23話 事務所

 光流の手紙とバングルを受け取って、いつもより特別な日になった私の誕生日。

 私は毎日光流の手紙を読み直していた。


「むふ〜〜っ」

「ルーシー、顔ニヤついてるよ」


 包帯越しでもわかるくらい目元口元がニヤついていた。

 光流から手紙をもらってから、嬉しすぎて何もない時でもこうやってニヤつくようになってしまった。……顔の形変わっちゃうかも。


「だってえ〜」

「まあわかるけどさ。あ〜、私も光流くん気になってきた。こんなにルーシーの事想い続けてるってほんとすごいよ」

「うん……」


 真空凄い美人だから、光流が真空に会っちゃったら真空のこと好きにならないか、最近になって心配になってきた。


「光流のこと、誘惑しちゃだめだからね?」

「どーしよ〜」

「むう〜〜〜〜っ」

「ふふっ、嘘だって。でも想像でしかないけど、光流くんって凄いモテそうなイメージあるんだよね。だから私も少しは気になっちゃう可能性はあるよね」


 あの時のクラスの全員が私を除け者にしていたのに、光流だけは違った。あんなに優しいのだ。あの優しさを他の女の子に向けられたら、好きになる女子がいてもおかしくはない。


「そうだよねえ……私のこと忘れていなくても、光流が可愛い女の子に言い寄られて押し切られたりするパターンもあるよね……」

「なら、日本に帰ったらすぐにでも行動しないと、ねっ?」

「うん。とりあえず誕生日プレゼントで光流の気持ちを引き止めておかないと……」



 ◇ ◇ ◇



 あれから少しして、アレックスから曲が完成したと報告が上がった。今週末の休みにレコーディングする予定だ。


 そして、私の曲が動画サイトにアップされてから、二週間ほど経過していた。

 『星空のような雨』の動画の再生回数は英語版が五百万再生、日本語版が八百万再生を超えていた。

 チャンネル登録者数も最初に見た時は十万ほどだったが、今は百三十万人に増えていた。……もうよくわからないレベルになっていた。


 そんな時、アレックスからある連絡が入った。

 音楽事務所とアーティスト契約をしないかという話だった。


「私が……契約?」


 これってアメリカの事務所だよね? うーん。これはどうなんだろう。これから日本に行くのに、またアメリカに行き来したりすることになるのは避けたい。

 それなら、ずっと日本にいて良いなら考えると返事をしておこうかな。これは父と母にも聞かなければいけないことだ。


 私の歌が再生数が出ると予想していたみたいだし、ここまでスタッフ達も無償でサポートしてくれたのも、最終的に事務所に所属させる為にということだったのかもしれない。


「アレックスはね、あなたの歌声に惚れ込んでいたのよ。私には事務所の話も最初からしていたの。もし動画の再生数がたくさん出たらって」


 私はとりあえずこの話を母に話してみることにした。案の定予想していた通りの感じだった。

 アレックスもずっとサポートしてくれて、お陰様で歌うことがもっと楽しくなった。


「私は所属してもいいかなと思ってるんだけど、アメリカの事務所なんでしょ?」

「まぁそうなるわね……」


 その場合、レコーディングする時など毎回アメリカに行かなくてはならないのではないだろうか? もしそうなったら日本にいる時間が少なくなって、光流と会える貴重な時間も減るかもしれない。それだけは嫌だった。


「ん〜、それならちょっと難しいかもしれない……」

「そうね。その事務所はアメリカ的には有名な方らしいけど、日本の支社はないそうね」


 日本の支社があるのであれば、日本にいながらそういう活動ができるかもしれないのに。

 それなら今は難しいと思った。


「今は断る方向かなあ」

「一度アレックスと相談してみなさい」

「わかった」


 


