56話 突然の部屋

 俺はしずはの部屋に案内されていた。


 お兄さんの部屋だと思いきや、まさかのしずはの部屋。

 俺は女子の部屋に入ったことなんてない。だからドキドキしてしまうのはしょうがないだろう。


「入っていいの?」

「じゃなきゃ案内しない」

「そ、そうだよな……」


 俺はしずはの部屋に足を踏み入れた。


 しずはの父親のギター部屋とも、姉のベース部屋とも違う匂いがした。

 ギター部屋はタバコ臭くて、ベース部屋は仄かにアルコールの匂いがしていた。


 しずはの部屋はすごい綺麗な部屋だった。ただ女の子らしいといった印象はない。

 窓際の棚を見ると芳香剤のようなものが置いてあった。もしかするとこの良い匂いの理由はこれなのかもしれない。


 そしてしずはのベッド。女の子のベッド……意識しない男子はいないだろう。

 今日の朝もここで寝てたのかななど、気にしてしまう。


「そこに座って待ってて、お茶持ってくるから」


 先ほど一階のリビングでもジュースをもらったが、今度はお茶を出してくれるらしい。

 しずはらしくない動きだ。

 悪く言えばしずはは人に気を遣うタイプには見えない。なのでこうやってジュースやお茶を持ってきてくれるだけでも、良いギャップを感じる。


 しずはは部屋を出ていき、一階に降りていった。

 俺一人がポツンと残される。

 指示された通りにテープルの前に腰を下ろした。


 俺はしずはの部屋を見渡す。


『ギギギギ』


 静かにしているはずなのに、どこかで何か音がした。

 なんの音だろう。俺にはわからない。


 勉強机にランドセル、ベッド、化粧台、本棚。綺麗に整頓されている。

 ふと勉強机の上を見ると、何かが置いてあった。


 俺は気になったので立ち上がった。


「ナンテンドースワッチじゃん」


 ゲームをするイメージが全くないしずはだったが、なんと小型ゲーム機が置いてあった。

 もしかすると、俺達と遊んだのをきっかけにゲームをするようになったのだろうか。

 そうだとしたら嬉しい。ゲーム仲間が増えたってことだから。


「なんか緊張するなぁ」


 ふと思った。ルーシーの部屋ってどんな感じなのだろうと。

 あんなに可愛い服も持っているし、家もお金持ちっぽい。でも全然想像ができなかった。

 だってこんなにも大切に想っているルーシーのことを俺は全然知らないんだから。


 わかるのは会話で聞いたことや服装などからわかる雰囲気。

 それだけで部屋がどんな感じになっているなんて想像もつかなかった。


 一方しずはの部屋は、正直こんなに綺麗だとは思わなかった。

 ちょっと申し訳ないけど、整理整頓が得意なようには見えていなかった。

 だから、綺麗にしているのには少し驚いた。


「お待たせ」


 しずはがお茶とちょっとしたお菓子を持ってきてくれた。


「ありがと」


 しずはが腰を下ろしてお茶を配る。


「まさかしずはの部屋に案内されると思わなかった」

「前に光流の部屋に行ったからね。私の部屋も案内しないと不公平でしょ?」

「あ、あぁ。そうだよね!」


 そっか、そうだよな。別に変な意味はないよな。

 それにしてもしずはは顔色一つ変えないで、普通に過ごしている。

 緊張してるのは俺だけなのか。


 さすが優勝者のメンタルはすごいな。


「ねぇ、さっきから変な音するんだけどわかる?」

「な、なんのこと? 私は聞こえないけど」


 人によっては聞こえないと言われてるモスキート音だろうか。

 いや、あれは『ギギギギ』なんて音はしないと思うけど。


「それならいいんだけど。そういえばしずはゲームするの?」

「あ……スワッチね。あれお姉ちゃんの借りてるだけ」

「そうだったんだ! でもゲームに興味出てくれて嬉しい!」

