47話 ルーシーの小学校
翌日、冬矢の学校終わりに俺の家まで来てもらい、ランドセルを背負ってから、一緒に隣町にある
校門に辿り着くと、下校時間なので帰る人もいれば校舎の周りやグラウンドで遊んでいる子どもたちもいた。皆私服なので、俺達が紛れ込んでも全然わからないと思った。
ルーシーから、通っていたクラスは四年三組だと聞いていた。
俺達は自分の中靴を持ち込み、玄関で履き替えて目的のクラスを探し始めた。
「光流、結局何する気だ?」
「ちょっと覗いてみようってだけだよ」
階段を上り、三階まで到着した。そうして三階の廊下を進んでいくと、目的のクラスを発見した。
ドアの外から中を覗くと、ほとんどの生徒が既に帰っており、残っていたのはたった三人だった。
「ちょっとだけ、話聞いてみようかな」
正直怖かった。ルーシーが一人で泣いて苦しんでいた元凶のクラス。
ルーシーに対する悪口を言われたら、俺は我慢できるのだろうか。
俺はドアをスライドさせて、教室に入った。
「光流っ?」
中にまで入るとは思っていなかったのか、冬矢が少し慌てた。
「こんにちは。いきなり悪いね。俺、五年の鈴木。ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
俺は嘘をついた。正直一年くらいの年齢差では体格は変わらないと思ったので、どうせならと上級生のフリをした。
「こんにちは……」
中にいた三人の女子がこちらに顔を向けて、怪訝な表情を見せた。
「このクラスにさ、ルーシーって子いない?」
俺は直球で聞いた。
すると、その三人はザワザワしだした。
「ええと……ルーシーって誰のことですか?」
「そんな人、このクラスにいないよね?」
そう言われた瞬間、俺は頭が沸騰しそうになった。
「――ッ!!」
「おいっ!」
俺の体がいつの間にか前に出ていたのか、冬矢が止めに入った。
「あ、悪い……」
しかし冬矢が止めてくれたことで、少し冷静になれた。
「ええと、それなら最近このクラスで学校休んでる子いない? 転校したとか」
さすがにここまで言えばわかるだろう。
「ええと、宝条さんの、こと……?」
一人の女の子が答えた。
そうだ、ルーシーのことだ。忘れていなかったらしい。しかしルーシーという名前は理解していないようだった。
「……恐らくその子だ。それで、君たちはその子の事どう思ってる?」
俺は息を飲み込んだ。なんて返されるのか怖かった。
「…………」
しかし三人は顔を見合わせて、何を言うべきかコソコソと相談し合っているようだった。
「悪い。君たちに何かしようと思ってるわけじゃない。何が起きてたとか、そういうのが知りたいだけ。君たちのことは誰にも言わない」
それを言うと、再度三人はコソコソと相談し合う。
十数秒後、一人の女の子が話しだした。
「宝条さんは、ちょっとこのクラスでいじめられてて……でも、全員じゃないんです!」
俺はゆっくりと詰まらせていた息を吐いて、心を落ち着かせる。
この三人は恐らくいじめをしていた人物ではない。でも全てを信じるわけではなかった。
「うん……」
「一部の人が悪口言ったり、物投げたり、他にも色々イタズラしたり……」
「クッ……!」
「ヒィッ」
そう聞いた瞬間、俺は口元を食いしばって、目つきが鋭くなっていた。
それを見たのか、話してくれていた女の子が怖がってしまった。
「おい……」
「あ、ごめん……。続けてもらえる?」
冬矢が俺を宥める。少し正気に戻った。
「そ、それで、クラスでは宝条さんをいじめる雰囲気になって、悪いことだってわかってたけど、怖くて誰も止められなくて……」
「そうだったのか……なら、それをしていたのは誰なんだ?」
本題に入った。これを聞いてどうするというわけではない。ただ、名前を覚えておいて損はないはずだ。
「…………」
しかし、三人はその名前を話さなかった。
「もしかして、これがどこかにバレた時に自分たちがいじめられるかもって考えてる?」
「はい……」
そうだろうなと思った。ドラマや漫画でもたまにある展開だ。いじめている人を助けた場合、助けた人物がターゲットにされることが。
「大丈夫。絶対に誰にも言わない。ここで聞いたことは広めないって約束する」
「ほんと……ですか?」
「あぁ、本当だ。信じて欲しい」
俺はまっすぐに彼女の目を見つめて、真剣な顔を見せる。
「じゃあ……ちょっとこっち来てもらえますか?」
すると、彼女が教壇に来るように言った。
残りの二人の女子と俺達も教壇に登る。そして、彼女が机の上に貼ってあった座席表を指差す。
「全部で、七……いや八人はいたと思います……」
「まじか……」
座席表を見ると、このクラスは三十名のクラスだった。つまり三分の一はルーシーを意図的にいじめていたというわけだ。
「それで、この子とこの子と……」
彼女は合計八人の名前を指差した。
「ありがとう……」
