42話 イルミネーション

 ふわりふわりと少しだけ降り注ぐ雪の中、私は光流に連れられて、歩道を歩いていた。


「ルーシー、歩くの早かったら言ってね?」

「!?」


 そういう気遣いもできるの? しかも、いつの間にか車道側は光流が歩いてるし。


「ありがと……そういうのどこで覚えるの?」


 もしかして女の子とのデート経験が豊富なのだろうか……。それはそれでなんとなく嫌だけど。


「姉ちゃんにうるさく言われてたからね。歩くの早いとか、女の子はちゃんとエスコートしろだとか」

「素晴らしい教育だねっ。ふふ」

「どうなんだろう……はは」


 ――姉のことだった。五年前にも光流の姉については聞いていたが、この五年間はよく知らない。その間にこのようなエスコートなども覚えたのだろうか。昨日リムジンに乗る時も先に上がって手を出してくれたし。


「ねぇ、どこに向かってるの?」

「それはね、着いてからのお楽しみ」


 サプライズなのだろうか。その言葉を聞いて少しドキドキしてしまう。


「え〜っ! 楽しみっ」

「俺もルーシーと一緒に行きたかったんだ。こういうところ」

「えっ、えっ。ほんとにどこなんだろ。私、日本のスポットほぼ知らないから、どこでも驚いちゃうと思う」

「俺も似たようなもんだよ。まだまだ知らないところ多いよ」

「じゃあ……これからは、一緒に色々なところに行けたらいいねっ」

「うん……そうだねっ!」


 会話してるだけなのに楽しすぎる。どうしよう、顔がニヤけすぎている気がする。誰か鏡持ってないだろうか。私……持ってるけど、今は出せないよ。地面が凍って鏡みたいになってくれないだろうか。




 ◇ ◇ ◇




 ルーシー達は少し先に行ってしまっていたので、宮本さんに連絡をとって、場所を教えてもらった。


 私と冬矢は早歩きで、ルーシー達の跡を追った。


「あっ……あれだ」

「ちょっと待てよ。ルーシーちゃん腕組んでるじゃねーか」


 車を降りたルーシーが光流と会って、すぐに腕を組んだ。積極的なルーシーはたまにしか見ないから驚いた。内心じゃドキドキだろうなとは思った。


「そうだね。今日はルーシー積極的に行くみたい」

「ははっ、あいつら付き合ってないんだよな?」


 冬矢の疑問もわかる。再会したばかりだというのに、あまりにも距離が近すぎる。

 ……となれば、昨日のドーム型遊具の中でも、とんでもないことが起きていたのではないだろうか。

 二人だけの秘密みたいなものだろうし、ルーシーには聞かなかったけど、すごく聞きたい。今度聞いてみようかな。


「そうなんだよねぇ……でも再会してまだ二日目だよ? さすがにそこまでの勢いはないんじゃない?」

「でもよ、距離感絶対おかしいって!」

「光流くんだってルーシーだって、この五年間の溜まりに溜まったものが爆発しちゃってるんでしょ」


 ルーシーには、できるだけ常識を教えてきたつもりだが、私も海外生活が長いので、日本の恋愛ごとにはまだまだ疎い。恋愛漫画で学んではいるけど、あれはどれも誇張されたものだと理解している。

