17話 手土産
私の部屋で妄想モードに入ったり、真空にメイクしてあげたり、その後も色々と話したりして、帰る時間になった。
「真空ちゃん、元々美人さんだったけど、さらに綺麗になったわねぇ……」
「いえいえ……ルーシーのおかげですっ!」
真空を見送る玄関で、母が真空にしてあげたメイクを見て褒めていた。
「真空は元が良いからね。私のメイクでもこんなに綺麗になったよ」
「そう……ルーシーも腕が上がってるのね」
今度は私のメイクの腕も褒めてくれた。
家では他の人に会わない時は包帯を巻いていない。だからメイクの練習をした時は家の中で母も見る機会がある。なので、私のメイクの腕の上がり具合を理解している。
「それじゃあ、お邪魔しましたっ!」
真空が玄関で私の両親に帰りの挨拶をする。
「ああ、朝比奈さん。気をつけてな」
「ドラム購入したら、送り先はうちの住所にしておいて良いからね」
「色々とありがとうございますっ!」
初めて家に友達を連れてきたという楽しい時間を過ごし、真空は私の家を出た。
もう暗くなっているので、真空を駅ではなく、家まで送る予定だ。
須崎とボディガードと一緒に車に乗り込み、真空の家へと車を動かしていく。
「あ〜、楽しかった。ルーシーの家族も良い人過ぎたし、もう感動しちゃった」
「私も凄い楽しかったよ。まさかメイクしてあげる流れになるとは思わなかったけど」
真空はメイクをした後は色々な角度から自分の顔を眺めていた。
結局、何枚か自撮りもしていた。
「ね、帰ったらお母さんびっくりするかもしれない」
「それは、そうかもね。ちゃんとクレンジングで落とすんだよ?」
メイクをすればもちろん肌に良くない。なので、そのメイクをちゃんと落とし切ることも大事だ。
「お母さんのあるからそれ借りるよ」
「メイクしてなくても普段からクレンジング使うと良いよ。洗顔とは違ってちゃんと皮脂落ちるから。洗顔必要ないくらい。でもこれも人の肌それぞれみたい。真空凄い肌綺麗だから、今のまま続けていたほういいかも」
なんかメイクの話できるのが嬉しくてペラペラと話してしまった。
「ありがとっ。ルーシーに聞きながら自分に合ったのやってく!」
今まで一度も話するのを嫌がられたわけじゃないから、こんな感じで真空はいつも受け止めてくれる。
「明日は今日と同じ時間でいいんだよね?」
「うん。もうこの車でお家の前まで来てくれたら!」
ドキドキする。友達のご両親……ちゃんとお話できるだろうか。良い人達だとは聞いているけど、私の顔を見たら……それが一番怖い。
「ルーシーの心配ごとは大丈夫だよ! 信じてっ!」
真空が何かを感じとったのか、私が考えていることがお見通しだったようだ。
「うん……ありがとう」
数十分の車移動を経て、隣町の真空の家に到着する。
「じゃっ。ルーシーまた明日ねっ! 家族を紹介できるの楽しみにしてるっ!」
「私もっ! 楽しみにしてる! また明日!」
車から降りて手を振り、真空が自宅のマンションに向かっていくのを見守った。
◇ ◇ ◇
翌日。真空のお家にお邪魔する日。
お昼になると、リビングでくつろいでいた私のスマホにメッセージが入る。
「リンナ! 曲アップしたよ!」
そんな簡潔なメッセージに二つのURLが添付されていた。
動画サイトに私の曲がアップされたということだ。日本語版と英語版の二種類の楽曲。
ただ、動画を用意しているわけではない。普通に私の仮面をつけたサムネイル画像がそのまま動画に貼り付けてある状態で、曲が流れるだけのものだと聞いていた。なので動画とは言えないだろう。
「見てみるか……」
私はアレックスのメッセージのURLをタップして、自分の動画サイトにアクセスする。
アクセスしてみると、やはり想像通りの画像、そして動かない画像のまま私の曲のイントロが流れ……歌が流れ始めた。
「…………」
うん、良い感じ……? かも。自分ではよくわからないけど、音源を聴いた時と同じものが流れていた。
「とりあえず真空にURL送っておくか」
私はアレックスのメッセージをコピーして、それを真空のチャットのメッセージ欄に貼り付ける。
「『真空、曲アップされたよ』……これでよし」
アレックスと同じように簡潔なメッセージとURLを真空に送った。
すぐに既読がついた。
