52話 謎ダンスガールズ

 しずはの優勝で締めくくられたピアノコンクール。

 初めて音楽で体の奥底から指先まで鳥肌が立った、そんな凄さを感じた演奏だった。


 最後には、しずはなりのプライドがあったようで、でもなんとか次に繋げられそうで良かった。


 春休みが残り少ない中、ルーシーからは連絡はなかった。

 恐らく父経由でルーシーが退院した時には情報も入ってくるはず。でもルーシーの言葉で何かしらの連絡がないことに少しモヤモヤしていた。でも父の話だと俺のことを気にかけていたようなので、俺のことは忘れていないはず。


 俺から何か連絡しようとも考えたけど、ルーシーから何かアクションがあるまで、俺からしつこく何か聞くのも悪いのではないかと思ってしまった。目覚めたばかりで体も大変だろうし、生きることに精一杯かもしれない。

 そんな時に俺が余計なことをして、迷惑をかけるわけにはいかない。今、ルーシーが自分のことだけを考えて生活できることが一番大事だ。



 今日はゆっくり起きた。既に十一時で昼前の時間になっていた。春休みなので特に朝起こされるということはなかった。

 毎日のように起きるのが遅ければ母に注意されることもあるだろうけど、そんなことはない。


 俺は二階の自分の部屋から階段を降りて、そのまま風呂場の前にある洗面台で体を覚醒させるために軽く顔を水で洗う。

 水で顔を洗ったことにより、少しスッキリした。


 階段を降りた時点でも気づいていたが、なにやらリビングが騒がしい。

 俺は廊下からリビングへ続く扉を開けた。


『ガチャ』


「…………」


 そこには、女、女、女、女、女。父と母の姿が見えず、女性が五人いた。その中の一人が姉だった。

 ドアを開けた瞬間、一斉に俺に視線を集められた。


「よーう、少年!! 元気してた? 久しぶりぃっ」


 女子1が俺に明るく話しかけてくれた。

 リビングのソファに三人が座り、テーブルの前の床に二人が座っていた。


 この人達、俺を知っているのだろうか。どこかで見たような、見ていないような。

 でも姉の友達ってことだよね。つまり中学一年生。あと数週間で中学二年生になる人たちだ。


「光流、今日は遅かったね。友達呼んじゃった! うるさかったらごめんね」

「ううん。全然いいよ。父さんと母さんは?」


 姉が一応気遣ってくれた。俺は父と母がいないことを姉に聞いた。


「ちょっと昼過ぎまでおでかけだって。お金もらったからお昼は出前かコンビニとかで食べてだってさ」

「そうなんだ」


 俺はそう聞きながら、キッチンの奥に行ってコーヒーを入れる為にやかんに水を入れて火にかける。

 グツグツと沸騰するまで二分少々。俺は沸騰するまでの間にコーヒーの粉末スティックを取り出しそれをカップの中に入れる。


 お湯が沸騰したので、カップの中にお湯を注ぐ。カップの中から湯気が立つ。


「あ〜良い匂い」


 女子2が呟く。


「皆さんも飲みますか?」

「気が利く〜〜」

「あんた達、光流が学校行けるようになったからって、病み上がりなことには変わりないんだからほどほどにね」

「わかってる〜」


 結局俺は、追加で五人分のコーヒーを淹れることになった。

 またお湯を沸かす作業からやり直しだ。姉は手伝ってくれなかった。外に出る時は付きっきりなのに。


 俺はその間に自分のカップに角砂糖をポタリと一つ投入しスプーンでかき混ぜる。

 唇を尖らせてちょぴっとコーヒーを口の中に入れる。……眠い朝に効く良い味だ。


 そうしているうちにお湯が沸騰。カップを五つ取り出してそれぞれにコーヒーを淹れていく。

 俺は角砂糖が入った陶器と一緒にトレイでコーヒーが入ったカップを運ぶ。


「では、どうぞ」


 テーブルに置いてそれぞれに配り終える。


「光流くーん、ありがとっ!」


 彼女たちは俺と同じように砂糖を入れてスプーンでかき混ぜたあと、コーヒーを口の中に入れた。

 満足そうな表情を一同に見せる。


「はい、じゃあ光流くんはここねっ」

「えっ?」


 コーヒーを一口飲み終えた途端、女子1と2に両腕を掴まれる。強制的にソファの真ん中に座らされ、女子に挟まれる形で肩身が狭くなる。しかも両腕は、彼女らのまだ小さな膨らみに当たっており、さすがに俺の顔が熱くなってくる。