「光流の家で少しやったからね。ちょっと他のゲームもしてみようって」


 やっぱりうちに来た時のことが理由だったのか。


「ゲーム何やってるの?」

「ゼルマの伝説ってやつ」

「うそぉ!! あれの最新作今めっちゃ流行ってるやつじゃん!」

「光流興奮しすぎ。ふふ」


 好きな話題には興奮してしまう。誰にでもあることだろう。

 俺の目の色が変わったからかしずはが少し微笑んだ。


「俺もやりたいんだけど、他にもやりたいゲームあるからやったことないんだよね」

「世の中にはたくさんゲームあるもんね」

「そうそう。全部なんてできないよ。スポラトゥーンとか大戦争フラッシュブラザーズとかポチモンとかもう数え切れない」

「そっか……ゲームのこと話してる時の光流、楽しそうだね」


 テーブルに肘をついて手に顎を当てるしずはが、なんだか優しい目で俺を見つめる。

 俺が興奮している様子を見て、子供を見るように感じているのだろうか。いや子供なんだけどさ。


「ゼルマ、少しやってみる?」

「いいのっ!?」

「ずっとはできないけど、少しなら」

「まじで! 早くやろ!」

「もう、そんなに興奮しないでよ」

「そんなの、止められないって」


 やったことのないゲームをやる時のあの新鮮な気持ちとかワクワク感というのは、何度ゲームをやっても興奮してしまう。


 しずはは立ち上がって机からスワッチを持ってくる。

 俺の隣に腰を下ろすとスワッチを起動してゼルマの伝説のソフトを立ち上げる。


「はい」

「ありがと!」


 しずはが俺にスワッチを渡してくれて、俺は受け取ったあとに画面に集中する。

 スタート画面からしずはが保存しているのとは別のニューゲームで始める。


 ……というか、しずはが肩が触れるほど近い。

 確かに一つのゲーム機の画面を見るなら、こうなってしまうのもしょうがない。

 こんなに近距離まで近づいたことがある女の子は今までにルーシー、姉、謎ダンスガールズくらいだ。こういうのは簡単には慣れない。


 俺は額に変な汗を掻きながら、ゲームを進めた。




 ◇ ◇ ◇




 結局、この状態のまま三十分くらいゲームをして、しずはに返した。

 しずはの顔が近くて、声がよく耳に通った。しずははこんなに近くにいて何も思っていないのかと思い、ちらっと見た時には少し顔が赤くなっていたような気がした。


 ならなぜこんなにくっつく。

 このせいでゲームの内容はあまり覚えていなかった。


「ねぇ、トイレ行ってもいい?」

「うん。一階の玄関横にある」

「わかった」


 近すぎるしずはとの距離のことを一旦忘れようとトイレに行くことを口実に一旦部屋を出ようと考えた。



『ギギギギ』



「ねぇ、やっぱり変な音するよ?」

「しないって。早くトイレ行きなよ」


 なぜかしずはがトイレを急かす。


「わかったよ」


 俺は扉を開けようとした時だった。


『ガチャ』


「しず〜? スワッチやりたいからちょっと返してくれるー?」

「わっ」


 俺がドアノブに手をかける前に扉が開いた。


 するとそこにいたのは、あの写真立てに映っていた、しずはの姉と思われる人物。

 普通なら真っ先に挨拶をしたいところだったが、それができなかった。


 なぜなら――、


「お姉ちゃん!? ふ、服!!!」

「しず、男じゃん! マジでマジで!? うっわ〜、マジか!」


 マジマジを連呼するしずはの姉はお風呂上がりだったのか、濡らした髪をタオルでゴシゴシしており、下はパンツ、上はキャミソールだけという超薄着の服装だった。


「えっ!? えっ!?」


 俺は動揺した。扉の前にいるので逃げ場がない。

 しずはの姉との距離が近すぎたので、俺は驚いて後ずさり、すぐ横にあったクローゼットに手をかけてしまった。