「い、いえ……あと……」
まだ何かあるらしい。
「この八人の誰かに命令されて、いじめをしてなかった人も強制的にそれに参加させられてて……」
「……ッ!?」
俺の中で何かの糸がプツリと切れた。
『ドンッ!!!』
「きゃあっ!?」
俺は教壇の机に拳を叩きつけていた。
いじめの実行犯ではない女子を怖がらせるようなことはしたくなかったけど、あまりにも酷い内容に俺は我慢できなくなっていた。
「おい光流っ!!」
「あっ……ごめん、君たちを怖がらせるつもりはなくて……」
また冬矢に宥められる。冬矢が一緒に来ていなかったら、どうなっていたんだろう。
俺は彼女たちに深く頭を下げた。
「いえ……怖かったですけど、気持ちはわかります……」
「私達だって、見てるだけだったし……」
「でも、止めることなんてできなくて……」
彼女達は悲痛な表情を見せた。
でも良かった。ルーシーのクラスには彼女達のように優しい心を持つ存在もいたんだってわかっただけでも安心した。
「ちなみにさ、その宝条さんのフルネームってわかる?」
ルーシーの名前を知らない彼女たちに引っかかりを覚えたので、俺は聞いてみた。
「
「…………そういうことか」
俺は理解した。
ここは日本。ミドルネームなんて概念は一般的にはなく、ルーシーの名前は書面上でだけ記入すれば良いんだろう。それなら、日本っぽい名前だけである宝条凛奈とだけ、自己紹介すればいい。
だから俺にとっては少し嬉しかった。なぜなら、このルーシーという名前を知っている人は、世の中にはまだ少ないということだから。
「最後に優しい君たちの名前聞いてもいいかな?」
「あ、はい……」
そうして、ルーシーの敵ではなかった彼女達の名前を記憶した。
『パシャっ』
俺は座席表をスマホカメラで撮影した。何かあった時に忘れないように保存しておいた。
「本当は俺達この学校の生徒じゃないんだ。あと同い年」
「えっ!?」
流石に驚くだろう。
「だから、いじめしていた人達との繋がりもないし、大丈夫だよ」
「そうだったんだ……なによ〜もうっ」
同い年だと聞いて、フランクな喋り方になった女子。
その後、本当の名前を名乗った。冬矢も一応自己紹介した。
「とりあえず、今日は話してくれてありがとうね……」
「ううん、役に立てたなら……」
俺は再度頭を下げて教室から出ていこうとした。
「じゃあ、行こっか……」
そう冬矢に言ってドアを開けようとしたのだが、冬矢はまだ教室に残っていた。
「冬矢!?」
いつの間にか三人の女子たちと連絡先を交換していた。
俺はその様子をドアの近くで見ながら待っていた。
「じゃあ、みんなまたなっ!! 今度遊ぼーぜ!」
冬矢は連絡先の交換を終えるとドアの方まで来て、一緒に教室を出た。
教室に残った女子三人。
「宝条さんか……今頃どうしてるんだろうね」
「なんで転校しちゃったのかわからないけど、多分いじめが関係してるんだよね……」
転校については、いじめが原因ではないが、彼女たちはそれを知る由もない。ルーシーの父親が先生に事故に遭ったことは説明したが、転校理由は伏せてほしいと話していた。
「連絡先交換した子かっこよかったよね?」
「うん、イケメンかも。冷静になってメインで喋ってた子を止めてたし」
「でも私は宝条さんのために動けるあの人のほうが……」
「え!? あっちなの!?」
「あんたの趣味はわからないわぁ〜」
「逆に私こそ二人の趣味がわからないっ! 絶対あの子チャラいよっ!」
光流と冬矢が教室から出ていったあと、彼女たちの間で二人の男の評論会が繰り広げられた。
◇ ◇ ◇
「なぁ、なんで連絡先交換したんだ? 普通にナンパか?」
「んなわけないだろ! まぁ……そういう目的もあるけどさ、いつか何かあった時に、そのルーシーちゃんのクラスメイトだった子と繋がりがあったほういいだろ?」
「冬矢……」
ただの女好きではないらしい。つまり俺のためでもあり、ルーシーのためでもある。
「お前ってほんと良いやつだよな」
「いつもは女好きでチャラいとか言ってるくせに」
「周りに冬矢みたいにガンガン女の子と友達になってる人いないし……」
冬矢のように所構わず女子と仲良くしている男子はほとんど見かけない。
なので物珍しく思うのも不思議ではない。
「とりあえず今日はありがと」
「あぁ……俺で良ければいつでも呼んでくれ」
「冬矢がいなかったら、俺冷静に話聞けなかったよ……」
「まー、しょうがないよ。俺もお前の立場ならそうなってたかもしれないしな」
今日はルーシーへのいじめ実行犯の名前、そしてルーシーを心配していた三人の女子がいたこともわかった。
いじめの実行犯をどうしようということはない。
ただ、記憶しておくだけだ。いつの日か、何かの時のために……。
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