第3章 小学生編

45話 思い出の地巡り

 今回から光流視点です。



 ー☆ー☆ー☆ー



 いつの間にかクリスマスや年越しも病室で経験して、家に戻ったのは二月だった。


 退院初日は、両親と姉と黒豆柴のノワちゃんと過ごし、久しぶりに自分のベッドで眠りについた。


 学校へ復帰するのは一週間後から。先生や同級生たちが病室へ来るようになってから、病室でなんとか学校の勉強をしていった。

 これは皆のおかげと言ってもいい。でも、実際に学校で授業を受けたわけではないので、ついていける保証はない。


 体育や家庭科など体を動かしたり実習系の授業は体力的な問題で長くは参加できないので、どうしても成績には影響が出るそうだ。

 そこはしょうがないので、学校に登校できるようになったら、勉強を頑張って二ヶ月分を取り戻すしかない。


 退院してから翌日。体は完全回復しており、筋肉だけが衰えていたので、少し歩こうと外に出ることにした。


「光流、無理しちゃだめよ?」

「うん、わかってる」

「母さん大丈夫っ! 私もついていくから」

「じゃあ灯莉、お願いね」


 外出するのに、姉の灯莉がついてくるらしい。退院していきなり俺に何かあったら困るしね。

 姉は現在中学一年生の十三歳。俺より少し大きい。


「姉ちゃん、これどうしたの?」


 玄関から出ると、姉が俺の手をとって繋いでいた。


「あんたね……勝手にどっかいって大変なことになるのは、もう懲り懲りなの。しばらくの間、光流が大丈夫そうになるまではこうやって近くにいるからね」


 昨日だってそうだった。退院初日だというのに、姉は俺の部屋に枕を持って来て、一緒に眠ろうと言ってきた。

 大きくないベッドなのに、ぎゅうぎゅうにくっついて一緒に寝た。


 一人でぐっすり眠りたかったけど、俺を心配する姉の目を見ると断れなかった。

 俺もルーシーが遠くへ行ってしまって寂しかったけど、姉も俺が家にいない二ヶ月間は寂しかったのかもしれない。


 結局、姉がいてもぐっすりと寝られた。病院の硬いベッドとは全然違ったからかもしれない。

 もしくは姉の温もりが近くにあって、安心したのかもしれない。


 今、姉は過保護になっている時期だ。


「しばらくは姉ちゃんに従うよ……」

「じゃあ、行こっ! どこか行く予定なの?」

「一応決めてる」



 ◇ ◇ ◇



 俺が向かう先――それは、ルーシーとの思い出の地だ。

 家から歩いて十五分ほどの場所。


「光流、ここなの?」

「……うん」


 あれから二ヶ月経過しているが、全く変わっていなかった。それもそうだ。二ヶ月で変わる公園なんて中々ないだろう。


 俺達は公園の入口から中に入っていく。

 そして入口からも見えていた大きなドーム型遊具。


 ペタペタと外側を触りながら穴の中に入る。


「ふぅ〜」


 今は二月……普通に寒い。

 厚着をしてきたが、ドームの中は寒くて、白い息が出る。


 中に姉も一緒に入ってきて、二人で冷たい地面に座った。


「ルーシーちゃん、早く目覚めるといいね」

「うん……」


 以前、姉と一緒にまだ目覚めていないルーシーの病室にお邪魔したことがある。

 俺は何度も通っていたが、姉は一度くらいだった。


「なんか髪が凄い綺麗な子だったよね」

「髪だけじゃないよ……」

「……あんたにしか見えてないルーシーちゃんの良いとこがあるのよね」


 病気の事は仕方ないけど、それを含めても俺にとってルーシーはとても綺麗で、可愛く見えた。

 俺が通っている学校に、あれほど素敵な人は見たことがなかった。……一目惚れというやつに近い感覚だったんだろうと思う。


 あれほど、感情的に行動して、興奮したことは久しぶりだったと思う。

 好きなものに一直線になってしまうのは昔からだ。


 情熱を注いだことと言えば、RPGゲームに熱中して全然寝なかったりしたこと。サッカーゲームも好きだったことから、よく友達と遊びでサッカーもしていた。運動は普通くらいにはできるほうだと思う。


