18話 バズる
忘れてしまった手土産を持って来るために、真空の家に私の両親がくることになり――、
今目の前の玄関には両親がいて、真空が挨拶をしたところだった。
「こんばんは朝比奈さん。突然すまなかった」
「こんばんは真空ちゃん。いきなりのご訪問ごめんね。迷惑だと思ったけど、良い機会だと思って」
「はい……後のお話はお二人にお任せします。ある程度は話してあるので……」
父と母が突然来たことを謝罪してから、手土産を持ってくるだけが理由ではないことをさり気なく伝える。
真空が日本に行く話だ。はっきりと口にせずともその内容だと互いに感じとる。
「ええ。任せておきなさい」
そうして私の両親を真空の家に通し、リビングに向かう。
「失礼します。いきなりのご訪問、誠に申し訳ありません。私、ルーシーの父の宝条勇務と申します。こちらが妻のオリヴィアです」
リビングに通された父が、目に入った真空の両親に向かって挨拶する。
「はじめまして。ルーシーの母のオリヴィアと申します。突然のご訪問お許しください。こちら手土産ですので、よければどうぞ」
そう言って母が、真空の母に手土産の紙袋を渡す。
「いえ、昨日は真空がお世話になったみたいで。私は真空の母の美紀です」
「わざわざお越しくださってありがとうございます。真空がお世話になりました。私は父の剛士です。ささ、どうぞこちらにお座りください」
真空の両親も挨拶を済ませると、テーブルの席に誘導する。
「ほら、真空。そこにあるトレイのお菓子とお茶を自分の部屋に持って行って。しばらく宝条さんとお話するから待っていてくれる?」
「うん、わかった! 真来斗も行くよっ」
そうして、私と真空と真来斗は真空の部屋で待機することになった。
◇ ◇ ◇
「はーい、ここが私の部屋でーす!」
なんだか真空が自慢気だな。
「失礼しまーす……あれ? ……綺麗じゃん?」
真空の部屋に広がっていた光景。それは聞いていたのとは違って整った部屋だった。女の子らしい色使いではないが、なんだか居心地良い感じがする部屋だった。
「ルーシー来るから必死に掃除したのっ! もう大変だったんだからね?」
「僕もお姉ちゃんの部屋の掃除手伝わされた〜」
真来斗が隠されていた真実を話す。すると真空の眼光が鋭くなる。
「真来斗っ! それ内緒って言ったでしょ〜っ!!」
そういうと真空は真来斗の頭を両手で掴んで髪をぐしゃぐしゃにする。
「お姉ちゃんっ、ごめんってえ! 綺麗だから良いじゃん」
「まぁ……真来斗には感謝してるっ!」
仲の良さそうな姉弟のやりとりを見てほっこりする。
「私、うまく真空の両親に話せてたかなあ?」
「ちょっと固かったけどね、でも話したいことはある程度話せたんじゃないかな?」
そうだと良いけど。あとは親同士の話し合い次第だ。
私たちは真空の部屋の中央に置いてあるローテーブルを囲って座り、真空がお茶をそれぞれに配る。
そう寛ぐ体勢が完成すると真空が気になっていたらしいことを聞いてくる。
「ねぇねぇ……さっきは私のこと『こんなに仲良くなれたお友達は初めて』って言ってたけどさぁ。それなら光流くんはなんなの〜?」 友達じゃないの〜?」
初めて、か。もう真空と一緒にいる時間の方が長いし、一緒にいるためにこんな両親を巻き込んだ話にもなっている。今や光流よりも友達として仲が良いのではないかと思ってしまう。
ただ、真空は同性の友達。
男の子の友達とは枠組みが違う気がしたのだ。だって、あの車内で抱きしめた時、もっと『特別』な関係になれたはずなんだから。
それなら、少しだけ友達以上ってことだよね? 光流が忘れていないなら……。
「それはねっ……。光流は友達なんだけど、友達じゃないというか……それ以上に思いたいというか。私の勝手な思い込みなんだけどねっ」
真来斗が目の前にいるので、多少は口に出すのを躊躇うが、言えることは話した。
「ふ〜ん……それなら今は私がルーシーのナンバーワン友達だねっ! やった!」
「でも……光流も友達じゃないってわけではないし……」
「も〜っ! なんなのよお〜っ!!」
私の中途半端な回答に真空がぶーたれる。こういうムスッとした顔も可愛いのはズルい。
この友達の概念は難しい。私は真空のことを親友だと思っているけど、光流は……。
ふと、真空がスマホを取り出した。
「ほら、真来斗。これルーシーが歌ってる歌なんだよ〜?」
そう言ってスマホを操作し、私の曲の動画を開く。
しかし、真来斗にスマホの画面を見せようとした時――突然、真空の動きが固まった。
そのあとで体がぶるぶると震えだし、少しずつこちらに顔を向けてくる。
「ね、ねぇ……」
「どうかしたの……?」
真空が強張った表情で目を見開き、何かを伝えようとしてくる。
「ルーシー!! これ見てよっ!! 動画っ、動画の再生数!!」
再生数……?
