16話 妄想モード

 夕食が終わった後、ちょっとしたデザートとお茶を持って、真空を私の部屋に連れていくことにした。


「ルーシーの部屋、女の子だぁ〜っ! ちょっと良い匂いするし、お洒落で整ってる!」


 私は女の子ではあるけど……。友達の部屋なんて行ったことがないので、比べようがなかった。

 でも確かに色使いはちょっと女の子っぽい色を作ったインテリアになっているかもしれない。でもフリフリし過ぎているものはそれほど好きではないので、あくまでシンプル。多少ピンクの色を使っているくらいだ。

 匂いについては、アロマディフューザーを置いているからだろう。


「そうかな。明日真空の部屋も見せてね?」

「えっ!? だめっ!!」


 何故か否定してくる。これでは部屋を見せた私だけ損してるみたいになってしまう。

 絶対に見せてほしい。


「なんで? 真空の部屋可愛いんだろうなぁ〜」

「あ〜、私お片付けとかそういうの苦手なんだぁ。へへっ」


 つまり部屋がごちゃごちゃしているということだろうか。私は適度に掃除したり、脱いだ服もすぐに片付ける。なので、私の部屋は生活感が出すぎないようになっているはずだ。


「そうだったの。確かに真空らしいといえば、そうなのかも……」

「それ間接的にガサツって言ってるからね、ルーシー?」

「ごめんごめん。でも真空がガサツでも、みんな許しちゃいそう」


 真空は美貌だけでも、日本にいたら凄いチヤホヤされそうな見た目だ。アメリカでもそんな感じがするし。

 真空のお世話をしたいなんて男が出てきてもおかしくない。


「じゃあ、家の事ができるルーシーと、家のことができない私が結婚すれば最高じゃん!」

「それ……真空は何ができるの……?」


 腕を組んでドヤ顔を作った真空が、自慢気に語りだす。


「そんなの私が稼ぐに決まってる! 稼ぎ頭になるよ、私! ルーシーが専業主婦兼歌手で〜、私は会社経営してバリバリ稼いで〜。疲れてお家に帰ってきたら、ルーシーがエプロン姿で私を出迎えてくれるの! まずはおかえりのハグとチューして、『ご飯にする? お風呂にする? それとも……?』って聞いてくるの! キャハ〜っ!!」

「な、何言ってるのっ!?」


 凄い妄想モードに入った。てか専業主婦兼歌手ってもう専業主婦じゃなくない?

 真空は少女漫画に毒されすぎた結果、こうなってしまうのだろうか。

 漫画の知識が多い真空は、日に日に私にその知識を披露してくる。知識を広げるためとか言って、男性同士の、そして女性同士の恋愛漫画も読んでいるらしい。私もいつか真空に狙われないか心配だ……。


 ……もし私が光流と結婚したらどうなるんだろう。大人になって身長も伸びたカッコいい光流がスーツ姿でお家の玄関の扉を開けて――、



『光流っ! 今日もお仕事お疲れ様っ! まずは、ほらっ。ぎゅ〜っ! もう全部準備できてるよ? ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し……?』


 エプロン姿の私が光流にハグをしながら何にするか聞く。すると――突然、唇を奪われた。


『んんっ!?』

『ルーシー……君に決まってるだろ? ほら……』


 光流が私にキスをしたかと思えば、私をお姫様抱っこして、そのまま寝室に運んでいく。


『えっ……光流!? きゃっ!?』


 私をベッドに押し倒し、息遣い荒く、野獣のような眼光を向けてくる。スーツのジャケットを脱ぎ、白いシャツのネクタイを緩めて上の方のボタンを外す。……ちらっと見える光流の男らしい胸元。私の上には既に光流が覆いかぶさっていて、仕事のストレスを私にぶつけるように、激しく求められ……、


『あっ……光流……わたし……さっきのは、う、嘘で……』

『……もう遅いよ、ルーシー』

『光流っ!! だめっ……! あっ……!?』



 ……あぁぁぁぁぁっ!!! 死ぬっ!! 私、はずか死ぬっ!!! 死にたい……。いや、死にたくはないけど、これは死にたくなる……。


 今、私は何を考えていたんだろう。これじゃあ変態だ。真空に対して否定的なこと言えないじゃない。

 これも全部、真空が貸してくれた漫画のせいだ。お陰で変な知識を植え付けられてしまった。


「ルーシー? ルーシー?? 顔、というか……耳と首まで真っ赤だよ?」


 真空が私の顔を覗き込んできていた。

 包帯をしている顔の部分以外も赤くなってしまっていたらしい。


「まっ、真空のせいだ〜〜っ!!!」

「なにっ!? なんなの!? や、やめっ、やめてっ! ははっ、ダメっ! そこっ、はははっ!!」


 私は真空の体をこちょこちょをして、変な妄想をしてしまった恨みをぶつける。

 真空は抵抗するも、私のこちょこちょがかなり効いているのか、笑いながらヨガっていた。


「はぁ……はぁ……し、死ぬ……さすがに、死ぬってルーシー……」

「ご、ごめん。やり過ぎた……」


 恥ずかしくなりすぎたので、その怒りを真空にこちょこちょという形でぶつけた結果、真空を笑い転がしてしまった。目には涙が溜まっていて、息も絶え絶えな状態で絨毯の上に仰向けに倒れていた。

