44話 本題

 青の洞窟の出口から、十五分ほど歩いて、光流が予約したというお店に到着した。

 私は光流の頭と肩についていた雪を軽く払う。逆に光流は私の雪を払ってくれた。


「入ろうか」

「うんっ」


 二階にある素敵なイタリアンのお店だった。お店の前にはクリスマスツリーが飾ってあり、特別感が演出されている。

 ゆったりとした店内で、それぞれ隣の席がある程度離れているために、周りを気にせず食事ができそうだった。


 そして、暖房が私達の冷えた体を温めてくれた。


「わ〜あったかいね」

「ずっと外歩いてたもんね」


 ちょっと寂しいけど、私達はお店の入口で手を離していた。

 

「予約していた九藤です」

「今お調べしますね……はい、確認とれました。では、こちらへどうぞ」


 店員が私達を案内した先は、外の景色が見える窓側で席で、しかも横並びの椅子になっている席だった。


「ここ、すごい……」


 イルミネーションから私は"すごい"しか言っていないような気がする。

 とってもデートっぽい席だ。私は向かい合わせで座るものかと思っていたけど、横並びだと一緒に座る相手との距離が近くて、なんだか嬉しい。


「予約とれてて良かった……」


 光流が聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「何か言った?」

「ううん、何も」


 何か聞こえた気がしたが、そうではなかったらしい。


「……というかイタリアンは食べられる? 一応クリスマスはコース料理しか提供していないらしいんだけど、確かルーシーは何でも食べられたよね? それとも食の好みとか変わった?」

「ありがと。私、今も好き嫌いないから大丈夫だよ。何でも食べられるっ」

「それなら良かった。事前に聞いておけば良かったけど、なんかサプライズ感が減っちゃうと思って……」

「ううん、良いの。その気持ちだけで嬉しいよっ」


 こうやって私を連れ出してくれるだけで嬉しいんだから……。


 飲み物だけメニューから選ぶと、前菜から運ばれてきた。


「光流、今日は本当にありがとうね。全部嬉しかった……」

「俺もだよ。ルーシーと二人きりで過ごせて幸せだった……」


 お互いに今日のデートについて感謝を述べる。まだデートは残っているけど、もう十分満足した気になっている。


「じゃあ……乾杯しよっか」

「うんっ」


 私達はグラスに注がれたジンジャーエールと自家製レモネードを持ちながら顔を見合わせる。


「外での初デート記念に……乾杯っ」

「乾杯っ」


 私達はカランと互いのグラス軽く接触させ、飲み物を一口だけ喉に通した。


 外の景色を眺めると、まだチラチラと雪が降り注いでおり、クリスマスを感じさせる幻想的な街並みが広がっていた。


「日本かぁ〜っ」


 私は今、日本にいるんだ。アメリカではない日本。そこで光流と一緒にクリスマスデート。

 昨日は二人きりじゃなかったけど、今日は二人きり。正確に言えば密室ではないので、二人きりとは言えないけど、知り合いがいないという点では二人きりだ。


 でも、家の人が私を一人で放り出すとは考えられないので、どこかでボディガードが見ているのではないか、という考えも頭の片隅にはある。けど、今日はそんなことはほとんど考えていなかった。


「そうだね、日本だよ」


 隣を見れば光流がいる。先程の青の洞窟とは違い、店内の明かりではっきりと光流の顔が見える。

 ……かっこいい。光流が私の顔が綺麗だと言ってくれるように、私も光流の顔が好きなのかもしれない。


「少し前に日本に到着したばかりで、それで光流に会えて……夢みたい……」

「それは俺もだよ。ここ一ヶ月は手紙のやり取りをしてからはずっと夢みたいだって思ってた」


 そうだよね。光流があの手紙をくれたから、私は色々気づけたんだ。


「私、ずっと光流に連絡しなかったのは、昨日自分のエゴだって言ったよね?」

「うん……」

「目覚めてから病気が治り始めたのがわかったの。それなら完全に治った時に光流に会いに行って、それを直接伝えたいって思ってたんだ。でも光流に途中で連絡してしまうと、その意思が揺らいじゃって、病気が治る前に会いに行ってしまうかもって思ったの……」

