48話 報告
冬矢とルーシーの小学校に調査しに行ってから数日後、約三ヶ月ぶりの登校日となった。
「光流、気を付けて行ってきなさい」
「無理しちゃだめだからね」
「わかってる!」
両親に心配されながら、俺は玄関を出る。
姉の
ランドセルを背負うのも久しぶりだ。
俺は親に退院祝いとして買ってもらったブルートゥースイヤホンを両耳に装着。スマホにインストールした音楽アプリを起動し、曲をかける。
「んんんん〜んんん〜んん〜♪」
俺は小さな声で聴いている曲を口ずさむ。
入院中、勉強以外はあまりにも暇だったので、家にあったタブレットを借りて過去のアニメから最近のアニメまでを見まくっていた。そこでアニメだけではなく主題歌を担当している歌手に興味が出て、特にロックバンドの曲が好きになっていた。
するとその流れから動画サイトで歌のPVを検索し聴いて回った。さらにはアニメの主題歌ではない曲や他のロックバンドも聴くようになっていき、いつの間にか俺はロックバンド好きになっていた。
今ちょうど聴いているのは『エラルカーテンの星の魚』。今では少し昔の曲だが、色々な歌手を聴いていくうちに、その世代のアーティストが特に好きなことに気づいた。
このことを冬矢に言うと、『最近の曲も聴けよ〜』なんて言われたりもするが、リピートして何度も聴くのは結局これらのアーティストが多かった。
「ひ〜かるっ!」
すると後ろから声がかかった。
俺はイヤホンを外して振り返るとそこにいたのは冬矢だった。学校に近づいてくるとこうして誰かと合流することも多かった。
「冬矢、おはよ!」
「おうっ! 今日からだなっ!」
「どんな感じになってるかなぁ〜」
「なんも変わってないよ。普通普通」
冬矢はそう言うが、約三ヶ月も学校へ行っていないと、何もかもが新しく見えそうだ。
そう会話しているうちに久しぶりの校舎が見えてきた。
『
グラウンドの横道を通り過ぎ、校門の前まで辿り着く。
「おはようございまーす!」
生徒を迎える先生が、校門前で挨拶してくれる。俺達も挨拶して、玄関まで向かった。
「うわ〜懐かしいこの匂い」
玄関に入ると下駄箱の鉄とその先にあるニスが塗られた木の床の匂い。嫌いじゃない。
俺達は中靴に履き替えて自分のクラスに向かい、ドアの前まで到着。
以前まで毎日通っていたはずなのに、久しぶりに中に入ろうとすると緊張した。
「ほら、入るぞ」
俺が立ち止まっていたのを見越して冬矢が俺の背中を押した。
「みんなー! おはようっ!」
冬矢が教室に入ってすぐに中にいた生徒に挨拶した。
すると、皆の視線がこちらに集まる。一斉に見られると俺の心臓の鼓動が早まった。
「あれっ、光流じゃん! おはよー!」
「光流久しぶりー! 元気してたかー?」
「お前痩せたな〜」
男子を中心に俺に対して自分が座っている席から声を飛ばしてくる。
お見舞いに来てくれていた人もいれば来ていない人もいて。元々男子であればある程度会話していたからか、声をかけてくれた。
女子たちはコソコソをこちらを見ながら何かを話していた。
「皆おはよ! 今日からまたよろしくね」
俺は皆に挨拶してから自分の席に座ろうとする。しかし――、
「あー、光流。お前休んでた間に席替えしたんだよ。だからお前の席はあそこ」
そう冬矢が指を差したのは、窓側の一番後ろの席だった。
「最高の席じゃん」
窓側の一番後ろと言えば、誰しもが座りたい席だ。先生からは遠く、授業で当てられることが少ない
何をしていても目に付きづらく、外の景色も見れる。後ろを気にすることもしなくていいし、とにかく最高のポジションだ。
俺はランドセルの中から教科書や筆箱などを取り出して机の中に入れた。ランドセルは後ろのロッカーに収納。
そうして、自分の新しい席に座った。
「おっはよ〜っ!」
すると元気な声で、また一人と生徒が入ってきた。千彩都だった。横には開渡もいた。
千彩都達は俺と同じように机に教科書等を入れたあと、俺の席までやってきてくれた。