 ◇ ◇ ◇




 それから二曲目のレコーディングの日が来た。前と同じスタジオで同じ様なスタッフが揃っていた。


「やあ久しぶりだねっリンナ!」

「アレックス久しぶり。事務所のことで相談があるんだけど……」

「オーケーオーケー! 今日はまずはレコーディングだ! その話をして気が逸れてもしょうがないから、まずは収録を終わらせよう」


 事務所のことは後回しでレコーディングが開始された。

 今回の『Only Photo』は最初の『星空のような雨』と違って、バラードっぽくなっている曲になった。というのも私がお願いしたものなんだけど。



『写真に写る君の顔は とびきりの笑顔で ♪』


『見てるだけで笑顔になる 光をくれた Only Photo ♪』



 ………………


 ………………



「リンナお疲れ様! 今回も最高だったよ! スタッフ皆もほら」


 パチパチとスタッフ達は私に拍手を送ってくれていた。一曲目の時は特になかったが、今回は拍手があった。何か変化があったのだろうか。


「私が集めたスタッフだからね。最初はリンナがどれくらい素晴らしいかわかっていなかったんだよ。けど、再生数は見ての通りだろ? さすがにリンナに敬意を払わないとね」

「皆さん、ありがとう」


 さすがは実力主義の国と言ってもいい。いくら私の歌声に感動していても、数字で見えていなければ納得できないところがあったのだろう。ちょっとビジネスチックなのは好きではないが、褒められるのは嬉しいことだ。


「それで、事務所の話だったね? どうだい?」

「私は来年日本に戻るの。それからもずっと日本にいたい。でもアメリカの事務所と契約しちゃったら、たまにこっちに来なきゃいけないでしょ? だから今は難しいと思ってる」


 アレックスはふむふむと頷いていた。


「エリー、ちょっと」


 するとアレックスがエリーと呼ばれたスタッフを呼んだ。

 スーツ姿の女性だ。


「こんにちはリンナさん。一回目の収録からお邪魔させていただていたエリーと言います。こういう者です」


 するとエリーは私に名刺を差し出してきた。


『バウリー・レコード』と書かれていた。今回アレックスに所属してみないかと言われていた事務所の人だった。エリーはプロデューサーらしい。


「こんにちは。それでどういったお話でしょうか?」

「はい。私達はアメリカを中心に活動はしていますが、収録は日本で行っても良いと考えています。つまり私達が必要な時に日本に行くので、リンナさんは日本から動かなくても問題ないということですね」


 もし所属したとしても、アメリカに行かなくても良いということだろうか。それなら良いのかもしれない。


「こんな私に素敵なお話ありがとうございます。それなら考える余地はあると思います。ただ……」

「ただ?」

「今私は今まで言ってこれなかったワガママを両親にどんどんしても良いと言われています。なので、急に契約外の事を求められてもできませんし、アメリカに来てくださいと途中から言われてもできません」


 正直世の中の契約はよくわからない。ただ、芸能関係はその部分をはっきりとさせない場合もあると父から聞いたことがある。なので、ここは最大限自分のワガママを通そうと考えた。そもそも私はアーティスト契約なんてしなくても良いと思っているからだ。


「わかりました。どのような条件もこちらは飲むつもりです。リンナさんの才能を他に取られるくらいなら、私達は最大限あなたに協力したいと思っています。私もリンナさんの歌声に惚れた一人ですから」


 エリーさんは真剣な表情でそう言ってくる。営業トークかもしれない。けど、その目からは何か意志の強さが伝わってきた気がした。


「それなら、今のお話を一度持ち帰って考えてみます」

「はいっ! 是非お願いします」


 エリーが私に握手を求めてきたので、握手をし返した。エリーの手はガッチリと力強かった。


 その場には母も同行していたが、特に今回は何も言わずに見守っていた。

 アレックスもこれ以上、事務所の話は必要ないと思ったのかこの話を終えた。


「今回の曲は二十六日にリリース予定だ。また音源送るからよろしくね!」

「アレックス、ありがとう」


 ふと、そこで思った。

 歌……今私がしている歌を光流への誕生日プレゼントとして贈ってあげられないだろうか。うん……そうしよう!


 そうなれば、やっぱりこうやって自分のオリジナル曲を作れているのは、このスタッフ達のお陰なんだよね。事務所のことも前向きに考えるべきことなんだと思った。



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