54話 しずはの家

 春休みが終わり、俺は五年生になった。


 同時にクラス替えも行われた。仲の良い四人とは同じクラス……とはいかず、一番仲の良い冬矢とだけは別のクラスになってしまった。

 なので、しずは、千彩都、開渡とは同じクラスだ。


 さすがに五年生ともなると、毎年行われるクラス替えでも大体の生徒の顔がわかってくる。

 今の俺のクラスでもほぼ全員の名前と顔が一致している。


 ただ、それでも変わったことがあった。


 冬矢は学校終わりは週四ほどサッカースクール。千彩都はバスケで開渡はテニスだ。元々他の友達とも遊ぶ約束をしていなければそのまま家に帰っていた。


 今日は特に友達と遊ぶ予定もなかったので、そのまま帰宅することにした。


「たまには……寄り道、しない?」


 入院前と変わったこと、それはしずはと二人で帰ることが増えたことだ。

 

「いいよ。しずはピアノの練習はないの?」

「次のコンクールの予定は結構先だしそれほど練習はないよ。でも必ず一日一回は触るけどね」


 しずはが優勝した凄まじいコンクール。一度は泣くほど悔しがっていたけど、今はそんな様子は全く見せず、吹っ切れているようだった。


「じゃ、じゃあさ。……今日はうちで遊んでいかない?」

「えっ! いいの? 行ってみたい! 楽器とかたくさんあるんでしょ!?」


 唐突なお誘いに俺は興奮した。あの音楽一家のしずはのお家にお邪魔できるなんて光栄過ぎる。千彩都は何度か行ったことがあるようだけど、俺は行ったことがない。


「…………」


 ただ、なぜか俺が誘いに応じたのにも関わらず、しずはは俺の顔を睨みつけてくる。


「……なんか俺、変なこと言った?」

「言ってないけど……別にいい」


 元々口数が少ないしずはだけど、未だに何を言いたいのかわからないことがある。読み取れないものはしょうがない。


「なんだよ〜」


 数分経過すると元のしずはの表情に戻った。これからお家にお邪魔するというのに、険悪な雰囲気はやめにしたい。


 そこから十五分ほど歩き、しずはの家に到着した。俺の家と同じ二階建ての一軒家だったのだが、ものすごく大きな家だった。


「でかい……」

「確かに光流のお家と比べたら大きいかもしれない」


 大きいどころじゃない。俺の家が三軒は入る大きさだろう。


 しずはが玄関まで行くと持っていた鍵でドアを開ける。


「あれ、親は?」

「夕方までには帰ってくると思うけど」


 ええと。これって……二人きりってこと?

 しずはは全然気にしていないように見えるけど、良いのだろうか。


「光流、どうしたの? 早く入りなよ」

「あ、うん! お邪魔しまーす」


 玄関のドアを潜って中に入ると広い空間が広がっていた。

 シンプルで物があまりないように見えたが、少しだけ絵画や観葉植物などの小物が置かれていて、とてもお洒落に見えた。


「ちょっとここのリビングのソファで待ってて。部屋にランドセル置いてくる」 


 そう言ってしずはは二階に上がっていってしまった。

 俺はリビングに通じるドアを開ける。


「ひろぉっ」


 リビングには大きなL字型ソファが置かれていて、簡易的なローテーブルが目の前にあった。

 その他は俺の家と同じようにダイニングテーブルがあったり、テレビがあったりした。ただ、全部うちよりサイズが大きい。


「あ、家族の写真かな」


 リビングの端の棚に写真立てがあって、そこには四人が映る写真があった。

 しずはの顔を見ると今からそれほど変わっていないことから一年以内に撮られたような写真だった。


 花理さんもいるし、この人が父でこの人が兄。そしてこれが姉か。

 父と兄はスーツ姿で、花理さんと姉としずははドレスっぽい服装をしていた。

 それもそうだ。しずはの手にはトロフィーが握られていて、何かのコンクールで優勝したとわかるような写真だった。


 ただ、一番の衝撃はしずはの父だった。

 他の四人はなんというか、姿勢正しくピンとしているのに対して、父の方は髪が長くパーマがかかっておりヒゲも生えていた。さらには姿勢はよくなく、だらっとした印象だった。


「なんか凄いギャップの家族……」


 しずはの父と花理さんが見た目も雰囲気もあまりにも正反対に見えて、本当に結婚しているのかと疑ってしまうほどだった。


「光流、おまたせ」


 写真を見ているとしずはが戻ってきた。


「あれ、着替えたんだ」


 しずはは学校で着ていた服ではなかった。それよりもちょっと女の子らしい服装になっていた。


「うん。家に帰ったらいっつも着替えるから」

「そうなんだ。俺着替えたことないかも」


 汚れないかぎり、いつもお風呂に入るまでは学校で着ていた服のままで過ごす。

 でもしずはみたいに着替える人もいるんだろうな。


「ジュース入れるから待ってね」

「ありがと」


 しずはがジュースを入れたコップを持ってきてくれると、二人でソファに座る。


「ねぇ、あそこの写真見ちゃったんだけどさ。しずはのお父さんなんか……ロックじゃない!?」


 俺はしずはの父が気になったので聞いてみた。ただあの写真からいい感じに褒める言葉が見つからなかったので、ロックと言ってしまった。


「気遣わなくていいよ。お父さん変でしょ。というか変」

「そ、そうなんだ」


 アーティストって変わっている人が多いと聞いたことがあるけど、しずはの父もそうなんだろう。


「私もなんであんなのとお母さんが結婚したのかよくわかってないけどね」

「しずはお父さん嫌いなの?」


 "あんなの"という言い方をしたので、聞いてみた。


「嫌いってほどじゃないけど、すぐくっついてくるし、タバコ臭いし、だらしないんだもん」

「なんか褒めるとこないの?」


 なんか女の子にとって嫌な特徴ばかり聞いたような気がした。


「ギター上手いとこくらい? 他思いつかない」

「ギタリストだもんね」


 聞いた話だと、しずはの父はどこかのバンドに所属しているわけではなく、色々なアーティストのバンドとして参加するようなギタリストだろうだ。しかもそれは日本人だけではなく、海外の有名アーティストとも一緒にやることがあるとか。