「そう、だったんだ……」


 昨日は、まだまだ頭が整理できていなかったのと、真空と冬矢くんも一緒にいたのもあって、詳細なことは話していなかった。


「私が元気だってことを伝える手紙くらい送れば良かったのにね。でも、私自分のことばっかりで、光流の気持ち考えてなかった。光流から手紙をもらって……お母さんに指摘されてやっと気づいたんだ」

「ルーシー……それはお互い様だって言ったろ?」

「そう、かもしれないけどね。やっぱり罪悪感があるんだ……」


 光流がそう言ってくれて、本当に嬉しい。でもどうしてもそこが気になってしまう。

 だって、光流の手紙には――、


「『俺の事を忘れたからなのか』『事故が起きてしまったからもう会いたくないのか』とか手紙に書かれてたから……。私は絶対にそんなことはないって思った。けど、光流にそう思わせたこと自体が辛くて……」


 光流は私を見つめながら、黙って話を聞いてくれる。


「私は多分光流より、大分相手の情報とか色々なもの持ってたんだ。初めて撮った写真を眺めることができたり、お兄ちゃん達から光流が元気にしてるってことを聞いてたり……だから多分、そういうので満足して、光流より我慢出来てたんだと思う」


 私は、自分の膝の上でギュッと手を握った。


「だから、もう一度言うね。光流……ずっと連絡しなくて、ごめんね……」


 せっかくの二人きりのクリスマスデートなのに、暗い話をしてしまった。


 すると、膝の上に置いた私の手に光流が重ねて手を置いた。


「確かに、そう思ったことは確かに事実だよ。でも俺からも連絡しなかったことは同じ。ルーシーが謝ることなんてない。元気だってことは、親経由で俺も聞いてた。勝手に俺がルーシーに嫌われちゃったんじゃないかって、柄にもなく落ち込んじゃった時があったくらいで……」

「嫌うなんてないっ! 絶対ない! 昨日言ったでしょ? 光流がくれたもので私の人生が明るくなったの……あぁ、だからそれを手紙か何かで伝えればよかったのか……」

「ルーシー、これじゃ昨日の話を繰り返してるだけになってきたよ?」


 もうこれは、私がいくら謝っても光流が許してくれる流れは変わらない気がした。


「でも何か私がしてあげないと、気持ちが収まらない……って、これも私の我儘か。どうしたらいいかわからなくなってきたぁ……」

「ん〜。じゃあさ、俺のお願い一つだけ聞いてもらうってのはどう? チケットとは別のさ」

「え……っ! それなら、いいかも……」


 そういう光流のお願いごとを叶えるということなら、このモヤモヤに区切りをつけられるかもしれない。


「制服……」

「せい、ふく……?」


 いきなり単語を呟いた光流。


「うん……絶対に高校受験に合格して、ルーシーの秋皇学園の制服姿を一番最初に見せてほしい」

「そんなことでいいの……?」


 と、言いつつも、制服姿なら、私も光流に一番に見せたいかもしれない。

 でも家で着替えたら皆に見られちゃうし……。これ、もしかして、光流の目の前で着替えなくちゃいけない可能性ある……?


 『そんなことでいいの?』なんて言ったくせに、急に恥ずかしくなってきた。でも後に引けない。

 私の罪悪感を羞恥心に書き換える。たったそれだけで、光流の願いが叶うんだ。それでいい。


「いい。だって制服だよ? 学校に通っちゃったらさ、見慣れちゃうと思うんだ。でも一番最初に見た姿って、新鮮だと思う。そしてそれを一番に見ることができたら絶対嬉しい。――俺がルーシーの制服姿を一番最初に見たんだって」