「ルーシー! おめでと! これでもうアーティストだねっ!」
なんだそれ。動画をアップしたら皆アーティストなわけがない。
私は中学生の素人なんだから。世界のアーティスト達に失礼だよ。
「『アーティストは言い過ぎだよ』……っと。真空ったら、もう……」
そう返事を打ち込んだ。
この曲、光流に届くかな……。私だってことがわからなくてもいい。届いてくれたらいいな……。
そんな中、母が声をかけてきた。
「ルーシー? これ、真空ちゃんのお家に持っていきなさいな」
昨日は真空からスイーツの手土産をもらった。今度は私も同じように持っていく。
その手土産は母が用意してくれた。
「なんだろ? わっ! チョコ。美味しそ〜〜っ」
そのチョコは誰でも知っているような有名な高級チョコ……ではない。
ただ、母が気に入ってたまに買ってくるお店のチョコ。デザインが凝ってありとても可愛い。
「ルーシーのはちゃんと別にあるから、好きな時に冷蔵庫から取って食べなさい?」
「やった〜っ!」
さすがだ。自分たちの分まで用意している。気遣いの鬼だ。
こういところは私も見習わないと。
◇ ◇ ◇
夕方になり、出かける準備をして真空の家に向かう。
昨日と同じで、須崎、宮本、スミスの三人での車移動だ。
凄いドキドキする。真空を家に招待した時も少しはドキドキしたけど、それとは比にならない。
ちゃんとうまく挨拶できるかなぁ。変なところ見せないようにしないと。もう顔が変なんだけど。
少し自虐できるようになった自分が恐ろしい。それは包帯の下にある顔が、今は治っているという前提があるからだと思う。
――宝条家のリビングにて。
「あっ……あの子ったら……手土産忘れていったわね……」
「ははっ。ルーシーもしょうがないな。なら良い機会じゃないか?」
頭を抱えるオリヴィアに対して勇務が笑って何かを伝えようとする。
「どういうこと?」
「この際、俺達がそれを持っていって、そのままご両親に挨拶しよう」
「あなた……行動が早いわね……」
勇務は手土産を真空に家に持っていき、そのまま真空の両親と挨拶をするということだった。
「須崎に朝比奈さんの家の住所を聞いておくよ。自分たちの車で行こう」
「そうね。あの子達はあの子達でお話する時間が必要だろうから、私達は夕食をとってから行きましょうか」
そうして、ルーシーの両親は真空の家に行くことが決まった。
須崎が運転する車の中。数十分かけて昨日と同じように真空の家であるマンションに到着した。
すると、マンションの下には既に真空がいて、こちらに手を振ってきていた。
ついでに真空の横には、私と光流が出会った時くらいの大きさの男の子もいた。
その男の子はある程度大きいが、真空が普通におんぶしていた。よくそんな力があるものだ。
私が車から降りると、真空と男の子が目の前までやってくる。
「ほら、真来斗降りるよ。ご挨拶しなきゃ」
「すっっげぇぇぇ! お金持ちだっ! シークレットサービスっていうやつ!?」
男の子が高級車と三人のスーツ姿の男性を見て、そう表現した。確かにボディガードだから、シークレットサービスに近い。ただシークレットサービスは要人警護をする国の職員なので、詳しくは違う。
「こらっ。もうそれはいいから。先にルーシーに挨拶して?」
男の子がじっとこちらを見つめる。私は少し冷や汗をかきながら、言葉を待つ。
「はじめまして。朝比奈真来斗です。今日はお家に来てくれてありがとうございます」
そう挨拶をした真来斗がぺこっとお辞儀をする。
なので、私も同じように返す。
「真来斗くん、はじめまして。今日はご招待いただきありがとうございます。お家に案内してもらっても良いかしら?」
「うんっ! ええと……りんなお嬢様!」
真来斗はルーシーではなく、凛奈……ミドルネームではなくファーストネームの方を呼んだ。
真空が気を遣ってくれたのかな……。なんかちょっと申し訳ない気がした。
「真来斗。お嬢様はいらないよ。さんとかとかお姉ちゃんとかで良いと思うよ」
「わかった。りんなお姉ちゃん!」
お姉ちゃん……っ!? 私には兄はいるけど弟はいない。弟ってこんな感覚なのかな。
「ほら、じゃあルーシー行くよっ」
「うん。ありがとう」
須崎達はマンションの前に待機だ。
