51話 結果
しずはの演奏が終わり、その他残りの演奏も終わった。
自分の演奏後しずはは母の隣の席まで移動し、全ての演奏が終わるまでそこにいた。
そうして数十分後、全ての演奏が終了。少しだけ休憩を挟んで授賞式が始まった。
壇上で審査員賞、五位から名前が呼ばれていった。
そして、三位。
『第三位は…………
会場が拍手に包まれる。
「ふぅ〜っ」
俺達は息を呑みながら、しずはの名前がいつ呼ばれるかドキドキしていた。
早い段階で呼ばれるのも良くないので、一位以外で呼ばれるなよ、と心の中で祈っていた。
そして、次はついに二位。
『第二位は……
同じく会場が拍手に包まれた。
「これ、しずはの少し前に演奏した子だ……」
「そうだよね。ってことは……」
冬矢がそうつぶやき、俺も期待を持つ。
「しずはっ……しずはっ……お願いっ……!」
横にいる千彩都が目を瞑り、両手を握り締めて祈る。
そして、ついに第一位の名前が呼ばれる。
『全日本ジュニアピアノコンクール……第一位は――』
俺の心臓の鼓動は制御がきかず最大限に暴れ回る。
司会者が一呼吸おいて、名前を紡ぐ。
『――
「…………」
俺達はその名前が呼ばれると、横を見て顔を見合わせた。
「――やっ……!!!」
『パチパチパチパチパチ!!!!』
格式あるコンクールで大声を出すのは厳禁。しかし叫んでしまった俺の『やったぁ!!!』という声は、会場全体の拍手でかき消された。それほどしずはへの拍手は大きかった。
「やった……やったっ! しーちゃんやったっ!」
再び涙を零す千彩都。しずはと千彩都は三年生の時に仲良くなったと話を聞いている。仲の良い友達がこうやって一位を取る現場を実際に見たらそれは感動するだろう。
その後、名前を呼ばれた受賞者だけが壇上に集まり、それぞれ賞状をもらっていく。
そして、しずはには賞状、トロフィー、そして二つの封筒が与えられていた。
「ちょっと待てよ……もしかして小学生の大会でも賞金がもらえんのか!?」
冬矢が疑問に思い、スマホを操作してネットで何がもらえるのか調べた。
「一位、一位……これか……ええと。賞状にトロフィー、デスティニーリゾートのワンデーパス!? それに賞金は……十万円だと!? いや、全国一位で十万円は少ないか……でも小学生だし……」
「いやいや、俺達に十万円は多すぎるでしょ!」
「でもさ、しずはって今までも何度も優勝してきたんでしょ?」
「……てことは、もっと賞金もらってる!?」
「すげぇ……」
小学生にとって、あまりの大金に俺達は驚いた。ただ、千彩都によれば、しずはが大金を使っているところは見たことがないとのこと。もしかすると貯金しているのか母親に管理されているのかもしれない。
「それにしても全国一位か……」
「大きくなったらどうなっちゃうんだろうね」
「そりゃ超有名ピアニストだろっ!」
「そんで稼いでもらって、俺達皆で焼き肉奢ってもらおうぜ!」
「あんたね……この乞食!!」
千彩都と冬矢が繰り広げる会話。冬矢は遠慮がない。それに対して千彩都が泣いてまだ赤い目のままプンスカする。
◇ ◇ ◇
全ての日程が終わり、俺達はホールの外でしずはが出てくるのを待っていた。
すると、しずはと母親が扉を開けてでてきた。
俺達は駆け寄ろうとしたが、その前に誰かがしずはの元へ駆け寄っていった。
「今回は勝ちを譲るわ、藤間しずは!」
「……深月、ありがとう」
「次は負けないんだからっ!!! 覚悟してなさいっ!! うわぁぁぁぁんっ」
恐らくあれは、二位だった若林深月だ。ライバルなのかな。フランクに話していたところを見ると多少なり仲よさげだ。彼女は最後には悔しさを隠さず泣きながら会場を出ていった。
「はなちゃんこんにちは。今回も負けちゃったわね」
「みきちゃん……深月ちゃんも凄かったと思うわ」
すると若林の母親と思われる人物がしずはの母親に話しかけた。
お互い名前呼びをしていることから、母親同士仲が良いように見えた。
「もう、現役のピアニストのはなちゃんが指導してるなら誰も勝てないわ」
「今回は私の指導だけじゃないけどね。この子が頑張ったおかげよ」
「そう……しずはちゃん、また深月の相手してあげてね」
「あ……はい。私でよければ……」
「それじゃあ泣いてる深月を慰めないといけないからこれで失礼するわね」
母親同士の会話が終わり、若林母も会場の外に出ていった。
俺達は今度こそしずはに駆け寄った。
「しーちゃぁぁぁんっ!!!! 良かった! 凄かったよぉぉぉっ!! 」
千彩都は先程からウズウズしていたが、それを爆発させてしずはに抱きついていった。