真空にスマホの画面を見せられた。英語版の『星空のような雨』の動画だった。
その画面の下にある再生数の数字の羅列。
『二十一万六千五百七十一回』
私の目がおかしいのかな。一度目を瞬きさせてから、再度数字を見て、声に出してみた。
「ええと、二十一万……六千五百七十一回…………へっ??」
私はスマホ画面に表示された数字を読み上げて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
真空が動画の画面を開いたことで、私の歌声が聴こえてくる。
「これ、りんなお姉ちゃん歌ってるの〜? 綺麗な声〜っ!!」
まだ私も真空も状況が理解できない中、純粋な真来斗が私の歌声を褒めてくれた。
「真来斗くん……ありがとう……」
「ルーシーっ!! そんなこと言ってる場合じゃないよこれっ!!」
その言い方はちょっと真来斗が可哀想な気もするけど……真空が驚いていることも理解できる。
アレックスから動画をアップしたと連絡を受けたのが大体十三時頃。そして、今の時間は夕食を終えて十九時過ぎくらい。
つまり動画をアップしてから約六時間ほどで、この再生数を記録したということになる。
私もメイク動画などを見たりしていたので、どのくらいの再生数が世の中ですごいのか、という知識は大体あった。
英語を話せる人が世界的に多いせいもあるかもしれない。しかし、こんな無名で、中学生で、素人な私の歌がいきなり二十一万回も再生されるなんて、ただ事じゃない。
「う、うん……どうなってるんだろうね」
「ほんとにこれどうしちゃってるの……?」
私と真空は、まだ状況が理解できないまま、時間が止まってように呆けていた。
「ちょっと待って……日本語版の方も見てみる……」
英語版があるということは、日本語版もある。
スマホをタップして、もう一つアップされている動画を視聴し始める。
すると同じように私の日本語版の歌が流れ始め――、
「ごじゅうさんまん……せんきゅうひゃくはちじゅっかい……戦闘力かよっ」
真空がスマホ画面を見て、誰にでも聞き取れるくらいゆっくりとした言い方で、数字を述べていった。
謎のツッコミと共に。
「五十三万……?」
私は真空が言い放った数字を繰り返した。
よくわからない。だって、日本語は英語より、使用している人口は少ないはずだ。……つまり日本人の方が私の歌をたくさん聴いてくれている?