歩いていると真来斗がずっとこちらを向いてきていた。やっぱり包帯が気になるのかな。
「うち、ルーシーのマンションと違って全然豪華じゃないけど、くつろいでいってね!」
「そういうの私気にすると思う? 真空のお家なら大歓迎だよ」
「ふふっ、ありがと」
エレベーターを使い、真空の家の玄関まで到着して、扉を開ける。
「お母さん、お父さん! ルーシー来たよー!」
真空がそう呼びかけると、私の家と同様にリビングに繋がる扉から、真空のご両親が出てくる。
「あのっ。私、宝条・ルーシー・凛奈と申します。今日はご招待いただき本当にありがとうございます」
私は玄関で真空の両親に向かって深く礼をした。
少しだけしどろもどろになってしまったが、ちゃんと挨拶はできた……と思う。
「いえいえ。こちらこそ。今日は真空の大切なお友達がくるとあって、私達も楽しみにしていた。どうぞゆっくりしていってくれ」
「そうよ。宝条さんのご家庭とは違うかもしれないけど、自分の家だと思ってね」
既に最初の言葉から優しさが滲み出していた。真空から父の方は少し頑固なところもあると聞いていたが、今のところはそうは感じなかった。
「はい……そう言っていただけてとても嬉しいです。……あっ!?」
気づいた。気づいてしまった……。
「ルーシー? どうしたの?」
「手土産……家に置いてきた……」
やってしまった。挨拶をして、真空のご両親からも挨拶されて、それで手土産を渡すつもりだったのに、このタイミングで忘れたことに気づくとは……全然頭が回っていなかった。
真空の家に行くのは楽しみでもあり緊張もしていたから、飛んでしまったのかもしれない。
「あぁ……そんなのまた今度でいいよ! 気にしないっ! ほら、真来斗! ルーシーを中に連れて行くぞ〜っ!!」
「わあぁぁぁ〜〜〜っ!!」
「ええっ!? ちょっ!?」
真空と真来斗が両側から私の腕を掴んで強引にリビングまで連れていった。
楽しい家族だ。真空も元気だが、誰に似たのか真来斗も元気な子だ。そして姉弟の仲がとても良い。
リビングに連れて行かれた私は、ダイニングテーブルの椅子に座らされていた。
真空の父はエリートっぽく見えて仕事のできるって感じの印象だ。真空の母は真空に顔立ちがよく似ていてかなりの美人だった。真空とは違って髪は肩までの長さだ。
「うちのは普通の家庭料理だけど、良かったら食べてね宝条さん」
真空の母にそう言われる。しかし私は日本の家庭料理が好きだ。
テーブルの上に並べられていたのは、野菜とポテトが添えられたデミグラスソースのハンバーグ、豚汁、炊き込みご飯、ほうれん草の胡麻和え、ごぼうと鳥肉の煮物などだ。
うちの母はどちらかというと凝った料理が多いので、一般的な料理はなかなか作らない。
見た目はお洒落なのだが、たまにはこういった家庭料理も食べたくなる。
「いえ、私家庭料理大好きです。ありがたくいただきます」
「じゃあ、食べ始めよっ! いただきます!」
真空が掛け声をかけて食事を始める。
「――それでねっ! ルーシーって凄い歌うまいんだよっ! あっ、言うの忘れてた。ドラムの練習場所なんだけど、ルーシーのお家でしたらどうかって言われたんだ」
最初のうちはとにかく真空が私をプレゼンするように褒める言葉で会話を埋め尽くした。
私はほとんど喋っていない状態だ。
「そうなの……何から何までお世話になってしまうわね……これでは私達が返せるものがないわね」
確かに一方的に何かを与え続けるのは良くないのかもしれない。それは対等な関係ではなくなってしまうようにも見える。難しい問題だ。
「両親が言うには、たまたま部屋が空いているのと、知っている人が一緒にいることで真空の両親も安心するのではないかという話でした。私も真空が一緒にいてくれたら色々と助かります……」
真空の両親は互いに顔を見合わせるようにして、少し考え込む。
「宝条さんが迷惑でないのなら、確かに知っている人がいる場所でやれるならこちらとしても安心できるわね」
「はい。なのでドラムを購入した時も家にそのまま送っていただいて良いという話をしていました」
「そうなのか。それなら助かるな……本当に宝条さんの家は凄いな」
まだ細かく家の話はしていないが、真空が多少は話してくれたのだろうか。
