22話 手紙

『ルーシーへ』そして、『九藤光流』と書かれた封筒。


 まだ中身を見ていないが、なぜか私より真空が泣きそうな顔をしていた。

 私は驚きすぎてよくわからない状態になっていた。


「ルーシー、封筒開けてみなよ。私、内容見ないからさ。ちゃんと一人で読むんだよ」

「うん……」


 真空が気を遣ってくれる。

 私は封筒をゆっくりと開封する。すると折りたたまれた二枚の便箋が入っていた。


 真空が私のすぐ隣で目を瞑り寄り添ってくれていて、手紙を読み終わるのを待ってくれた。


 意を決して、私は手紙を読み始めた。


『ルーシー。覚えてるかな? 光流だよ。あれからもう五年経っちゃったね。ルーシーの状態は親経由で聞いてたから元気なのは知ってた。でもルーシーから連絡がないってことは、何か理由あってのことだと思う。それが俺の事を忘れたからなのか、俺がルーシーと出会ってしまったことであの事故が起きてしまったからもう会いたくないのか。どんな理由なのかは俺には想像がつかなかった。だから俺から連絡するのも我慢した』


(そんなことないっ! あの事故は光流のせいなんかじゃない! 今じゃ事故が起きて良かったと思ってるくらい……光流の体の一部がなくなったのは、喜べることじゃないけど)


『でも、日に日にルーシーのことが気になる日が続いた。そして五年が経過してしまって俺はついに我慢できなくなった。親経由でルーシーの誕生日を聞いて、手紙とプレゼントを用意した』


(私も本当は連絡したかった……でも、気持ちが中途半端になって日本に今すぐ帰りたくなってしまう。完全に病気が治ってから光流に会って、治ったことを直接言いたかった。そして家族や医者以外では一番最初に見せたかった。だから今まで会えなかった……一言くらい連絡しておけば良かったなんて今では思ってるけど……)


『ルーシーの気持ちを聞きたい。俺のこと忘れていないかな? 最悪忘れていてもいい。でも、もしできれば、一言だけでいいから、俺にルーシーの言葉をください』


「うっ……うっ……うぅっ……」


 私の心が光流の言葉に揺さぶられていく。目に何かが溜まっていくのがわかる。

 そして――、





『――この五年間、一日たりともルーシーを忘れたことはなかった』





「あっ……あぁっ……あぁっ……」


 私は口と鼻を覆った。目に溜まった涙が包帯に染みていき――包帯だけでは受け止めきれない雫が零れ落ち、大切な手紙をも濡らしていく。



『体を大切に、ずっと元気でいてください。もし叶うなら、また会える日を楽しみにしています』



「あぁっ……あぁっ……ひか……る……ひか、るぅ……」



 もう涙が目に溜まりすぎて目の前がほとんど見えなかった。

 大切な手紙が私の涙で滲んでいき、文字が歪んでいく。




『最後に、心からこの言葉を贈ります。ルーシー、生まれてきてくれてありがとう』



『――そして、十五歳の誕生日、本当におめでとう 光流より』




「あっ……あっ……あぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」




 私はこれ以上ないくらいに泣いて叫んだ。


 せっかくの光流の手紙なのに、大切な文字がどんどん滲んでいく。涙は顔を伝って顎まで流れていき、包帯に奇妙な染み跡を作っていく。


「ルーシーっ……ルーシーっ!」


 真空が硬直して動けない私の体の向きを変えてくれて、前からギュッと抱き締めてくれた。

 抱き締めながら頭と背中を優しく撫ででくれる。


「まそらぁぁぁぁっ……!!」

「よかったね……よかったね……」


 私も真空を抱き締め返した。

 真空は手紙の内容を読んだわけではない。でも、私の今の状態を見て、察してくれていた。


「ひかるっ……ひかるっ……まそらぁっ……ひかるぅっ…………」

「もう……私と光流くん混ざってるよ……?」


 私の光流への気持ちと、優しく受け止めてくれる真空への気持ちが混ざり合い、自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。




 ◇ ◇ ◇




 しばらく真空が私を抱き締めてくれていて、これでもかというほど泣いた。

 そうして、やっと涙が枯れて、落ち着いてきたところで真空の抱擁から離れた。


「真空……ありがとう……」

「ううん。私の胸ならいつでも貸すからね」

「ありがとう……」


 私はなんて幸せ者なんだろう。五年間も連絡せずにいた大切な相手は、私を忘れてなんていなくて、一日たりとも忘れたことはないと言ってくれて。どこに吐き出せば良いのかわからない気持ちを受け止めてくれる親友が目の前にいて。