 今のこの状態だけを見ると、私が真空を襲って、いかがわしいことをしたように見えるだろう。


「ルーシーって、こういうことになると、Sになるのかなぁ……? だってこちょこちょしてるの時のルーシー凄い興奮した顔してたよ? 野獣ルーシーだね」


 表情が全て見えるわけじゃないのに、そんな雰囲気を感じたんだろう。最近ずっと一緒にいるので、包帯の中の顔色もすぐに当てられてしまう。


「まっ、またそんなこと言って! またこちょこちょされたいのっ!?」

「ほらぁ……Sじゃん」


 私がS? いや、さっきだって、光流が私を押し倒したんだし、嫌じゃなかったし……。

 野獣の顔してたのは私じゃなくて光流で……どう考えてもS私はじゃないでしょ。どっちかというと……、


「あぁぁぁぁぁっっ!!??」


 また変なことを想像してしまい、恥ずかしくなって叫んでしまう。


「ルーシー? どうかした?」

「真空のせいで、私変態になっちゃったじゃないっ!!」


 大人になった光流の顔なんてどんな感じになっているのか想像できるわけないのに、ここまで私の妄想力を上げた真空は大罪人だ。あぁ……本当に私って変態なのかな。


「そっ、そういえば、気になってたんだけど、あの鏡のとこ。メイク道具!?」


 真空は無理やり話を変えるように部屋の壁側のある場所を指差す。

 それは鏡付きのドレッサー……つまり化粧台だった。


「うん、そうだよ。全部わたしの」

「ってことは、ルーシーはメイクするんだっ!」


 顔が完全に治ってから、母に教わりながら化粧品を揃えていった。

 メイクをし始めたら、また違う自分が見えて、世界が広がった。


 母は私の年齢ではちょっと早い気もするけど……と言っていたが、簡単な化粧くらいならと教えてくれた。

 肌が一層綺麗に見えるし、眉毛も描いて、目元もアイシャドウや涙袋を作ることで普段の顔より凄い映えた。結局、一通りのメイクは覚えていった。


「うん。病気が治ったらしたいことの一つだったんだ……」


 そう、これも光流に話した一つだった。

 光流……光流のお陰で私がしたいこと、また一つ叶ったんだよ……?


「すっごーい!! 私全然そういうのしたことない! 今度教えてよっ!」

「真空は化粧しなくても、とんでもない美人だからね。軽くするくらいなら……」


 真空はドレッサーの前に立って、私の化粧道具を色々と見ていく。


「ありがとっ! お母さんのは見たことあるんだけどね! 今まで化粧水とか乳液とか美容液とか日焼け止めとか? そういうケアはやってきたんだけど、ちゃんとしたメイクはしたことなかったんだ!」


 真空の肌は最初に会った時からとんでもなく綺麗だった。

 特にまつ毛の長さと少し厚めの唇が印象的だった。


「じゃあ……まだ少し時間ありそうだし、今ちょっとやってあげよっか?」

「えぇっ!? いいの!? やりたい!! やってほしい!!」


 真空は、私の提案を大いに喜んだ。

 まだ真空に私の顔を見せることはできないけど、真空の顔にメイクをすることはできる。


「ほら、じゃあそこに座って?」


 人にメイクをするのは初めてだ。

 でもお母さんが最初に私にやってくれたようにやってみればいい。

 鏡の前に座ってやるのとはわけが違う。だってメイクブラシも自分に向かってではなく、前に向かって動かさなければいけないからだ。


「じゃあまずは、化粧水と乳液と化粧下地からね……洗顔と日焼け止めは今回は省くね。これは自分でできるから、そこのウェットティッシュで一旦手を拭いてからつけてみて?」

「はーい、ルーシー先生〜!」


 真空はメイクするのが嬉しいのか、とてもノリノリだった。


「じゃあ次はこれ。ファンデーションね。私のはクッションファンデ」


 私は真空の化粧水などでベタベタになった顔を軽くティッシュオフして水分を拭き取る。ファンデーションを塗った時に化粧水などの水分とファンデーションの成分が分離してメイク崩れしないようにするためだ。


 その後は、コンシーラーで小鼻と口周りの小さな赤みを消す。と言っても真空は肌が綺麗すぎるので、正直必要ないレベルだ。次にフェイスパウダーでベースメイクをフィックス。サラサラにしていく。