「また今日からだねっ、光流!」
「今日からよろしくな」
二人が挨拶してくれた。
「お前らいっつも一緒に登校してるよな〜」
「まぁ、家も近いし? 幼馴染みたいなもんだしな」
羨ましい関係だ。女子の幼馴染がいるなんて、皆の夢だろ。でも俺にはルーシーがいる。その存在だけで、幼馴染よりもっと良い。
すると無言で教室に入ってきた女子がいた。しずはだった。
しずはは、あまり皆に挨拶しないタイプで、数少ない仲の良い人としか話さないタイプだ。
しずはがトコトコと机の間を通り抜けて歩いていく。
「みんな、おはよ」
すると来たのは俺の前の席だった。
「しずは俺の前じゃん」
「ほんっと、光流がいないと背中が寒かったんだからっ」
分かりづらい。でも、これは怒っているわけではない。お見舞いに来てくれてからは、しずはの性格を徐々に理解していった。そして今言ったことは多分、少し寂しかったという意味……だと思いたい。
ただ単に冬の寒い時期に俺がいなかったことで、人から発せられる温かみがないから寒い、というだけかもしれない。人がいるだけでその場の気温は上がるからね。
「ごめんね。でも今日からは俺がいるから暖かいね」
「もう暖かくなってきた季節なんだけど……」
もう三月。少ししたら五年生になる。凍えるような冬が終わり、春の暖かさを取り戻しつつある季節になっていた。
「じゃあ、暑すぎたら言ってね。窓開けるから」
「……うん」
俺達はホームルームが始まるまで、俺の席の近くでたむろしていた。
すると千彩都が何かを渡してきた。
「はい光流、これ」
「……チケット?」
そこに書かれていたのは『全日本ジュニアピアノコンクール』と書かれたチケットだった。
「春休みに入ったら、ちょうどしーちゃんが出るピアノコンクールがあるんだ。だから皆で行こうって話になって」
「そうなのか。それなら行こっかな」
なぜ参加するしずはではなく、千彩都がこのチケットを渡してきたのかよくわからなかったが、せっかく招待されたなら、行く他ない。
「しかも全日本だよ? 全国! しーちゃん凄いよね!」
「ま、まぁこのくらい普通よ……っ」
「謙遜しちゃって〜」
やはりしずはは凄いらしい。音楽一家とは聞いていたが、全国のコンクールに出るレベルだと直に聞くと、凄さを実感する。
「楽しみにしてるね!」
「応援してるぜ」
俺と冬矢は応援の声をかけた。しずはが少し微笑んだような気がした。
◇ ◇ ◇
ホームルームが始まり、担任の先生が俺が戻ってきたことを伝えた。授業でわからない所はフォローしてあげてほしいという気遣いも一緒に伝えた。
授業は入院前と同じように進んだ。特に変わったというイメージはなく、久しぶりという感覚だけが残った。
勉強は好きでも嫌いでもないが、ルーシーの話を聞いてからは俺も勉強くらいは頑張ろうと思った。スポーツもしていないので、あとやることと言えば勉強だ。
いつかの時のために、ルーシーと同じくらい勉強ができるようになっていたいと思った。
体育の時間は俺は多めに休んでも良いと先生に言われた。
体育館でバスケやバドミントンをした。
やはり少し身体を動かすだけですぐ息が上がった。体力を戻すまで少し時間がかかりそうだ。
「お前、筋トレでもしたら?」
「いきなりどうした?」
ある日、教室で冬矢が言ってきた。
「俺もスクールで筋トレとかやってさ、体が前より結構動くようになった気がするんだよね。だから良いかもよ」
「ふぅん。考えたこともなかった」
筋トレか。スポーツしないなら、それもいいかもしれない。いくらでも時間はあるし。
「運動してないなら、尚更」
「そっか、ちょっと父さんに聞いてみるよ」
そうして、俺は筋トレについて父に話してみることにしてみた。
◇ ◇ ◇
そして俺が学校に通い始めてから少し経った頃、おつかいで姉と一緒にスーパーへ出かけていた時、母から電話がかかってきた。
「ルーシーちゃん目覚めたそうよっ!!」
「えっ……えっ……!?」