「うん、ちーちゃんありがとね」
しずはは千彩都を抱き締め返して背中を撫でてあげた。
「よぉ、お前ほんとすっげぇんだな!」
「鳥肌たちまくりでやばかったよ!」
冬矢と開渡がしずはを褒める。
「しずは……」
「光流……」
そして俺もしずはに声をかけた。
「もうね。言葉にできないんだけど、マジで興奮したし感動した! 今日来て良かったよ!! チケットありがとうね!」
「ううん。そう言ってくれて嬉しい……っ」
俺は心のままに感動を伝えた。
「私ちょっとコンクールの関係者と少しお話ししてくるから、戻って来るまで皆でお話していてくれる?」
「わかった」
そう言うと、しずはの母がどこかへ行ってしまった。
「俺トイレ行きたい! ずっと我慢してた!」
「俺もっ!!」
「ちょっと、私もっ!!」
「光流はいいのか? ならしずはと二人で待っててくれ!」
もう我慢ができないという感じで冬矢たちは、トイレに駆け足で向かっていった。
俺としずははその場に取り残される。
「立ちっぱなしもあれだし、そこのベンチに座ろっか」
「うん」
会場の外に面した全面ガラス張りの隅に置かれていたベンチを指差して、そこに座ることにした。
「演奏、ほんとに良かった?」
ベンチに座るとさっき感想を言ったはずなのに、しずはが再度聞いてきた。
「うん。本当に凄かったよ。音楽で感動したの初めてかも。体が勝手に反応しちゃってさ、まだ心臓バクバクしてるよ」
「ふふっ。そうなんだ……」
俺は演奏前に会って握手した時に見せたドヤ顔がまた見られるのではないかと思っていた。
しかし、目の前のしずはは握手した時とは全然違うテンションで――、
「……ねぇ、なんかあった?」
「――ッ!?」
あの演奏が終わって一礼する時に見えた、どこか引っかかる表情。俺はずっと気になっていた。
「あぁ、光流にはわかっちゃうのかなぁ……」
「演奏終わった時にさ、もっと自信たっぷりの表情でも良かったのに、そうじゃなかったから……」
やはり何かあったらしい。俺が感じていた違和感は合っていたようだった。
「実はね……ほんの、ほんのちょっとなんだけど、ミスしちゃったんだ……っ」
「そ、そうなのか……俺には全部が凄く聴こえたんだけど、しずはがそう言うなら、そうなんだろうね」
恐らく聴いている側はプロでもない限り全くわからないミスだろう。
だって、それだけの拍手喝采だったし、誰もがしずはの実力を認めていたはずだ。
「あんなに……あんなに頑張って練習したのに……なんで、なんで……っ」
しずはがついに心の内をさらけ出し始めた。下を向いたので俺の角度からその表情は見えないが、膝の上に零れる水滴を見て、どうなっているかを察する。
もう優勝者の風格は残っておらず、ただの一人の女の子になっていた。
「そっか……頑張ってたんだね……」
「――ひかるにっ、ひかるにムカついて! だからっ、私の演奏で感動させてやろうって頑張ってたのに……」
「お、俺ぇ!? どういうこと!? 俺に怒ってたの!? というか感動したよ!?」
いきなり俺に対する怒りを零し始めた。そう思われることに全く心当たりがない。
「違う……ひかるが悪いんじゃない。私が勝手に、そう思って……。感動したのもわかってる。でも……」
「どういうことなの……俺が感動しただけじゃだめだったのか?」
「いい。それでいいけど……完璧じゃなかった。ノーミスでやるつもりだったのに……っ」
「そっか、そっか……。で、でもさ! 俺は感動したから本気で! だから、もし次があるなら、その時に完璧なの見せてよ! 俺達まだ四年生だよ? また挽回できるって!」
俺はしずはにどう声をかければいいかわからなかった。だから、次の機会を与えることしかできなかった。
「次……」
「そう。また俺達皆で聴きにくるからさっ! その時また俺を感動させてよっ!!」
「絶対、来る……?」
しずはが手で目元を拭い、顔を上げて俺のほうを向く。
「あ、あぁ!!」
「来なかったら許さない……」
「許さないとか怖いって……行くから」
「うん……今日は聴きに来てくれて、ありがとう……」
「俺こそ。こんなに素敵な演奏聴けて本当によかった」
なんとかしずはは落ち着いたようだった。
結局俺にムカついた理由ってなんなんだ。そこだけが気になったが、なんとなく、もう聞けない雰囲気だった。
「あー!!! 光流がしーちゃん泣かせてるっ!!」
「ちょっ! はぁっ!?」
トイレから戻ってきた千彩都が、現状を見て、勝手に俺が泣かせたのだと結論付けた。
いや、泣いた原因は俺に関する何かが発端なら、俺が泣かせたってことに、なる……?
