9話 何度も救ってくれる人

 後日、私の顔の病気を見てくれる医者が来た。


 なんと、この難病『クロージョア凝血水疱病ぎょうけつすいほうびょう』の名付け親であるクロージョア先生だった。他の病院に勤めているそうだが、私の顔の件が伝わって、この病院に一時的に派遣されることとなったようだ。クロージョア先生は金髪の女医さんで、お母さんと同じくらいの年齢に見え、かなりかっこよく見えた。


 私はお母さんの影響でちょっとは英語がわかるが、たまにイギリスのお母さんの実家に行く時くらいしか英語と関わる機会はなかったのと、専門用語が多い話だったので、クロージョア先生が何を言っているのかほぼ理解できなかった。


 ――また、私の検査があるとのことだった。


 そして、最近私に何があったのか。事故の前と後で何が変わったのか、そういうことを聞かれたので、お父さんが説明していた。腎臓の摘出や移植をしたこと。光流と出会って一緒に過ごしたこと。


 さらに後日、私の検査が終わり、クロージョア先生がまた病室に来てくれた。


 クロージョア先生の話ではこうだった。このまま病気が治っていくのか私にもわからない。でも可能性があるとしたら二つ。

 一つは腎臓移植した結果、何らかの影響で体質が改善されたこと。それは他人の腎臓という他の遺伝子が一つの体で共存したことにより何か体に変化が起きた可能性。

 そしてもう一つは、ストレスの軽減と改善。光流と過ごすことで、幸せを感じ心の変化が体になんらかの影響を及ぼしたこと。ちなみに心的要因で病気にもなり、逆に病気が回復したという事例は世の中にいくつもあるとのことだった。


 このどちらか。もしくはどちらも同時に起こったことで、体に変化があったのではないかということ。


「これは奇跡。治りかけていることは確実です。ただ、さっきも言ったけど、完全に治っていくかは私にもわからない。だからまた様子を見に来るわ。リンナ……病気が治る事を私は信じているわ」