『ギギギギ……ガタンっ!!』


 俺がクローゼットに触れた瞬間、一斉に中身が放出。しずはの服やら買ったものの空箱や本などが俺に降り掛かってきた。


「わぁぁぁぁぁ!?」


 俺はそれらに押し潰されて、地面にひれ伏した。


「光流大丈夫!?」

「あ、あぁ……大丈夫……」


 しずはの部屋の違和感はこれだったか。着替えた時にでもクローゼットに詰め込んだのかな。

 ということは、普段はお片付けが苦手な部屋なのかもしれない。そっちのほうがしずはらしいけど。


「あははははっ。しず〜どうしたのさぁ。男の子連れてきたと思ったら脱ぎっぱなしの服被せてさぁ」


 脱ぎっぱなしの服!? クローゼットから落ちてきた服って、まだ洗濯してないやつなのか。

 良い匂いはするけど……。


「お姉ちゃん変なこと言わないでよ! 光流嗅がないでぇっ!!」


 しずはが俺に近寄ってきて、自分の服を剥ぎ取っていく。


 俺はその場から脱出して、起き上がった。


「君、光流くんって言うんだ」

「はい。始めまして。九藤光流と言います」

「ふ〜ん」

「あの、できれば……服を……」


 未だに薄着のままタオルを持っているだけのお姉さん。目のやり場に困る。


「まぁまぁ、気にしないでよ! 減るもんじゃないし!」

「いや、さすがに気になると言いますか……」

「歳の離れた妹がこうやって男の子連れてきて私は嬉しいよ……」

「お姉ちゃんいいから服着てよ。あと光流トイレ行きたいんだから早くどいて」

「あー、トイレか! ほら早く行きなぁ!」


 とりあえず俺はこの場から離脱できた。

 急いで一階のトイレに向かった。




 ◇ ◇ ◇




 少し時間をかけてトイレを済ませて、しずはの部屋に戻った。

 まだ姉がいた。


 さらに部屋はできる限り片付けられていて、部屋の隅に俺の上に落ちてきたものが寄せられていた。


「ほら、座んな座んな!」

「あ、はい……」

「ごめん光流、お姉ちゃん全然出ていってくれなくて」

「なんだよ〜少しくらいいいじゃん。お姉ちゃんとも会話させてよぉ」


 聞いた話によればしずはの姉は二十二歳らしい。しずはは十歳なので、もう十二歳も離れている。もう姉というより、一人の大人と会話している気分だ。


 こんなラフに話してるけど、ある程度売れてるバンドのベーシストなんだよなぁこの人。


 ちなみにお姉さんはしずはが無理やり着せたらしいパーカーを上から羽織っていた。しずはのものなのでサイズが合ってないけど。

 結局下半身はパンツのままだった。まぁ、テーブル越しなら角度的には見えないだろう。俺はお姉さんの真反対に腰を下ろした。


「私は藤間夕花里ふじまゆかり! よろしく!」

「よろしくお願いします。夕花里さん」

「それで? しずはとはどんな関係なの?」

「お姉ちゃん余計なこと聞かないでよ」

「わかってるってぇ」


 しずははしょうがないなという顔で、姉の行動を見守っていた。


「四年生から同じクラスだったんですけど、僕が少し前に入院した時にお見舞いに来てくれてから仲良くなりました」

「しずはがお見舞いねぇ……」

「俺の元々友達だったやつが無理やり色んな人連れてきてくれて、その一人がしずはでした」

「じゃあ、しずはからお見舞い行ったわけじゃないのね」


 この後、色々としずはとの関係を聞かれた。

 そもそも仲良くなったのも最近なので、話すこともそれほどなかったが。


 他には夕花里さんのバンドのライブがある時は、チケットを関係者用のチケットをくれる話もしてくれた。


 こうして、しずはの部屋で少し会話した後に、俺は夕食前に家へと帰宅した。 



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