「ねぇ、楽器見たいな〜」

「光流うちに来た目的それしかないでしょ」

「そう興味持たせたのしずはじゃん?」

「えっ!?」


 俺の家にはないし、縁もない音楽。楽器なんて直接見たことあるのが学校のピアノくらい。

 なので、ギターとかそういうのは一切見たことはない。気になるのも当然。


 でも入院していたおかげで好きになったロック。だから音楽は既に好きだったが、楽器自体に興味を持ったのは、あのしずはのコンクールを見たことが理由だ。


 しずはがあれだけ凄いということは家族の実力も相当凄い。だから、持っている楽器もなんか凄いんだろうという、感じで興味を持った。変な理由ではあるが。


「コンクールの演奏聴いて、なんかピアノもそうだけど楽器って良いなって思った」

「ふ、ふ〜ん」


 まんざらでもない顔をし始める。


「しょうがないから案内してあげるっ」

「やった」




 ◇ ◇ ◇




 私はなぜか光流を家に誘っていた。今までの私では男の子を家に呼ぶなんてありえないことだ。

 でも今日はたまたま家に誰もないっていうし。冬矢とかも自分のスポーツで忙しいみたいだし、私も今日は予定ないし。


 意を決して誘ったはいいが、光流の興味は私ではなく楽器だった。

 だから光流の顔を睨みつけてやった。


 私の家の玄関に到着した。

 本当に光流を連れ込むんだ私……。内心ドキドキしてどうにかなりそうだったが、必死に表情を変えずにやり過ごした。


 とりあえず光流をリビングで待たせて、部屋にランドセルと着替えにいった。


 ーーいつもは着替えたりなんてしないけど。


 ただ、なぜか着替えたほうが良いような気がした。

 学校に着ていった服よりも少し可愛い服に着替えた。


 ただ、光流は私が着替えたことには気付いたが、その他は何も言ってくれなかった。

 期待していた言葉をもらえずにちょっと落ち込んだ。


 あれ……私、光流に可愛いって言われたかったってこと?

 

 変な感情に気づいてから、すぐにキッチンでジュースを注ぎに行った。


「もう……私らしくないなぁ」


 私は私で自分の性格を理解してる。口数がそれほど多くなく、人に言葉を伝えることが苦手な方だ。だから友達なんて多くはない。

 褒められたらドヤ顔をしてしまうし、おだてられやすいというのもわかってる。よくツンツンしているとも言われるが、そうなってしまうんだからしょうがない。


 少しだけ落ち込んだが、光流はその後、楽器に興味を持たせてくれたのは私のコンクールでの演奏を聴いたからだと言ってくれた。


 私の体の中が熱くなり、手汗まで出てきてしまった。

 人前で演奏するのには手汗なんて出ないのに。


 でもとっても嬉しかった。光流の何かを変えられたって思ったから。




 ◇ ◇ ◇




「ここが私がいっつも練習してるピアノの部屋」

「すげ〜っ! なんかすげえ!」

「なによそれ、ふふ」


 語彙力がなさすぎて凄いしかなかった。

 二台のピアノと楽譜しか置いてない部屋。こんな部屋が家に存在することが不思議でしょうがなかった。やっぱり音楽やっている人はこういう感じなのだろうか。


 語彙力がないことで、笑ってなかったしずはの笑顔が見れたからよしとするか。


「ねぇ、ピアノ弾ける!?」

「この私にそんなお願いするなんて贅沢なやつ……」


 それもそうだ、全国一位の人にこんなお願いできることなんてない。

 でもこういう機会ってあんまりないと思った。だからお願いしてみた。


「いいんだ」

「今日だけね」


 しずははやれやれという表情でピアノの椅子に座った。


「光流はピアノの楽曲あんまりわからないだろうから、有名なやつ弾くね」

「う、うん!」


 すると、しずはがピアノの鍵盤に向かって指を弾き始めた。


 滑らかな音の階段を奏でていく。コンクール会場ではあんなに遠かったのに今は距離一メートルもない近くにいた。


「あ、これ……聴いたことあるやつ」


 しずはが言った通り、俺が知っている曲だった。よくテレビCMでも流れている、昔からの楽曲。有名なバンドで何かのドラマでも主題歌になってたっけ。


 ピアノを弾いている時のしずはは本当に別人だ。今日はコンクールでもなく友達に向けたストレスもない演奏だからか、しずはの表情は柔らかかった。

 肩まである髪が窓から差し込む太陽の光に反射してキラキラと揺らめく。指先から体の上半身の動き、足をパタパタさせてペダルを踏む勢い。どれをとっても、きれ……美しかった。


「すごい……」


 俺は拍手しながら、しずはを称賛した。


「どうだ。満足した?」

「したした! あ〜まさかしずはのワンマンコンサートをいち早く体験できるなんて、これ将来は自慢できるなぁ」

「何言ってんのよ」


 しずはは満足げな表情で笑った。

 俺達は次の楽器の部屋に向かうことになった。


「じゃあ次はここね……」


 扉を開け部屋に足を踏み入れると、そこはギターで埋め尽くされた部屋だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る