「ちょっと待って!! 俺じゃないっ! 俺じゃないよね!? いや、俺かもしれない! けど俺じゃないっ!!」
「お前何言ってんだよ……」
なんて説明すればいいかわからず、意味不明なことを言ってしまう。
冬矢が訝しげな目で俺を見つめる。
「ちーちゃん大丈夫? 光流が悪いんだよね。そうだよね?」
「千彩都ぉ! 勝手に決めつけないでくれよ!」
もうわけがわからない。どう弁明すれば良いというのだ。
「ちーちゃん。いいの。私が勝手に泣いただけ。光流のせいじゃないよ」
「ほ、ほらっ! しずはもそう言ってるじゃん!」
「光流に言わされてるんだよね? あーこわいこわい。これだから男子は……」
「もう、なんだってんだよ……」
でも千彩都の表情を見ればわかる。こいつは明らかに面白がっている。
「ほら、あんたらは先に帰りなさい。私はしーちゃんと二人で話してから帰るんだから」
「はぁ……」
「ほら、光流行こうぜ!」
「そうそ。ちさが言ってるんだ。行こうぜ」
なぜか男子だけで先に帰ることになった。最後の最後まで意味がわからない。
「みんな、今日は来てくれてありがとね」
俺達がその場から去ろうとした時、しずはが立ち上がって、俺達に声をかける。
いつもはお礼どころか感謝の言葉もあまり言わないしずはが感謝の言葉を伝えた。
しずはの目は泣いたことがわかるくらい赤くなっていて、でも口角は上がり、笑っていた。
「おう。また聴かせてくれよな」
「春休み明けたら五年生だから、またよろしくね」
「しずは。またね」
俺達はしずはに背を向けて外に出ようとする。
「ひかるっ!」
「なんだ?」
俺だけ呼び止められたので、振り返って立ち止まった。
先に出口から出ていく冬矢と開渡。
「バーカ」
「は、はぁ!?」
「次こそは完璧にして見せるから……覚悟しといてっ!!」
「あ……あぁ。わかったよ。楽しみにしてる。じゃあね」
バカと言われた意味は本当にわからなかったが、しずはが次のコンクールに対して前向きになったことは伝わった。
俺は再び背を向けて、出口から会場を出た。
◇ ◇ ◇
「あーあぁ……」
「しーちゃん、ホントに大丈夫だったの?」
「ピアノ少しだけミスしちゃって。それで泣いちゃった」
私は光流達を見送って、ちーちゃんに泣いた経緯を説明した。
「完璧にしたかったよね……でもさ、光流ちゃんと感動してたよ?」
「うん……望みは叶ったはずなのにね。でも演奏が完璧じゃないなら私の気持ちは満足しないみたい」
「でも、次があるんでしょ?」
「うん。次……次こそ完璧にするから」
光流と約束した。だから次こそ完璧にして、自信満々で勝ち誇ったドヤ顔を見せてやる。
「ほんっと光流と友達になってから、しーちゃんは表情豊かになったよね」
「……なにそれ」
「さぁ〜? 自分の変化に気付けないほど、光流のこと気になっちゃってるんだね」
「は、はぁっ!? なにそれ! し、知らないっ!!」
「あ〜楽しっ」
「む、ムカつく〜〜っ!!!」
私を茶化すちーちゃんが嫌い。別に本気で嫌いなわけではないけど。
今までは確かにそこまで人に感情を見せるほうじゃなかった。みんなと――光流と出会ってから、確かに私の中で何かが変化した気がする。
でも光流の中には、あの女の子がいる。
私が入り込む隙間は――今はない。
でも、それなら。
私の音で……最高の音で光流の心を――。
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