同じ見た目に見えるギターも置かれていた。


「半分コレクターみたいな感じにもなってる」

「ギタリストならそうなるのも仕方なさそう」


 収集癖なのか、ギターに限ってのことなのかわからないけど、ここまでギターを揃えるのにはとてつもないお金がかかっていそうだ。


「しずはってギター弾けたりするの?」

「ちょっとなら……」

「マジで!?」

「また弾かせようとしてるわけ?」


 ピアノだけじゃなくて他の楽器もできるとか万能すぎる。

 しずははやっぱりすごい。


「こんな機会ピアノよりないじゃん。弾いてるとこ見たいな」

「しょうがないわね……」


 今日のしずははよくお願いを聞いてくれる。


 しずは、置かれているギターの一つを手に取り、背もたれのない簡易的な丸椅子に座る。


 ギターストラップを肩にかけて太ももにギターを乗せる。

 すごい様になってる。弾いたことがあるという動きだ。


 そうして、しずははギターを弾き始めた。


 今度は俺の知らないような曲……というより適当に演奏しているように思えた。

 指の動きは滑らかで、ミュージシャンがギターソロをするような指さばきだった。


「こんな感じ?」

「……すっげぇぇ!!! かっこよすぎる!!!」

「なんかピアノの時より喜んでない?」


 確かにそうかもしれない。男に限っての話かわからないが、ピアノよりもギターのかっこよさというのは感じてしまうかもしれない。


「そうかな?」

「絶対そう!」

「ごめん」

「謝ってほしいわけじゃない」

「でも凄かったって!」


 しずはは少し恥ずかしそうに笑いながら、ギターを元の場所に戻した。


「いやぁ、まさか他の楽器まで弾けるなんてね」

「ギターとベースならお父さんとお姉ちゃんに教えられたから。さすがにバイオリンはやったことない」

「ベースもできるの!? ……オールラウンダーってやつじゃん。一人バンドできるじゃん」

「なにそれ。どうやって一人でバンドやるのよ」


 でも三つの楽器を弾けるというのはとんでもない才能ではないだろうか。

 こういうのを持っている人というのは羨ましくなる。

 俺は特に人に自慢できるものは何も持っていないからなぁ。


『ガチャ』


 すると突然後方の扉が開いた。


「おやおや……」

「ちょっと借りてた」

「あ、こんにちは……」


 写真で見たしずはの父親らしき人だった。

 なので俺はしずはの父親に向き直って挨拶した。


「あの、お邪魔してます。しずはさんの同級生の九藤光流くどうひかると言います」

「おう〜、ご自由にどうぞどうぞ。しずはの父の透柳とおるです。よろしくぅ」


 敬語とタメ語の入り混じった挨拶。かなりラフな感じだった。ゆるい。


「あの引っ込み思案のしずはも、ついに男連れ込むようになったか〜。父さん嬉しいな〜」


 普通なら娘に対して男は近づかせたくないとか、そういうイメージだと思っていたが、俺に対してはきつい目を向けてくる様子はなかった。


 俺の父は姉に対して彼氏を作ったら悲しいとか色々言ってるし同じかと思った。


「余計なこと言わないで!」

「あ〜悪い悪い。お邪魔したな。光流くんごゆっくりぃ〜」


 娘に邪険にされたことで、しずはの父親はどこかに消えていった。


「帰って来るのもっと遅いかと思ってた」

「しずはのお父さんすごい優しそうな人だよね」

「まぁ……怒られたことはないかも」


 しずははそのまま立ち上がって部屋を出る。俺もついていった。


「じゃあ次はここね」


 扉を開くと、今度は数本のベースが置かれていた。ギターほどではなかったけど。

 確かベースをしていたのは姉だったはず。


「ギターとベースの違いがよくわかってないんだけどどんなだっけ?」

「ギターはさっきの通りだけど、ベースは低音で支えるって感じかなぁ」


 そう言われてもあまりピンと来なかった。

 俺はじっとしずはを見つめた。


「やればいいんでしょ、やれば」

「ありがとー!!」


 しずははため息をつきながらもギターの時と同じようにベースを一つとって、椅子に座る。


 そうしてベースを弾き始めた。

 さっきはピックを使っていたのに対して今回は指の弾きだけで音を作っていた。

 低音が響き渡り、しずはの細い指先からかっこいい音が奏でられた。


「うぉぉぉぉぉぉ!!!」


 俺は再度拍手と共にしずはの演奏を褒め称える。


「ベースってこんな感じなんだぁ! すごいね!」


 ベースだけで演奏を聴くのは初めてだったが、とても奥深さを感じさせられるものだった。これが低音で支えるってやつなのか。


「お姉ちゃんってどんなことしてるの?」

「一応バンドやってる。私はよくわかってないけど」

「バンド名は?」

「確か『柑橘系社会』」


 俺はスマホで『柑橘系社会』と打ち込み検索してみた。


「うお、最近有名になってきたバンドじゃん!」


 調べるとなんと近年よくアニメやドラマの主題歌に抜擢されているバンドだった。

 メンバーは男性二人に女性三人で女性がボーカルをしているバンド。


「そうなんだ。お姉ちゃんの演奏はあんまり観に行ったことなくて」

「絶対見に行ったほう良いって! 絶対盛り上がる!」

「じゃあ光流が一緒に観に行ってよ」

「おう、いいよ!」

「いいんだ」


 ちょっとしずはが嬉しそうな表情を見せる。

 実は姉の演奏を観に行きたかったけど、機会がなかったとかなのかな。


「せっかくだし冬矢たちも誘おうぜ!」

「…………はぁ」


 まただ。たまに見せるこの顔。何かしてしまったのだろうか。


「ええと……ごめん」

「何が?」

「わからないけど」

「わからないことに対して謝っても意味ないじゃん」

「そうだけど、じゃあしずはがそんな顔になった理由、教えてくれるの?」


 凄く聞きにくかったけど、ここはもう聞くしかしずはを理解することはできないと思ったので、ストレートに聞いてみた。


「光流はみんなで一緒に観に行くのがいいの?」

「一緒なら楽しいかなって思っただけだよ?」

「なら私と二人なら?」


 二人? 別に二人でも問題はない。だってしずはの家にお邪魔してるのは俺だし、演奏観に行こうって話をしているも俺だけだ。


「もちろん二人でもいいよ!」

「そっか。私のこと別に意識してないんだよね……」

「なんか言った?」

「ううん、なら予定合うなら二人で観に行こうよ。お姉ちゃんに話しておくからさ」

「わかった!」


 というかもしかして家族権限でチケットとか手に入れられるのだろうか。

 ライブのチケットっていくらくらいするのだろうか。小学生に買える値段なのか?


「じゃあ最後の部屋行こ」


 そうして、しずはの姉のバンドのライブに行く約束をして、最後の部屋に向かった。

 最後ということは兄のバイオリンの部屋だろうか。既に俺は予想していた。


 今までは全て一階の部屋だったのに、次は階段を登って二階まで上がった。


「ここ……」


 ゆっくりと部屋を開けるとそこは――、


「あれ……ここって、しずはの部屋?」

「うん」


 しずはの兄がバイオリンの練習をしている部屋かと思いきやしずはの部屋だった。

 

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