 さらには、床に座っていた女子3と4もソファのほうへすり寄ってきてなぜか両足まで掴まれた。


 今の俺は、封印されしエグ◯ディア……のように四肢が封印されてしまっていた。


「これ、どういうことですか?」


 意味のわからない拘束をされたので、質問してみた。


「だってね、光流くん私達のこと全然覚えていないみたいだからさ〜」

「あんなに励ましてあげたのにね」

「恩を仇で返すな〜」

「ぶーぶー」


 最後には豚が登場した。


 思い出せ。俺は何を忘れているんだ。姉の友達なら俺と会った回数は多分少ない。だからこそ印象に残っているはずだ。


「ドゥンドゥン、トゥトゥトゥッ、ドゥンドゥン、トゥトゥトゥッ」


 女子1が謎のラップのようなリズムを刻み始めた。

 それに合わせてニワトリのように他の女子達も頭を揺らし始める。ここは豚小屋なのか鶏小屋なのか。


「あーーーっ!!!」


 しかし、その謎のリズムで俺は思い出した。


 確か、事故を起こしたあとにルーシーと俺の腎臓移植手術が行われる少し前。

 あの時は低い確率ではあったが、死ぬ可能性のあるものだった。遺書を書く話も出たが、絶対に生きてやるという気持ちで書かなかったはず。


 そんな時に姉が友達を連れてきて、俺を励ましてくれたのだ。


 ――謎ダンスで。


 俺には全く意味不明だった。ただ、俺は手術までずっと緊張していて、心休まる時なんてなかった。

 でもあの時の謎ダンスで多少救われたような気がした。たぶん。


「やっと思い出したか……」

「謎ダンスガールズですよね……」

「何だよ謎ダンスって! 光流くん知らないの!?」


 この謎ダンスを知っていることが当たり前みたいなように言うが俺は全く知らない。俺は姉に視線を送る。


「あ〜、光流あの時までスマホ持ってなかったからね。だからSNSとかもやってないしわかんなかったと思うよ」

「なら最初から言ってよ〜。光流くんに意味不明な動きしたように見えてたってことじゃん」

「そうだね」


 SNSで流行っていたダンスだったのだろうか。俺もやっていたらどこかでその動画を見る機会もあったのだろうか。


「でも、謎ダンスのお陰で、手術が少し気楽になりましたから、感謝してます」

「ふふーん、光流くんやっぱいい子じゃんっ」

「そりゃ私の弟ですから」


 感謝を告げると彼女たちはそれだけで喜んだ。姉は誇らしげだ。


「それで、この状態は……」


 会話を繰り広げている最中もずっと俺の四肢は拘束されたままだった。


「光流もこの歳にしてもうハーレムを築くようになってしまったかぁ」

「姉ちゃん何言ってるの!?」


 確かに今の状態を傍から見ればそう見えてしまってもしょうがない。

 実際に彼女達からは男子ではあり得ない良い匂いがしてきて、色々な部分の柔らかさが俺の肌に伝わってくる。

 左右の女子なんて喋る度に飲んだばかりのコーヒーの匂いが口元からして、その吐息だけでも変な気分になりそうになる。


「あ〜、光流くん顔赤くなってきた〜」

「可愛いのぅ〜っ」

「エイっ、エイっ」

「ほれほれ」


 一人は頭を俺の肩にスリスリしてきて、一人はさらにぎゅっと俺の腕を胸に寄せて、一人は指先で俺の太ももをツンツンしてきて、一人は掌で俺の足を上下にさすってくる。


「これ以上はちょっと」

「なになに? なんでダメなの?」

「あ、もしかして彼女さんに悪いとか?」

「こんなに可愛い子達に囲まれて最高だと思わない?」

「もうちょっと王様気分味わっていきなよ〜」


 彼女たちはまだ離してくれる気はないようだ。


「光流はまだルーシーちゃんとは付き合ってないよ」

「ふーん。じゃあ今は彼女いないんだぁ」


 彼女たちは俺の手術のことを知っているはずなので、姉もルーシーについては話していたようだ。


「彼女いないならよくない?」

「ね〜」

「だっ、ダメです!!」


 俺は一気に腕を引き剥がし、なんとか足に絡ませられていた手も剥ぎ取る。


「あぁん……」


 名残惜しいような声がしたが、俺は気にしないことにした。


「姉ちゃん朝風呂入ってくるから、ピザかなんか頼んでおいて! あとコーヒー片付けておいて!」

「はーい」


 俺はダッシュで風呂場へと向かった。

 しかし途中で方向転換し、自分の部屋に向かった。


 いつもなら風呂から上がったあとは、タオルだけ巻いてそのまま廊下を歩いて二階の部屋まで行っているが、今は彼女たちがいる。

 となれば半裸で歩き回ると大変なことになると考え、俺は部屋からパンツと着替えを風呂場に持っていくことにした。




 ◇ ◇ ◇




「戻ってきたか少年よ」


 俺が風呂から上がってリビングに向かうと女子1が声をかけてくれた。

 テーブルの上には既に出前のピザが用意されていて、今度はそれぞれのカップに温かいお茶が注がれていた。


「ほらほらこっち座りな? 今度はなんにもしないから」


 俺は少し怪訝な目を向け、彼女たちが座る反対側のテーブルの位置に腰を下ろした。


「めっちゃ警戒されてるじゃんっ!」

「あんたらやりすぎなのよ。ねっ光流?」


 すると今度は姉が俺の横に来て、ピッタリと肩をくっつけて座った。


「あーずるいー! 光流くんを独占するなー」

「するなー」

「るなー」

「なー」


 なんなんだこの人達。仲は良さそうだけど。


「姉特権!」

「灯莉からは離れないんだね、光流くん」


 確かに姉は別に拒否しない。いつもくっついていたというのもあるけど。


「俺が事故に遭ってから姉ちゃん過保護になってて、心配する気持ちもわかるので許してます」

「光流くんやさしーいっ」

「中学生くらいになったらもらおうかな?」

「いや、高校生じゃない?」

「そしたら私達大学生になってるじゃん」


 この会話を聞く限り、さすがに小学生には手を出す考えはないらしい。


「でも光流は先約あるもんねー?」

「わからない、けど」


 ルーシーとはもっと仲良くなりたい。友達以上の何かに。

 でもルーシーの今後がわからない。いつ会えるのかもわからない。俺はせっかくの機会だし彼女たちに聞いてみることにした。


「あの、質問いいですか?」

「もっちろん! お姉さん達がドンと答えてしんぜよう」 


 俺は一呼吸おいて、質問をした。


「女の子が連絡してこない理由って何がありますかね?」


 ルーシーが連絡してこないことについて、どんな理由がありそうなのか知りたかった。




 ー☆ー☆ー☆ー


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