電話口でそう母から言われ、スーパーの中でカゴを入れたカートを押していた俺は立ち止まった。
「光流どうしたの?」
隣にいた姉が俺の様子を見て聞いてくる。
「ぁっ……ええと……ルーシー、目覚めたって……」
「ええ!? やったじゃん! 良かったじゃん光流!!」
姉はルーシーとは話したことがないはずだが、隣でジャンプして喜んでくれた。
俺の体の一部がルーシーの中にあるんだ。それもそうかもしれない。
「よかった……よかった……」
俺はスーパーにいながら、その場で目の下部分に涙を溜めた。
早く家に帰って詳しい話を聞きたい。
「ね、ねぇ……」
「うんっ! 早く買い物済ませてかえろっ!!」
姉は俺が早く家に帰りたいことを察して、おつかいを早々に済ませた。
…………
「母さん!!」
俺は急いで家に帰ると、玄関からすぐにリビングへ向かった。
「光流、とりあえず落ち着きなさい。ほら、そこに座って」
俺は息を切らしてリビングに飛び込むと、レジ袋をテーブルに置いて、目の前の椅子に座った。
そこには父もいて、俺を待っていたようだった。姉は玄関からゆっくりきて、同じように椅子に座った。
母がお茶をそれぞれに淹れてくれると、話が始まった。
「お父さんがね、今さっきルーシーちゃんのお父さんから連絡もらったの」
「今日、宝条さんの娘さんが目覚めたそうなんだ」
「今日なんだ……」
アメリカでもルーシーが目覚めて忙しいはずなのに、こっちに連絡をくれたのはルーシーのお父さんの気遣いなのだろうか。
「あぁ、それでな。これから検査とか色々あるから、まだしばらくは入院ってことらしい」
「そっか、そっか……」
「あと、光流のこと気にかけてたらしいぞ」
「ルーシー……そうなんだ……あぁ……本当に、良かった……」
それだけ聞ければ十分だった。
でも俺のこと気にかけてくれたなんて……。多分俺が元気ってことは伝わってるんだよね?
嬉しい。いつ目覚めるかすらわからなかった。移植手術が成功したってことで良いんだよね。
ルーシーが早く健康で元気になってほしいな。
「うぅ……ぅ……」
俺は安堵したのか、ゆっくりとルーシーの無事を噛み締め、テーブルの上に涙を零した。
「もう……あんたはほんっとルーシーちゃんのこと好きね」
涙を零す俺の様子を隣で見ていた姉にそう言われた。
そうか。俺はルーシーが好きだったのか。ルーシーと過ごしたのはたった一週間だけ。いや、病院のベッドで目を覚まさないルーシーに会いに行っていたことも含めたら二ヶ月くらい。
この短い時間は人を好きになっても良い長さなのだろうか。
人を本気で好きになる気持ちが芽生えることに、時間は関係あるのだろうか。そんなの初めての気持ちだし全くわからない。
でも、あの一瞬の、刹那のように短い一週間は俺にとってルーシーを好きになるには十分過ぎる時間だったように思える。だって、俺が命を懸けてでも助けたい、絶対に失いたくないって思ってしまった人なんだから。
事故の直前、ぎゅっと強く抱き締めたあの時のルーシーの華奢な体の感触、そして毎日のように通った病院のベッドで眠るルーシーのか細い手を握った時の感触は今でも忘れていない。
ルーシーに触れたい。ルーシーに会いたい。
ルーシーは、日本には戻ってこれるのだろうか。
ルーシーのお家はお金持ちだから、アメリカにしばらくいても問題ないはず。だからあっちでしばらく過ごすなんてこともあるかもしれない。
もしかすると、俺が思うよりもずっと会えないかもしれない。
それなら今自分にできることをやるしか――。
その夜、俺の頭の中はルーシーのことで埋め尽くされ、謎のやる気が湧き出ていた。
いつかルーシーと再会した時の為に、何か……何かをしておきたい。
そう思って、ちょうど冬矢に言われた筋トレを父さんに話して、何をすればいいかを聞いたあとに自分の部屋で筋トレを始めた。
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