「ふふっ、光流って制服フェチなの……?」


 制服について熱く語る光流。饒舌に話しているが、一歩間違えれば危うい――変態発言にも聞こえる。


「そ、そうじゃない、はずだけど……っ。ルーシーが着るからいいの! 問題ないなら、ルーシーは連絡しなかった件についてはもう悩まないこと! いいね?」

「うん……わかったよ。それでもう吹っ切れるね」


 でも私も制服を着るのが楽しみだ。どんな感じになるんだろう。うまく着こなせるだろうか。まだ入学決まってないけど。

 私はふんわりと頭の中で、秋皇学園の制服を着て光流と一緒に登校している姿を想像した。――最高だ。


「ねぇ、ここ触ってみて?」


 私は話を変えるためにも、ずっと話したいことがあった。


 それは、光流がくれた腎臓のこと。私の右腎には光流の腎臓があり、左腎がない。逆に光流には右腎がなくて左腎がある。


 私は光流の手を取って、自分のお腹の右側に手を当てる。


「ルーシー……」


 暖かい室内で温まりつつある光流の手の温度をお腹で感じる。


「ここね……光流の腎臓が入ってるんだよ。凄いよね、こうやって光流の腎臓をもらえたことで、私生きてる」

「うん……」


 真剣な話だけど、お腹という場所を触れさせているのは、ちょっと恥ずかしい。どことなく光流も恥ずかしそうだ。


「何度でも言うけど、ありがとう……」

「俺がルーシーを助けたかったんだ。俺なんかの腎臓一つくらい安いもんだよ」


 本当に不思議だ。光流の大切な内蔵の一部が私の中にあって、一つだけでも生きていられるなんて。


「光流のも、いい……?」

「うん」


 私は光流に手を取ってもらって、彼のお腹の左側に触れされてもらった。


 お腹に触れたからといって、何かわかるわけでもない。元々一つの体にあったものを別の体に一つ移した不思議な体験。――ともかく私は、光流との繋がりを何か感じたかった。


「硬い……」

「あ、ちょっと筋トレしてて……」


 そうだったんだ。ということは腹筋? もしかして割れてるのだろうか。少し気になってしまった。

 私のお腹は痩せているとはいえ、ぷにぷにだ。私も腹筋があったほうがいいのだろうか。


「すごい、ね……かっこいい……」

「ルーシー筋肉好きなの?」


 どうだろう。筋肉について全然考えたことはなかった。

 中学のスポーツで筋トレはしていたことはあったが、正直流れ作業でやっていただけなので、筋肉が好きかどうかは気にしたことはなかった。アメリカの男子の腹筋も見たことはあるが、全く持って興味が出なかった。


 でも頭の中で、半裸の光流を想像してみた。そして腹筋があるお腹……ヤバいかもしれない。


「好き……かも」

「……見てみる?」

「――ッ!?」


 私は抑えきれないほど顔が真っ赤になった。

 え!? ここで!? 光流の腹筋!? 大丈夫!? 店員さんに見られない!?


「ほらっ」

「え!?」


 私が何か言い出す前に光流は服を少し捲って、お腹を露出した。

 横並びの席なので、店員からは基本的には見えない。


「す、すご……なにこれ、なにこれ……わ、わぁ〜っ」


 光流の腹筋を見て、どうしようもなく興奮していた。やばい、なにこれ。どうしよう。

 私はペタペタを光流の腹筋を触りまくった。


「ル、ルーシー……ちょっと、触りすぎかも……」

「あっ!? ……ご、ごめん」

「いや、いいんだ。鍛えてた甲斐があったよ」

「あはは……でも、凄かった……」


 目の前に光流がいるのに、なんてことをしてしまったんだ。絶対私の顔やばかった。

 まだ変態じゃないよね? せめて腹筋フェチくらいだよね? そうだよね……?


「ふぅ〜」


 目の前の食事を取りながら、飲み物で一息つく。


「それでね……お互いにこの五年間何があったか、話し合おう?」


 これが今日一番話したいことだった。この五年間はおそらく、互いに全く知らない。

 だからどんなことをしてきたのか、ゆっくりでもいいから知りたかった。


「そうだね。全部はうまく説明できるかわからないけど……」

「五年って長いもんね。話したくないことは言わなくてもいいからね。私だって恥ずかしくて話せないこととかあるし……」

「あるんだ……」


 特に真空から借りた漫画のせいで、大人になった光流を妄想してたこととか……あれは絶対に言えない。


「言わないよっ!?」

「はは、でも真空から漏れるかもね……?」

「どんな手を使ってでも口止めするっ!!」

「それほどのことなの?」

「真空が原因と言ってもいい……って、これ以上ヒントはあげない〜っ!」


 暗い話をしてしまっていたが、少し雰囲気が明るくなった。


 そうしている内に、メインの肉料理とパスタが運ばれてきて、二人でそれを取り分けながら、話を続けた。


「光流の五年間から、聞いてもいい?」

「うん、大丈夫だよ」


 光流はジンジャーエールが入っているグラスを傾けて一口飲むと、ゆっくりと語りだす。


「じゃあ、俺が病院を退院したくらいの時から話そうか……」


 そうして、光流の過去の話が始まった。






 ー☆ー☆ー☆ー


次回から光流視点です。

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