49話 ムカついた
「光流っ! そらっ! 行けっ!!」
「任せてっ!!」
冬矢から託されたボールを受取りそのままゴールへと走る。
目の前にディフェンダーが立ちはだかった。
しかし、俺には躱すテクニックなんてものはない。
「冬矢っ!! パスっ!!」
「へーい、サンキュ! これでっ!!」
俺からのパスを受けた冬矢はそのまま右足を振り抜きシュート。
そのままゴールネットを揺らした。
『ピピーッ!』
先生が鳴らすホイッスルが体育館に響き渡る。
「やったぜ!」
「おっしゃあ!」
俺と冬矢はハイタッチをした。
「冬矢のいるチームに勝てるわけない〜」
「現役でサッカーやってる人に勝てないって」
相手チームから批判の声が上がる。確かにそうだ。小さい頃からスクールに通っているために、初心者の俺達とは雲泥の差だ。
俺達は今、学校の体育の授業でフットサルをしていた。バドミントンやバスケ以外にも色々なスポーツに取り組んでいて、今日はフットサルの日だった。
俺の体力も徐々に回復し、少しの時間なら動けるようになってきた。なのでこうして短時間だが参加している。
筋トレの成果が出てきたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「なんか、光流前より明るくなったよね?」
「事故に遭うちょっと前みたいな……?」
私とちーちゃんが女子側で交代交代バスケをしている中、休憩がてら男子の方を見ていた。
光流に訪れた何かの変化。多分私の予想している通りだろう。――ある女の子絡み。
「そういや、あと少しだねコンクール。調子どうなの?」
「いつも通り。普通にやるだけ」
ちーちゃんが私に調子を聞いてくる。普通とは言ったが、今回は普通ではない。
コンクールが近づくと通常よりも練習頻度が多くなり、課題曲を必死に練習する。
家に帰ったら寝るまでピアノづくし。お母さんがピアニストなので、私に付きっきりで指導してくれる。
良かったのはお母さんは鬼ではなかったこと。よく指導者が厳しいというのを聞くが、うちはそうではなかった。だから伸び伸びと練習できた。そこには感謝している。
私はお母さんの演奏を見てかっこいいと思いピアノをはじめた。好きで始めたのにピアノで自分を潰してしまっては元も子もない。
「しーちゃんは、天才だもんね。ほんと凄いよ」
「私だって結構努力してるんだよ? その結果だよ」
「ごめんごめん。いくらできる人でもそう言われたらムカつくよね」
「ちーちゃんならいいよ。冬矢とかに言われたらボコボコにしちゃうかもだけど」
「あーっはっは」
ちーちゃんが大笑いする。
彼女は私を天才だと言うがそんなことはない。小さい頃から毎日毎日練習を繰り返してきたからだ。
「で、光流のことはどうなの? せっかく呼んであげたんだからさ」
「さ、さぁ? 知らないっ」
「あんたねぇ……聞いてるでしょ? 光流の……ねぇ」
「そうだけど……」
――私が光流をコンクールに呼んだことには理由がある。
クラスメイトの九藤光流が事故で入院したというので、先生や当時あまり話したことのなかった池橋冬矢の強引な誘いでお見舞いにいったことが始まり。
光流は初対面でも話しやすく、冬矢とは違った話しやすさがあった。病院へ通っている内に光流との会話が心地良くて、いつの間にか友達になってしまっていた。
そんな中、事故の原因やとある女の子の話をふんわりと聞いたことがある。光流はその子のことをとても気にしていた。
事故の事なのでデリケートな問題だと思い、皆も詳しくは聞けなかったけど、その女の子の存在は光流にとって何か特別なものだと感じた。
『ピアノで何度も優勝したりしてるんだ! 凄いねっ!』
ある日、ちーちゃんが勝手に私のピアノの実績を話した。それを聞いた光流が私を褒めてくれた。
嬉しかった。こうやって男の子に褒められたことはなかった。それもそう、今まで他の男の子には話したことがなかったからだ。
でも、でも……私は何か感じてしまった。
光流は心からそう思ってはいない。表面的には笑っている。褒めてくれている。でも、何か違和感があった。
実際に私の演奏を聴いていないからかもしれない。でも、そうじゃないと感じた。
多分、光流の頭の中は何かで一杯なんだ。――そう思った。
私達がいる前では気丈に振る舞ってはいるけど、一人になったら絶対に考え込んでる。私が一人になるとピアノで悩んでいるように。
私はなぜかムカついてしまった。理由はわからない。
でも、褒めるなら心から本気で褒めてほしかった。
内心ムカついていたが、それを表には出さない。
光流はとても優しくて、初めて会話した私にも積極的に話してくれた。ゲームだって教えてくれた。だからこそ、数少ない男友達である彼の裏を知りたいとも思った。
――ピアノで感動させてやる。
私は勝手に目標を決めた。
あの光流の表情の裏に隠された何か。どうせ、あの女の子の事なんだろう。それをどうしようとは思っていない。けど、本気で私のピアノで『凄い』って思わせる。
仮初の褒め言葉なんて私にはいらない。あの光流の、どこか遠くを見ているような目を、今目の前にいる私に向けさせてやる。
そう思った日から、私の今までにない、本気の練習が始まった。
◇ ◇ ◇
春休みになった。それが終わればもう小学五年生だ。
あれからルーシー自身からは連絡がない。元気に病室でご飯を食べているなど、そういった事だけたまに父経由で聞いていた。
今はルーシーが元気でいてくれていることだけでも俺は嬉しかった。
自分では気づかなかったが、友達には前より明るくなったなどと言われたりもした。
そして、今日。招待されたしずはのピアノコンクールの日。
会場である音楽ホールの最寄り駅で皆と待ち合わせをした。
「おはよー!」
俺が駅に到着すると、既に三人が集まっていた。冬矢、千彩都、開渡だ。
しずはは先に会場入りしている。
「おぅ〜光流、様になってるじゃねぇか」
冬矢に今の服装を褒められる。
それはそうだ。一応ピアノコンクールという畏まったイベント。制服で良いじゃんと思ったが、母に話したらスーツを着ていきなさいと言われたので、着ていくことにした。
「髪型いいじゃん」
開渡に髪型を指摘された。
今の俺の髪型はオールバックで固められていた。おでこを全面に出している髪型で、いつもと違い少し恥ずかしい。
これは姉にやられた。いつもはつけないワックスを姉の手でつけられて今の髪型になった。
「全然慣れないんだけど……」
「そりゃあ俺達だって同じだよ」
冬矢も千彩都も開渡もスーツやドレスといった服装をしていた。小学生なのに皆服装が様になっていて、かっこよく見える。
「じゃあ行こっか」
俺達は揃って会場へと向かった。
『全日本ジュニアピアノコンクール』。会場の音楽ホールへ到着すると、デカデカと看板が掲げられていて、俺達以外にも大人含めた大勢の子供達が中に入っていく様子が伺えた。
「あっ、しーちゃんだ!」
すると音楽ホールの中、トイレのほうから出てきたしずはと出くわす。
ちらっと俺の顔を視界に収める。その時のしずはの目は、何か熱がこもっているようにも見えた。
「みんな、おはよ」
しずはが静かに挨拶をした。いつも通りだ。
ただ、彼女の容姿はいつもとは全く違っていた。黒いドレスのような服装に肩までのそれほど長くない髪をうまくまとめてアップにして、蝶のような髪飾りをしていた。
「今日のしーちゃん綺麗ーっ!!」
千彩都がしずはのことを興奮してジャンプしならが褒める。
「ねっ、光流?」
突然、千彩都が俺に振ってくる。なんで俺に振るんだよ……。
「あ、あぁ。しずは、今日はちょっと雰囲気違うよね」
「それは光流たちも……」
俺は『綺麗』とは言わなかった。理由はわからない。――でもなぜか言えなかった。
逆にしずはも俺達のいつもとは違う服装に目を見張ったようだった。
「もう、光流ったら……」
「しずはも雰囲気変わるな〜綺麗だぞ」
千彩都に微妙な反応を返され、冬矢は普通に綺麗だと発言する。
「じゃあ私、これから控え室に行くから」
「うん、頑張ってね」
「楽しみにしてるー!」
「しずは、ガッツ!」
「応援してる!」
それぞれがしずはに声をかける。すると冬矢が去り際に謎の行動を取り始める。
「しずは、俺達のパワー送ってやるよ」
「なに?」
冬矢がしずはに握手をして、『んん〜』と唸りながら謎のパワーを送る。
「なにこれ……」
しずはは微妙な反応をした。
「良いから良いから。ほらみんなも」
冬矢に言われて千彩都と開渡もしずはと握手をして、パワーを送る。
最後は俺、しずはの手を握って謎のパワーを送る。
「――――!?」
しかし、しずはの握り返す手の力が強かった。少し痛いくらいだ。
しずはは無言で俺の目を見つめながら今までにないドヤ顔をしていた。
「と、とにかく頑張れよ」
「うん、光流。見てなよ」
俺はいつもとは何か違う、しずはの底しれない何かに触れた気がした。
――そうして、全日本ジュニアピアノコンクールが始まった。
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