「私、目眩しそうかも……」
目眩がしそうなのは私だ。真空は私になったみたいに驚いてくれて。その姿を見て少し冷静になれた気がする。
今の真空の顔……おかしく見えてきた。
「ふふっ……」
「ルーシー何笑ってるの!? これヤバイって!! つまりバズってるんだよ!! バズりまくりなんだよルーシーの歌!!」
つい真空の表情を見て笑ってしまった。……それはごめん。
そうなんだよね。そういうことなんだよね。理解がまだ追いついてないけど……。
そんな時、私のスマホにメッセージの通知があった。
アレックスだった。
私はスマホをタップして、アレックスのメッセージを開いた。
『ルーシー。驚いたかい? 君の歌声を初めて聴いた時から、ファンの一人になったよ。私は曲をリリースしたらこうなると思っていたよ。良かったら次の曲も作ってみないか?』
アレックスは初めからこうなることを予想していたようだ。
ということは、やっぱりこの動画の再生数って凄いことなんだ。
「真空……歌のコーチは最初からこうなることわかってたみたい。そうメッセージが今きた」
「そうだったの……。確かにルーシーの歌聞いた時さ、私も天才だって騒いだけど、まさかここまでとは想像つかないよ……」
学校のベンチに座って二人で曲を聴いた時に、真空がそう言ってくれた。
あの時の真空は、私の肩を揺すって頭をグラグラさせたくらい、興奮していた。
そして今度は私が本当に興奮していた。
自分が歌っているんだから、歌って気持ちいいとか、いい歌だなぁ、などの気持ちはあったけど、興奮と言われるとまた違った。しかし、自分以外の人から評価を受けている現在の状況は、どうしても興奮せざるを得なかった。
真空がスマホ画面をスクロールして動画のコメント欄を読み上げていく。
『これが歌姫ってやつか……』『かっこ良すぎる!』『日本のアーティスト界に現れた天使』『ほんっとに良い声〜』『これ音楽配信サイトにないよね!? ってことはデビューしてるわけじゃないってこと?』『この人のこと知ってる人教えて!』『どうしたらこんな声が出るんだろう』『日本人なの? 外国人なの? 知りたい!』『同時アップで英語も日本語バージョンもあるとか、こんなのほとんど見たことない!』『今から古参名乗って良いよね?』
真空が否定的なコメントはスルーしてくれているのかわからないけど、私を褒めているようなコメントもちゃんとあった。そう言えば、否定的なコメントがあったら通報して削除してやるとか言ってたっけ。
ともかく肯定的なコメントをもらえるとやっぱり嬉しかった。
「すごいなぁ……」
「凄いのはあんたよ、ルーシー」
「まだ実感が湧かないよぉ……」
「ほら、これも見てみて?」
すると真空が今度はスマホ画面のある部分を指差す。
「十万七千人……」
私のチャンネルの登録者数だった。チャンネル登録者数については正直わからなかった。
でもこれって十万人の人が私の歌のファンになってくれたということなのだろうか。
「ルーシー、考えて。無名な人のチャンネルに六時間で十万人も登録してくれたんだよ? ありえない速度でしょ!」
「そうなんだ……もうどこを驚けばいいんだろうね」
頭の整理がつかないので、リアクションに困ってきた。
「あ……これなら光流にも届くかな……」
「届く! 絶対届くよルーシー! 日本人がこんなにも聴いてくれてるんだよ?」
「そう……だといいな……」
私だってわからないと思うけど、光流が聴いてくれたら嬉しいな。光流まで届いてくれるかな。
「そうえば、アレックスに次の曲も作ってみないか? って言われたんだよね」
「作りなさいっ!!!」
真空がかなり食いかかって言ってきた。
「ははっ……そう、してみるね。また歌詞考えないといけないなぁ……」
ただ、光流のことならいくらでも歌詞なんて書ける気がしていた。
何十曲、何百曲……。それこそ星の数ほど。
あ、真空についての歌詞もいくらでも書けるかもしれない。それくらい大切な友達になっているから。
歌……これも光流と出会わなかったら、多分していなかったこと。
また増えていくね。光流が私にくれたものの数。
「ねぇ、どういうことなの? お姉ちゃん達だけで話さないでよ〜」
「真来斗ごめん〜っ! ちゃんと説明するからぁっ!」
あまりの驚きに真来斗を置いてけぼりにしてしまっていた。
真空が真来斗に謝って、頭をヨシヨシと撫でる。
私達は興奮冷めやらぬまま、歌や曲についての話を続けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます