10話 琴線に触れたもの

 退院して少ししてから、アメリカの小学校に通うことになった。


 英語なので、ついていけるか心配だが、やるしかない。

 日本からは三人連れてきていた。ボディガード、運転手、お手伝いさんだ。

 ただ、日本ではないので、私を心配してさらにアメリカのボディガードも一人追加して雇うことになった。


 学校側もボディガードが校内に入るのを許してくれた。顔の包帯のこともあり、目立つかもしれないけど、そうしてもらうことにした。

 氷室は、基本的に日本の家の管理を任されているらしく、アメリカに来ないのは少しだけ寂しかった。


「私じゃ物足りないですか? お嬢様」


 ただ、私がよく知っている人が来ていた。

 運転手をしていた須崎だった。私が目覚めてから須崎とは何度か顔を会わせていた。

 顔もちょっと怖いので、周囲の牽制にもなるだろうと選ばれたらしい。ついでに送り迎えもできるという理由もある。


 ちなみに最初に私の顔を見た時、須崎は泣いてくれた。彼はただの運転手だと思ってたけど、違ったようだった。最近まで知らなかったが、家の運転手として十年ほどはやっているらしく。それなら私が生まれた頃から知っているということになる。……氷室にも会いたくなってきた。


「ううん。須崎がいてくれて良かった」


 知っている人がいるというのは、凄く安心する。

 須崎は英語ができるようで、実際これからとても助かるだろう。なので学校へ行く際は須崎、日本のボディガード、アメリカのボディガードの三人で行動することになる。


 学校が始まると、やはり最初は変な目で見られた。

 でも日本とは全然違った。


 病気を理解してくれて、包帯をアニメのキャラみたいでかっこいいと言ってくれた人もいた。でも素顔を晒すことはできなかった。晒した瞬間、離れていくかもしれないという恐怖があったからだ。


 あとは髪や瞳の色で差別されなかったのもある。日本ではそれだけで差別されたが、ここではそれがなかった。


 私は何とかやっていけそうだと思い、少し安心した。

 あとは強くなる。それだけだった。


 どうすれば光流のためになれるのか? どうすれば光流に恩返しできるのか。子供ながらに色々考えた。


 でもなかなか思いつかなかったので、体を強くするために運動から始めた。

 入院が長かったので、かなり痩せ細った。だから頑張って食事をとり、運動をして筋肉をつけることになった。そんな中、お父さんの提案で、陸上のスクールに入ることになった。


 走るだけではなく、色々な陸上競技にチャレンジさせてくれる自由な場所だった。



 ――二年が経過し、小学校の卒業になった。


 

 結局最後まで包帯を外さずに過ごした。アメリカでできた友達……二番目以降の友達はみんな楽しく卒業し、別れた。最初からアメリカで暮らしていたら、違った人生もあったのかなとも思っていたが、光流に会えない人生は嫌だと思った。


 食事をとり、陸上スクールに通い続けた私はスマートで少しだけ筋肉がついた体を手に入れていた。定期的に通っている病院でも体に異常はなく、健康だということだった。


 そして、顔の方は半分ほど綺麗になっていた。跡は少し残ったが、それも時間と共に消えていった。体の他の部分と同じ白い肌が作られてきていた。


 私は確信した。絶対に治る。

 そして、いつかこの奇跡を光流に伝えたいと。


 ただこの二年、光流とは連絡は取らなかった。薄情者だと思われてるだろうか。俺の腎臓やったのに連絡もよこさないなんて、とか。


 中途半端に光流に連絡をとってしまうと、私の意思が崩れて、顔が治らないうちに会いに行きたくなるかもしれない。

 そうならないよう代わりに奇跡的に残っていたスマホに保存されていた写真を毎日眺めていた。――あの、公園の遊具の中で光流が一緒に撮ってくれた最初の写真だ。私は顔を隠しているけど、光流は笑顔で写っていて。


 この二年で私は少し成長した。身長も伸びた。光流も成長してるだろうか。


 兄達からは、たまに光流の様子がメッセージで送られてきた。彼女はまだいなさそうという話だった。すっごい安心した。

 私が光流と付き合えるって決まったわけじゃないのにね。



 ――私はアメリカの中学校に入学した。



 光流も中学生になったのかな。

 アメリカでは日本の学校と違うらしく、部活動は審査制で、さらにシーズンごとにやるスポーツを変えられるようだった。なので私は色々なスポーツを体験してみることにした。


 ただ、授業を受けていく中で、何かどこかで私の心の琴線に触れたものがあった。

 それが音楽の授業、コーラスだった。


 今まで全然やったことがなかった歌。日本でもカラオケになんて行ったことはなかった。

 でも既に英語を話せるようになっていた私がコーラスの授業で歌った時、みんな私に注目して褒めてくれた。


 私は歌が好きになった。

 これまでは光流のために強くなろうと肉体をどうにかしようとしていた。運動の才能は多少あったのか、年々足も速くなっていった。


 でも歌はそれとは全然違う。何より歌って気持ちよかった。

 歌で光流に何か届けられないだろうか? 今は光流に何をしてあげられるかまだ思いつかないけど、私が好きなことで光流のためになることを考えればいいのではないか?

 そうすれば、私の気持ちが光流に伝わりやすいのではないかと思うようになった。


 シーズンごとのスポーツ。サッカーやソフトボール、バスケなど色々体験しながら、休みの日に歌も始めた。

 学校の音楽の先生が私の歌声を気に入ってくれて、プロの人も教えているという音楽のコーチを紹介してくれた。学校が休みの日に歌を学んで、暇な時には、買ってもらった日本のカラオケ機材で、家で日本の歌を歌ったりもした。こればかりは家のお金に感謝した。


 スマホで今日本で流行ってる歌を調べて、家でカラオケして歌ったりした。

 お父さんもお母さんも私の歌を褒めてくれた。

 試しにお父さんのカラオケを聴いたが、聴くに耐えなかった。お母さんの方は結構うまかった。私に声が似てるからだろうか?


 私は色々な運動と歌を両立し、勉強も頑張った。

 今までとは全然違うことができていることに、私のやる気は継続した。


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