「じゃあ目の周辺やっていくね」

「どんな感じになるんだろ〜〜っ」


 真空の顔をまじまじと見てメイクをしているが、本当に素敵な顔をしている。

 ちょっとメイクをするだけで、かなり映えるはずだ。


 まずは、アイブロウで眉毛を描いていく。最近は眉を太めに描く女性も多いらしいが、真空の顔立ちから考えるとそれほど太くしないほうが良い気がした。なので、適度に上塗りする程度。


「真空、目瞑っててね〜」

「はーい」


 次にアイシャドウ。真空の綺麗な二重に沿って、ブラウン系の色を重ねていく。

 それが終わったらアイライナーでまつ毛の隙間を埋めて、目元を力強くさせる。ビューラーを使って真空の長いまつ毛を上向きに変える。軽くマスカラでまつ毛を整える。


 その後、涙袋専用のライナーで薄く涙袋を作る。描いた涙袋を指で薄めて影っぽい涙袋にする。

 もう目元だけでヤバい。とんでもなく可愛くなっている。


「もうちょっとで終わりだよ〜」

「楽しみ〜!」


 もう終盤だ。シェーディングで顔に陰影を軽くつける。鼻筋をノーズシャドウで目立たせる。後は頬を立体的にする為に頬の下辺りに影を入れ、追加で顎のラインをくっきり見せるためにそこにも軽く影を作る。

 そしてリップだ。真空の顔なら薄ピンクの色が似合うだろう。私はいくつかあるリップの一つを取り出す。できるだけナチュラルに見せる為に指で軽くつけ、それを伸ばしていく。


 最後にほんのり薄くチークを入れる。チークは入れすぎるととんでもないことになる。私も何度かやりすぎてお酒に酔ってる人みたいになった。

 そしてこれが本当に最後だ。メイクをキープさせるためのフィニッシングミスト。それを真空の顔全体に吹きかける。


「できた〜っ。人にしてあげるメイクって自分でやるのと違って凄い体力使った……」

「ルーシーほんとにありがとっ!! 鏡見ていいかな?」

「いいよ〜!」


 真空の顔は既にワクワクを抑えきれないような笑顔だった。

 そうして、真空はドレッサーの正面を向いて、鏡を見据える。


「…………これ、私……?」

「うん。真空、すっっっごい可愛いよ」


 私はもしかして、メイクの腕がかなりいいのかもしれない。メイクを初めて半年近くだけど、メイク動画を見たり、他にも色々調べてどんどん上達していった。


「私だけど、私じゃないみたい……大人っぽくなってるし、なんかモデルさんになれた気分っ!! ルーシー、凄いよっ!!!」

「喜んでくれて良かった。そもそもメイクする必要がないくらい可愛いのにね。それでもメイクしたらもっと可愛くなっちゃった」


 元々顔が可愛い真空はそんなに濃いメイクをする必要がない。できるだけナチュラルにしないと真空の良さを潰す気がした。なので、一通りメイクをしたが、全て薄めにしていた。

 少し大人っぽいメイクにしてみた。真空は顔立ちがクールっぽいので変化は少ないけど、それでも大人っぽくはなった。そして真空が言う通り、モデルとしてもやっていけそうなくらい綺麗だった。


「メイクって凄いんだね。感動しちゃった。……ねぇ、写真撮っていい!?」

「うん、もちろんっ」


 真空は変わった自分の顔を写真に収めるためにスマホを取り出す。


「ルーシーも一緒に! そのままでいいからっ」

「わかった。どうすればいい?」

「ほら、こっち!」


 真空は強引に私の肩を抱いて、包帯に触れるほど顔を近づけた。


「はい、撮るよーっ!」


『カシャっ』


 真空はピースしながら、とびきりの笑顔で私と一緒に写真を撮った。

 分かりづらいが、包帯越しの私の目と口元も笑っていて、良い写真になった気がする。


「あ〜、私がメイクしてこんなことになるんなら、絶対ルーシー可愛いじゃんっ。早く包帯外して一緒にメイクしたいなぁ〜」


 その言葉は色々な意味を内包したものだ。

 私が家族以外に包帯を取って見せるのは、光流に見せてからだ。親友でもこれは譲れなかった。

 つまり半年後、日本に帰ってからになる。だから、一緒にメイクをするというのことは、真空も日本に来ていなければできないことだ。


「うん、あとちょっとだけ待ってね。もし一緒にメイクできたら私も凄い嬉しいな……」

「まずは明日だよ。私絶対に両親にYESもらうんだからっ!」


 友達とこうやって当たり前のように一緒に過ごせるというのは、本当にこれまでは考えられないことだ。

 全ては光流との出会いがあったからだ。事故で色々失ってしまったものはあったけど、それ以上に得たものの方が多い。


 真空との出会いだって、アメリカに来なかったら出会えなかった。

 これも光流のおかげ。


「もう……恩を返しきれないほど、光流からたくさんのものをもらっちゃってるなぁ……」


 私の光流への想いは日に日に強く――そしてかけがえのないものになっていった。



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