 ルーシーみたいに勉強で一番を取ったこともなければ、何か突出して自分の才能が開花したこともない。

 どこにでもいる普通の人――それが俺だった。小学生だから、まだこれから伸びる可能性もあるけど。


「じゃあ行こっか」

「もういいの……?」

「うん。特にここですることもないし、もう一つの場所に……」

「わかった」


 そうして、姉と二人で公園を出た。




 ◇ ◇ ◇




 その後、さらに二十分ほど歩いた。

 そうして到着したのは、未だに深く記憶に残っているもう一つの場所。


 ――事故現場だ。


 恐らくひん曲がっていたであろうガードレールは、この二ヶ月間ですっかり綺麗になっていた。

 事故の痕跡はほとんどなかった。俺の血も多少なり流れていたはずだが、それも綺麗に掃除されたようだった。


 俺達はリムジンを駐車していた場所に向かう。


 ただ、当時は車内から出ずにデートしていたので、外の様子はほぼ記憶していなかった。

 事故現場の場所を親から聞いていたので辿り着くことができた。


「こんな場所だったんだね……」


 今でも鮮明に思い出せる、事故の日に白いドレスのような服を着ていたお姫様みたいなルーシー。 

 どこからどう見ても俺には可愛く見えて、毎日のように会えていたのが夢のようだった。


「大丈夫? トラウマみたいになってない……?」


 人によっては事故のショックでトラウマになり、当時のことを思い出して胸が苦しくなったり心が落ち着かなくなったりすることもあるようだった。

 ルーシーはまだ目覚めていないが、今回の事故では誰も死ななかったことが幸いしたのか、俺にはそのような現象は起こらなかった。


「うん。俺は大丈夫みたい。それよりもルーシーと会ってた記憶が幸せすぎて、そんなのちっとも気にならない」

「あんたって、強いわね……」

「どうだろうね。ルーシーが死にかけてた時、俺すごい取り乱してたと思うんだけど……」

「あ〜、あれはね。しょうがないよ。大好きな相手があぁなってたら、誰でもね……」

「大好きっ!?」


 突然姉に今まで口に出してこなかったワードが出てきて、さすがに驚いた。


「いや、あんたどう見ても好きでしょ。ルーシーちゃんのこと……」

「いやぁ……わからない。こんな気持ち初めてだし……」


 俺はまだ小学四年生。特に男子なんて、恋愛感情が芽生えるほうが珍しいだろう。

 でもこの時の俺は少なからず、そういう気持ちはあったと記憶している。


「女の子の私が言ってるんだよ? 光流の顔見てればわかるよ。家でもいっつもいっつもルーシーちゃんのこと話してさ」

「それは……そうなんだけど。あの時はルーシーのことで頭がいっぱいだったし」

「そういうのが、好きっていうの!」

「わかんないってぇ!」


 否定はしたが、この話をするだけで、胸がドキドキしていたのは事実だった。


 そういえば、俺とルーシーが抱き締め合っていた時、ルーシーは何を言おうとしていたんだろう。

 気絶して、一度道路の上で目覚めた時もルーシーが何か言っていた気がする。


 でも、そこだけはあまり思い出せない。

 俺の意識が朦朧としていたせいかもしれない。


「よしっ、たい焼きでも買って帰るか!」

「たい焼き! 姉ちゃんいいね。お腹減ってきた」


 帰り道でたい焼き屋に寄り道して、二人で一緒にたい焼きを食べながら帰った。


 家に帰ってそのことを母に話したら『私の分は!?』とプンスカされた。小学生の少ないお小遣いでたい焼きをねだるなよ……とは思った。




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