 そう言ってクロージョア先生が、最後に私を抱き締めてくれた。今後も検査を続け、顔が綺麗になっていくのか経過観察を続けるという話だった。


 この話の中で、私には一つだけわかったことがある。

 それは顔が一部治ったことがどちらの理由でも、どちらも光流のお陰……ということだった。


「何回私を救うの……? 光流……ひかるぅ……ううっ……」


 最近の私は涙脆い。人がいるのに、人前では泣かないようにしていたのに。

 光流……光流……会いたいよ。……会って、ありがとうって言いたいよぉ。



 ♢ ♢ ♢



 ――あれからさらに一ヶ月が経過した。


 光流とは連絡はとっていない。多分無事だと言うことは、お父さんが光流の家族に伝えているらしい。なので光流にも伝わっているはずだ。

 ただ、変にぬか喜びさせないよう、顔のことは言わないでとお父さんとお母さんに言った。


 また、包帯を外してみた。


 すると、今度はまた別の場所の皮が取れていた。


 クロージョア先生にこのことを伝えた。

 病室にやってくると、私を抱き締めてくれた。


 回復傾向になっている理由は、未だにはっきりとわからないとのことだった。



 そして、さらに翌月。私の体は動いても問題ないと言われ、退院が確定した。


 そこでお父さんとお母さんにある一つのお願いをした。


「私、光流に会いたい。……でも、それは今じゃない。この顔、全部治してから会いたい」


 治りかけてはいるが、この三ヶ月で、ほんの一部だった。だからとんでもない年月がかかることは自分でもわかっていた。


 でも、綺麗な顔になって光流に会いたいと思ってしまったのだ。

 光流に会わない長い間、光流は私のことを忘れちゃうかもしれない。私のことなんてどうでもよくなってるかもしれない。


 考えたくもないが、光流に彼女ができているかもしれない。

 それでも綺麗になってから再会したい。


 たった一週間しか会ってないのに、光流に助け続けられた。なら、今度は私が光流を助ける番……何かをしてあげる番だ。


「ルーシー、本当にいいの?」


 お母さんが心配する。お母さんも私がどれだけ光流に会いたいかを理解している一人だ。


「うん……もう決めたから」


 私は強くなる。

 光流……できれば、私のこと覚えていてくれたら、嬉しいな……。



 その後、退院した私は、定期的に病院に通いながらお父さんが借りたアメリカの物件にしばらく住むことになった。


「ルーシー! 元気そうだなっ!」

「ルーシー、俺達に心配を……でも良かった……」


 二人のお兄ちゃんが長期休暇のシーズンにアメリカまで私の様子を見に来てくれた。


 『宝条・アーサー・登凛とうり』。長男で私の五つ年上のお兄ちゃん。今は中学三年生。

 『宝条・ジュード・瀬奈せな』。次男で私の二つ年上のお兄ちゃん。今は小学六年生。


 ちなみに私の名前の凛奈りんなは二人の名前からとって合わせた名前らしい。


「うん……心配かけてごめんね。ここまで来てくれてありがとう」


 二人に感謝と謝罪を述べる。


「ルーシーが謝ることはないよ! でもずっと心配してたんだからな」

「そうそう、アーサーなんて手紙書こうぜとか、日本の物贈ったら、起きた時に喜ぶかな? とか毎日毎日ルーシーのこと心配してさぁ。こっちは中学受験で忙しいってのに……高校推薦枠のアーサーにはこの苦しみわからないだろうなぁ?」

「お前余計なこと言うなっ! というか中学受験なら俺もしたし! 今は俺が中学で頑張った結果、高校受験が楽になっただけ」


 アーサーがジュードの頭を軽く殴る。この兄弟とは仲が良い。……一応、私とも。


「それでさぁ、お前の特別な人、最近見に行ってやったぜ!」

「は、はぁっ!? 何してるの!? 光流に何か変なことしてないよね!?」


 アーサーの言動に私は動揺し、怒る手前まできた。この兄、光流に何かしたらタダじゃおかない。


「遠くから見ただけだって、どんなやつなのかってな。あいつは元気そうに学校行ってたぞ。俺にはまだあいつの何が良いのかよくわからなかったけどな!」

「ふんっ。アーサー兄にわかるわけないでしょ光流の良さなんて。良さがわかるのは私だけでいいのっ」


 光流がどこでどう思われていたって、私は光流の味方なんだから。


「でもなぁ。あいつ女子とも遊んでるみたいだったぞ。交友関係広そうだったしな。なんかクラスの女子も病室にお見舞いきてたらしいし」

「そ、そうなの……でも……それは、覚悟してるから……」


 さっきより動揺した。そうだよね。光流には光流の生活があるんだ。そもそも私に友達がいなかっただけで、光流には元々友達がいたんだ。


 光流と会えない間に彼女ができてたとしてもいい――本当は良くないけど。でも、顔が綺麗になるまでは会わないって決めたんだから。


「お前が会わないうちに誰かにとられないと良いけどなぁ……」

「アーサー……ほんと余計なこと言うよね。もっとルーシーの気持ち考えなよ。ね、ルーシー?」


 ジュードの方が女子の気持ちを理解してるらしい。


「ジュード兄、いいよ。アーサー兄はこういうやつだし……」

「俺も受験終わったらさ、光流くんのこと気にかけてみるからさ。ルーシーのこと忘れてたら俺が許さないから安心して!」

「いや、私のこと忘れてても……光流に何もしないで……」


 光流と出会ってから、あの一週間で二人の兄とも楽しく話せていた。光流のお陰で仲良くなれたと言ってもいい。

 それまでは、何を話しかけられても元気に返事することもなかったからだ。


 やっぱり光流は、何度私を救ってくれるんだろう。お兄ちゃん達と仲良くなれたのも光流のおかげだよ……。



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