「ほら、光流くん。ルーシーのこと忘れてなかったじゃん」

「うん……そうだったね……」

「もっと笑顔なりなさーいっ!!」

「まそら、いたい〜っ」


 真空は私の顔を指でむに〜っと引っ張って、無理矢理に笑顔を作らせる。

 包帯越しではそれほど表情はわからないが、真空はそれでも私の表情を読み取ってくれる。


「だからお母さん部屋で読みなさいって言ってたんだね」


 母なりの気遣いだ。リビングで泣いても大丈夫だったと思うけど、自分の部屋という空間なら感情を抑えなくても良いと思ってのことで、そう言ってくれたのだろう。


「ねぇ、思ったんだけどさ。お兄さんの便箋って……」


 真空が何かに気づく。ジュードから誕生日プレゼントとしてもらった便箋。


「光流くんに返事を書けってことなんじゃない?」


 まさかだ。確かに今私は便箋なんて持っていないけど、そういうことなの?

 光流から手紙をもらっても、返事をしない選択肢をなくすために?

 やっぱりアーサーより気が遣えるジュード。


「そうなのかもしれない……」

「でも光流が手紙送るの知ってるのこわっ……」


 確かに。兄たちは光流の様子をたまに連絡してきてくれていた。『まだ彼女作ってないみたいだ』とか。アーサーの場合は毎回、『あいつまた女子と遊んでるぞ』とか不安にさせるようなことばっかり。どこまで監視していたのか……。


「ジュード兄は二歳年上だから今は高校二年生。もしかして学校が近いとかあったのかなぁ」

「ルーシーの家だから、光流くんに監視つけてたりとかしたんじゃないっ?」


 いやいや、まさかそこまでする? もしそうしていても、完全に兄たちの独断だよね。両親に内緒にしていそうだ。こんなの怒られちゃうよ。


「ルーシー、そのバングルつけてみなよ」


 手紙のことばかりで忘れかけていたが、光流からのプレゼント。それが『Lucy』と内側に刻まれている銀色のバングル。


「これ、光流がくれたってことなんだよね……」

「そうだね。大切にしなくちゃね……」


 私は箱に入っていたバングルを持ち上げる。その留め具がない場所、左腕の手首にそこを通す。少し肌に引っ掛かったものの、すぐに手首を通り装着された。


「わぁ……」

「似合うじゃんっ。光流くんセンスいいねっ」


 部屋の明かりに向けて手首をかざす。バングルの銀色が部屋の明かりに照らされてキラキラと光る。

 まだ実感は湧かない。でもこのバングルをしたことで、光流との繋がりができた。そんな実感が湧いた。


「それで、手紙どうするの? 贈るのは手紙だけ? てか光流くんの誕生日は知ってるわけ?」

「手紙は……送りたいと思う。けどプレゼントは、まだどうすればいいかわからない」


 誕生日は知っていた。十一月二十五日。私の誕生日から一ヶ月と少し。私も毎年、光流に何か贈ったほうがいいのかなとか考えていたけど、結局贈らなかった。でも今回ばかりはちゃんと祝って、今の私の気持ちを伝えたい。


「光流の誕生日は……来月」

「そうなんだっ! ならまだ時間あるね。それまでルーシーが何ができるか考えよっ」


 こうやって一緒にプレゼントを考えてくれる友達……本当に嬉しい。相談できるというだけで、心が温かくなる。


「うん。真空、ありがとう。真空が友達で本当に良かった……」

「私もだよ、ルーシー」


 こうして私の誕生日は一生忘れられない日になった。


 神様は本当にいるのかもしれない。私を苦しめた病気は苦しみではなく、今では光流と出会わせてくれる為のものだったと思っている。あの苦しみを耐えてきた結果、光流と出会い、世界の楽しさを知り、命を救われて、病気は完治して、親友ができて、歌を歌えて……また、光流との繋がりをくれた。


 私ばかり光流からもらっている。なのに私は光流に全然あげられていない。プレゼントをもらったことで再度繋がりが出来てしまった今、もう自分を中途半端に抑える必要はない。


 これからは少しずつでも光流に私の何かを渡していきたい……。


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