11話 最初に見てほしい人

 そしてさらに二年経過し、中学三年生になった。

 

 そんなある日、家の鏡の前で、ゆっくりと包帯をとった。

 顔を手でペタペタと触り、首をぐるっと回して、色々な角度で顔を確認した。


「うっ……うっうっ……あぁ……」


 病気の吹き出物は全て消えていた。

 一切跡はなく、白くてきめ細やかな肌。


 こんな日が来るなんて……。

 私は鏡の前で一人で大泣きした。

 せっかく綺麗になったのに、涙でぐしゃぐしゃになり、台無しだった。


 全部光流のお陰だ。感謝しても感謝しきれない。


「今度こそ、今度こそ、光流に会いに行っても、いいかな……?」


 もう四年も我慢してきた。

 さすがに光流も愛想つかせてるかな。私のこと忘れちゃったかな。


 私は毎日光流のこと写真見て思い出してるよ。成長して顔も変わってるよね? この写真はまだ子供だけど、ちょっとは大人になったよね?

 今、光流はどんな顔してるだろう。男っぽいのかな。それとも中性的なのかな。もしかして女っぽい顔なのかな。


 光流、光流……。


「ルーシー、本当に綺麗よ……」

「あぁ、綺麗だ。若い頃の母さんのようだ……」


 お母さんとお父さんに顔を見せた。

 今度こそ、心から綺麗だと言われたような気がした。


 三人で一緒に写真を撮ろうとお父さんに言われた。でも私は拒否した。

 なぜなら、最初に素顔の写真を一緒に撮る相手は決めていたからだ。


 中学三年生になった私は、結局卒業するまではアメリカにいることにした。

 中途半端に転校するより、日本の高校の入学に合わせて戻りたいと思ったからだ。


 ……光流、あと一年……一年だけ、待っていてくれるかな。

 自分勝手でごめん。私はまだ光流のこと忘れてないよ。


 この二年間で色々成長した。スポーツの大会に出たり、音楽のイベントに参加してみたり。小学生の頃には考えられなかったことができていた。


 包帯はしたままだったけど、何かのスポーツの大会に出る時は、大きめのフェイスガードを着用させてもらって、病気のことをできるだけ知られないようにもした。


 でも、もう包帯もフェイスガードも必要なかった。


 私は迷っていた。包帯を外して学校に通うのか。それともアメリカでは顔を隠したままにするのか。

 顔を晒すなら日本が良いと思っていた。

 できれば、日本では家族以外なら光流に最初に見てもらいたい。


 なら包帯はつけたままにするしかないよね。

 迷いは消えた。


 その後、私はクロージョア先生に顔を見せた。

 先生は考えられない奇跡だと言った。他の患者に試せるのは腎臓移植手術だが、顔の病気を治すために腎臓を交換してこのようなことが起こるとは簡単には考えられないと話し、様々な要因が重なった結果、私に奇跡が起こった。そう考えるしかないとのことだった。


 これまで剥がれ落ちた皮膚は先生に提出しており、今後も経過観察は続けられることになった。



 ◇ ◇ ◇



 中学三年生のある時、私は歌のコーチのアレックスから提案を受けた。

 それはオリジナル曲を作って配信してみないかということだった。

 今の時代わざわざCDを出さずとも動画サイトで発信することができる。だから気軽な気持ちでやってみないかということだった。


 私はせっかくの話だったので承諾した。ただ、音楽自体は作れないので、私が担当するのは歌詞……作詞だった。


 私の声に惚れてくれたアレックスが、作曲とレコーディングをしてくれる人を手配してくれるらしい。ちなみになぜか無料でやってくれるとか。


 歌詞……私は考えた。やっと私の気持ちが伝えられる一つの機会に巡り合ったのだ。

 光流のための曲にしよう――そう思った。


 ただここはアメリカなので英語で作ることになる。しかし私は日本語で歌詞を書いて、それを翻訳する形で作ろうと考えた。

 あくまで日本人の光流のためだからだ。


 歌詞を作るのは、メロやサビなど考えなくてはいけない。しかし私はそういう知識もないので、アレックスにはとりあえず好きに書いてみて、そこから修正を入れて歌詞にしていけば良いと言われた。なのでまずは細かいことを考えずに、光流への想いを書くことにした。


 歌詞を書くにあたって、私はこれまでのことを思い返した。何が私と光流を繋げたものだろう、どんな時間を過ごしたんだろう、光流に伝えたい気持ち……。キーワードを箇条書きするところから始めた。


「雨……傘……出会い……光……笑顔……遊具の中……車……明るい……特別……一週間……二つが一つに……思い出……夢……楽しい時間……変えてくれた世界……奇跡……気持ち……好き……」


 真剣に考えてはいたが、文字にして書き出していると、なんか恥ずかしくなってきた。

 これ、歌にするんだよね。いつか光流に聞いてもらうんだよね。やっぱ恥ずかしすぎない?


「だあぁぁぁ〜〜〜っ!!!」


 自分の部屋の机の上で私は顔を隠すように突っ伏した。


「私、何年経っても光流のこと、好きなんだなぁ……」


 もう四年も会ってないのに、やりとりすらしてないのに。なんでこの気持ちは色褪せないんだろう。

 アメリカの学校ではたくさんの男子とも交流した。確かに日本より差別はされなかったけど、光流ほど親密になれる相手はいなかった。


「光流に彼女ができていてもしょうがないなんて思ってたけど、やっぱりできてたら凄いショック受けるんだろうなぁ私」


 四年も放置して、あと一年追加で放置して。

 高校生になって会いに行ったら、どんな顔するんだろう。私の本物の顔見たらどんな反応するんだろう。


 光流怒るかなぁ? 今までなんで連絡くれなかったんだって。

 でも怒ってもほしいかも。今まで光流怒ってくれたことないし。光流に感情をぶつけられたい。それが、私を忘れてなかったんだって証拠にもなるから。



 一週間ほど考えて、私は歌詞を書き上げた。それをアレックスに見せて、修正され……さらに一週間かけてブラッシュアップし、最終的な歌詞を書き上げた。


『星空のような雨』――私の曲のタイトルだ。



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