「ねぇお父さん、お母さん。わかったでしょ? ルーシーは凄い良い子で、私とこんなに仲が良いんだよ? だから日本のことは真剣に考えてほしい」
真空は真面目な顔を両親に向けてお願いする。私もここで言うべきことはちゃんと言うべきだと思った。
あえて触れないでくれていたのはわかっていたから。
「真空は私が顔にこんな包帯を巻いていても仲良くしてくれた本当に素敵な友達です。既にお聞きしたかもしれませんが、私は5歳の頃から病気でずっと顔に包帯を巻いて生活してきました」
「うん……真空から少しだけね……話してくれてありがとう」
真空の母が私に優しい表情を向けてくれる。
「はい……。私がこんなに仲良くなれたお友達は初めてなんです。私は卒業したら日本に行ってしまいます。そう考えたら真空と離れたくないと思ってしまったんです。今回のお話の発端は私の勝手なワガママからです。ご両親と真来斗くんから真空を引き離してしまうことを考えると、こんなワガママはまかり通っていいものではありません」
そう。このワガママは真空の家族を考えていない自分勝手なものだ。だから叶わなくたっていい願いのはず。でも、真空と離れる……やっぱり嫌だよ。
「そうね。だから今回のお話は、真剣に考えなくてはいけない。お家にあなたを招待した時点で、ご両親とも一度お話ししようとは思っていたのよ。真空が家に友達を連れてきたのなんて久しぶりなんだから。だから私達も宝条さんにちゃんと向き合わないと」
真空の父が転勤族の関係からそれっぽい話は聞いていた。私もそうだけど、家に連れていくというのは真空にとっても特別らしい。
真空の母は前向きに捉えてくれている。これ以上の話は母と父に任せるしかないようだ。
「お母さんありがとう。私もルーシーと今離れるなんてなかなか考えられない。だから、お願い……」
そんな時だった。
『ヴヴヴヴヴ』
私のスマホが震える。着信が入ったようだった。
「あれ? ……すいません、ちょっと母から電話が……いいですか?」
「もちろんよ。どうぞ」
私は真空の母から承諾をもらったので、席を立ち、玄関へ続く扉を開ける。一人きりになると通話ボタンタップする。
「――お母さん? どうしたの?」
「ルーシー、手土産忘れたでしょ?」
そうだった。当然母も気づくか。
「ごめん。せっかく買ってきてくれたのに……」
「いいのよ。私とお父さんが真空ちゃんのお家まで持ってきたから」
何を言ってるの? え? ということは――、
「まさか今このマンションの前までいるの?」
「ええ。今から行くわね」
「そんなっ! いきなり迷惑じゃない!?」
「それはこちらが十分に謝罪して、手土産を渡したかったという話にするから」
来てしまったものはしょうがない。真空の両親に母と父が来ることを報告するか……。
「わかった。わざわざありがとう。説明しておくね」
「うん。お願い」
私は通話を終えるとリビングに戻った。
「ルーシー? なんかあった?」
私の通話の内容が気になるのか、真空が問いかけてくる。
「ええと、真空のお父さんとお母さん……。私が忘れてしまった手土産をどうしても渡したいとのことで、両親がこのマンションまで来てしまったみたいなんです
「えっ!? ルーシーの両親がっ!?」
真空も驚く。両親も顔を見合わせていた。
「あら? そうなの? この時間だからお食事はとった後に来たのかしら……お茶くらいは用意しないと……」
「それならちょうどいい。この機会に少しお話ししようか」
臨機応変なタイプなようだ。ダメとは言われなくて良かった。
「急にすみません……私が手土産を忘れてしまったばかりに……」
「いいのよ。それじゃあテーブルをお片付けしておきましょうか」
みんな立ち上がり、テーブルの上を片付けていく。いきなりのことなので、本当に申し訳ない。
そんな時、玄関の扉がノックされている事に気づく。
「来たみたいです……」
「じゃあ私とルーシーでお出迎えしてくるねっ!」
真空がそう言うと、玄関へ続く扉を開けて廊下を進んでいく。
そのまま真空が玄関の鍵を開けて、扉を開く。
「こんばんはっ! ルーシーのお父さんとお母さん!」
玄関から出てきた私の両親に真空が明るく挨拶をした。
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