 でもルーシーの話を聞いていると、普通では絶対にありえないような、特別な関係が光流くんとあるのだと知った。

 その想いが光流くんも一緒なら、距離感だって最初からバグっていてもおかしくはない。


「そうかもしれないけどよ。まぁ光流も色々あったからなぁ……」

「ちょっと、それ教えなさいよ」

「あぁ、真空ならいいか……」


 私はルーシー達は尾行しながら、冬矢から光流くんのことを聞くことにした。


「あっ! ちょっと待って! ルーシーの顔ヤバい可愛いっ! めっちゃニヤけてるっ!!」

「お前なぁ……って光流もじゃねーか!! なんだよ……あんな顔初めて見たぞ」


 二人の空間なのに、二人きりの時にしか見せないような顔を見せ合っている。

 それを覗き見る私達。


 ちょっと良心は痛み――はしない。元々私はそういう女だし。でもずっとルーシーの味方。

 私が恋愛できるようになるまでは、ルーシー達で栄養補給させてほしい。


「あ〜っ『事実は小説よりも奇なり』ってこういうことか」

「どうした急に?」

「恋愛漫画より、ずっと現実の恋愛は凄いってこと!!」

「あいつらの場合は特殊過ぎるだろうけどな」




 ◇ ◇ ◇




 互いの親友が後ろから尾行してきているとは知らないルーシー達。徐々にとある場所に近づいてきた。


 もう辺りは暗い。冬は陽が落ちるのが早く、五時過ぎでも周囲の電灯が暗くなった街を照らしている。


「人が増えてきたね……」

「うん、ここら辺が案内したいところだったからね」


 駅前も多少なり人はいたが、今歩いている場所の方が人が多くなってきた。

 なんのスポットなんだろう。


「あれ……なんか青っぽいね」


 普通の黄色い電灯がたくさんあったはずが、少し先を見ると青っぽい明かりが見えてきていた。


「うん、もうちょっと……」


 そこから歩いて数分。光流が足を止めた。一緒に私も足が止まる。


「ここ……俺も初めてきた」


 目の前にあったのは、青い電球の数々。ずっと先まで青い光りが照らされていて、とても幻想的な空間になっていた。


「わぁぁぁぁ。なにこれ……すっごい綺麗……」


 私は目をキラキラさせながら、青く輝く景色を見渡した。


「ここ『青の洞窟』っていうんだ。クリスマスのイルミネーション。ちょうど二十五日の今日までなんだ」

「そうなんだ。凄い綺麗だよ、光流……」

「イルミネーションってありきたりかもしれないけど、こういうところにルーシーと来たかったんだ」


 こういう場所に誰かと来れるだなんて、今まででは考えられなかった。

 そして、その相手は光流。一番大切で――特別な人。


「嬉しい……光流と一緒に来れて嬉しい。ほんとに凄いね……」


 青い明かりなので、角度によっては互いの顔も見えないくらいに暗い。今、近くで光流の顔を見ているけど、暗くてはっきりと表情が見えない。もっと見たいのに。なら――、


「光流っ、写真とろっ!」

「あ、いいね。撮ろうっ」


 写真のライトで光流の顔を見る作戦。と言っても写真の中で、だけど。


「じゃあ今度は私のスマホで撮るね」

「わかった」


 私はスマホをかざし、後ろの景色が見えるようにセット。


「光流っ、もっとこっち」

「おおうっ」


 今日は私のほうが積極的だ。光流の腕を引き寄せると、光流が驚いたような声を出した。


『パシャっ』


 ライトで照らされたカメラで写真を撮った。


「どれどれ〜っ。あっ光流、かっこよく撮れてるよっ!」

「はぁ〜〜っ、ルーシー可愛すぎるだろ……」


 私も頑張って褒めたつもりだったが、それ以上で返されてしまい、ちょっと顔が火照った。でも暗いので、赤くなった顔は光流にはわからないだろう。


「なっ……すぎるってなによ〜」

「もうね、実物もカメラに映るルーシーも全部可愛い……」

「光流……毎回言い過ぎだよぉ……言葉の重みが軽くなっちゃうよ?」

「安心して! 俺、毎回本気だから!」

「もう……」


 光流には可愛いとか綺麗とか言われたい。でも毎回毎日言われると、その言葉の重みが軽くなってしまうと聞いたことがある。私にはそれが適用されないでほしいと切に思う。


「イルミネーションより凄いイルミネーション……」

「どういうこと?」


 光流が意味不明なことを言い出した。


「ルーシーのほうがイルミネーションみたいってこと。幻想的で綺麗で、キラキラしていて、特別。そんなルーシーは俺にとっては今見てるイルミネーションより素敵なイルミネーションだよ」

