43話 尊すぎるっ!

「まさか冬矢と来ることになるとは……」


 私達はルーシー達を追っていくと、到着したのはクリスマスに渋谷で有名な『青の洞窟』だった。

 アメリカにいた時から、色々ネットで調べてはいたので、名前だけは知っていた。

 まさか、尾行とは言え、昨日会ったばかりの男とイルミネーションに来てしまうとは、微妙な気分だ。


「暗くて顔見えないな……」

「確かに……あ、写真撮ってる」


 二人が入口側に振り返り、青の洞窟を背景に写真を撮っているのが見えた。

 ルーシーが積極的になっていて、光流くんを引き寄せていた。


「わ〜すっご。ルーシー顔近いよ……」

「くぅ〜っ、親友のこういうとこ見るとめちゃめちゃむず痒いんだけど」


 それは共感できない。最高じゃないかあんな顔とか姿が見れて。

 もしかするとこれは男と女で感性が違うのかもしれないと思った。


「あっ……行った。ほら行くよっ」

「……おう」


 私と冬矢は二人を追いかけた。


 宮本さんと篠塚さんはどこにいるかわからないけど、恐らくはルーシー達の近くにはいるんだろう。


 そしてしばらく歩いていくと、ルーシーが通行人にぶつかっていた。

 しかし、その衝撃で光流くんと離れてしまった。


「あれ大丈夫か……?」

「ルーシー! ……でも私達が行くわけにはいかないし……」


 そうヤキモキしていると、ルーシーの悲痛な表情が見えるかのようにオロオロしているのが見えた。

 逆に私も光流くんを見失っていた。


「光流くん……どこっ?」

「早くルーシーちゃん見つけてやれよ〜っ」


 同時にルーシーの心配をする。冬矢も光流くんよりルーシーの方の心配をした。



『ルーーーシーーーーっ!!!!!』



 するとどこからともなく、とんでもなく大きな声が聞こえてきた。


「ほんっと、あいつすげーよ……はははっ」


 冬矢くんが腹を抱えて笑い始めた。


「さすがにそれは共感するけど……」


 こんなに大勢の人がいるのに、変な注目をされるかもしれないのに、周りの目も気にせず光流くんがどこからか大声を出していた。



『ルーーーシーーーーっ!!!!!』



 もう一度聞こえた。


「光流くんすっご……いつもあんな感じなの?」

「ははっ……毎回じゃないけどな。でも何かがハマった時はあんな感じだ」


 光流くんの凄い一面を見た。

 あれくらいのことが普通に出来たからこそ、ルーシーの心も解きほぐせたのかもしれない。


「あっ……見つけたみたい」


 すると光流くんがルーシーを発見したようで、立ちすくんでいるルーシーを正面から抱き締めた。


「ちょーい、ちょいちょいっ!!」

「わっ、わっ、わぁぁぁぁ〜〜っ!!!」


 とんでもない場面を見てしまった。

 私の親友と冬矢の親友が熱く抱き締め合っているところだ。


 さすがに、見ていてこっちまで恥ずかしくなってくる。


「やばいやばいっ! 実際にあんなの見れるの尊すぎるっ! あのシーンの原作どこっ!? あぁ……現実だからこれが原作かっ!!」

「マジで何言ってんだよ……本当にあれで付き合ってないのかよ……」


 冬矢の言う通りだ。本当に距離感がおかしい。

 そして思った。昨日も絶対抱き締め合っている、と。これは確信に近い。


「これは昨日も抱き締め合ってんな……」

「やっぱそう思う?」

「あぁ、だって自然過ぎるだろ? どっちも」


 確かにそうだ。周りの目も気にせず、完全に二人の世界に入っていて、お互いに求め合っているように見えた。あの空間だけ、気温が上昇し足元の雪が解けていると錯覚してもおかしくない。


「この一週間は暖冬になるかもしれないね……」

「真空……お前ほんと何言ってんの?」


 冬矢は私のギャグにまだまだついてこれないらしい。


「あああっ、今度は手繋いでる……」

「しかもあれ……恋人繋ぎじゃねーか」


 私と冬矢は顔を見合わせた。


「もう付き合ってるだろ……」

「もう付き合ってるでしょ……」


 さすがに誰が見ても同じ感想を持つだろう。




 ◇ ◇ ◇




 私の手はギュッと光流に握り締められたままだ。


「あっ……」

「このほう温かいだろ? 多分……」


 光流が自分のコートのポケットに私の手を入れてくれた。なんか、なんかこれ……凄くない?


「あったかい……」


 光流の行動がスムーズなものだから、私は恥ずかしくなってポッと体温が上昇してしまう。そのお陰か、それほど寒さは感じなくなっていた。


「この後さ、ディナー予約してるから、そこで食べよ?」

「ええ!? そうなの! 行くっ!!」


 光流、準備良すぎない? まさか予約しているお店のディナーを食べられるなんて思ってもみなかった。

 多分クリスマスって凄い予約いっぱいになるだろうし。


「じゃあ、ここ抜けたら案内するね」

「うんっ」


 光流が色々用意してくれていて嬉しい。

 私達は幻想的なイルミネーション――青の洞窟の中を歩いていく。


「ルーシー受験はどうするの?」

「秋皇は帰国子女枠があるみたいで。私も真空もアメリカの中学から推薦受けられそうだから、それで進めてるの」

「ルーシーは凄いなぁ。昔から成績良かったもんね」

「ふふ、あの頃はそれしか取り柄がなかったからねっ」


 私は、ずっとクラスでいじめを受けていた為に居場所がなかった。

 遊ぶ友達もいないから、残った事と言えば勉強だけ。お陰様で成績はいつも上位だった。

 その勉強への熱が、今でもずっと続いていただけだ。


「俺は普通に一般入試。だから今も受験に向けて勉強ばっか。自己推薦も考えたけど、部活には入っていなかったから、自分をアピールできるのって学力だけだったからね」

「学力だけじゃだめなの?」

「ダメなわけじゃないと思うけど、アピールできるところ全然なかったからさ」


 中学時代の光流。多分、このあと話を聞くことになると思うけど、どんな子だったんだろう。

 そんなにアピールできるところがないのだろうか。

 私にとっての光流はアピールできるところしかないのだけど、それは受験には関係ない……か。


「私も推薦といっても入学が確約されているわけじゃないから、お互いに頑張ろうね」

「そうだね。俺も勉強も頑張らないと」


 これで一緒の学校に行けなかったら、逆になんか笑っちゃう。

 一緒に学校に登校したり、お昼に一緒にご飯を食べたり、遠目で体育をしている光流を見たり。そんなふうに妄想したりしているのに。できれば叶えたい願い。


「そういえば……ルーシーが帰るの、いつになるの?」

「言ってなかったね。一月三日だよ」

「そっか……じゃあ今度はルーシーがあのチケット使ってね。お互いに正月までは有効なんだから」

「うんっ……考えておく」


 薄暗い明かりの中、私は光流の横顔をチラチラと見ていた。イルミネーションに目を奪われ、瞳の中が青いライトで埋め尽くされている彼がどうしようもなく愛おしかった。


「本当に凄かった……」

「そうだね……ルーシーと来れて良かった……」

「私もだよ……」


 そう会話を繰り広げている内に青の洞窟の道が終わりを迎える。

 私達はあれからずっと手を繋いだままだった。



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