「なっ、なにそれ。変な褒め方っ」


 謎の言い回しだけど、とっても褒めてくれていることはわかる。でも光流から、ちゃんとした気持ちは伝わってきている。……嬉しいなぁ。

 光流はロマンチストなのだろうか。昨日からずっと恥ずかしいセリフをポンポンと出してくる。私も負けてられない。


「じゃあ、端っこまで歩いていこ」

「うん、そうだねっ!」


 そうして、まだまだ入口近くにいた私達は『青の洞窟』を進んでいく。


 こんな場所があったことは全然知らなかった。東京も凄いものだ。

 これだけ人が集まるものわかる気がする。


 そんな時だった。


「あっ……すみませんっ」


 人が多いせいか、反対側から歩いてきた誰かとぶつかってしまい、光流の腕に絡めていた手が外れる。

 すぐにぶつかった相手に謝ったが、人の流れによってなのか、もうぶつかった相手はわからなくなっていた。


「光流、ごめん……え?」


 すぐ横にいたはずの光流がいなくなっていた。


「光流……どこ?」


 通る人の顔が暗くて、誰がどの顔なのか中々認識できなくなっていた。

 ザワザワしていて、声も届いていないのか、私は一人になってしまった。


「ひかるっ!? ひかるっ!?」


 急に嫌な意味で胸がドキドキして、恐ろしくなる。

 少し光流と離れただけなのに、どこか遠い場所に一人取り残された気がした。


 一人でその場から動けずオロオロして固まってしまう。


(光流っ! どこ? どこにいるの? 見つけて……私を見つけてっ!)


 そんな時だった。


「ルーーーシーーーーっ!!!!!」


 人も多く、ザワザワしていて、声が通らないはずなのに、とても大きな声で私の名前を呼んだ誰かがいた。

 声変わりをした声。男らしくなった声。でも今では安心する声。さっきまで聞いていた優しい声。――私の好きな声。


「ひかるっ!!!」


 私は声の主を必死で探す。


「ルーーーシーーーーっ!!!!!」


 もう一度、大きく周囲に轟くような声が聞こえた。


 その結果、青の洞窟を歩いていた人達が、さらにザワザワすることとなった。

 こんなに大声で叫んでいる。当たり前だろう。


「ひかるっ!! どこっ!! ひかる〜〜っ!!!」


 私もできる限り大きな声を出した。恥ずかしかった。でも光流に会えないことのほうが辛い。

 だから頑張った。


「見つけた……」


 どこかで小さなつぶやきが聞こえた気がした。


「ルーシーっ!!!」

「わっ……!」


 目の前から光流がやってきて、私をぎゅっと抱き締めてくれた。

 温かい。私、光流依存症なのだろうか。でも、誰でもこんな状況になったら寂しくなるはず。


「ひかるぅ……」

「良かった……ルーシーを見つけられて良かった……」


 私はちょっと涙ぐんで、光流の胸に顔を埋めた。


「ごめんね、私が手を離したばっかりに……」

「ううん、人とぶつかったならしょうがないよ。ルーシーのせいじゃない」

「うん……ありがと……」

「だから、今度は離さない……」


 光流が、昨日あのドーム型遊具の中でしたように、私の手を握ってきた。


 そして、それは昨日と同じく普通の手の握り方ではなかった。私の指と指の間に光流の指が交互に差し込まれ、恋人繋ぎになった。


「これで離れようがないだろ?」

「うん……」


 これなら、もし誰かとぶつかっても光流が離さないでいてくれるだろう。

 色々すっ飛ばしている気もするけど、この手の繋ぎ方はとても嬉しい。




 ――もう、私を離さないでね、光流。




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