6話 アメリカへ
あれから一ヶ月が経過した。
俺の体は回復していく一方、ルーシーの容体は安定しているが、まだ意識は戻っていなかった。
そんな中、俺の病室にルーシーの父が訪れた。
「光流くん……今日は直前になって申し訳ないがお知らせにきた」
「なんでしょうか?」
少し言いづらそうにルーシーの父が話し出す。
「より整った最先端の医療施設でルーシーを診てやりたい。だから、明日からしばらくアメリカに行こうと思ってるんだ」
「アメリカ……そ、そうなん、ですか……急、ですね……」
俺はこの話を聞いて直感的に、ルーシーが目覚めた状態で会うのはもうちょっと先だと感じた。
「すまない。ルーシーのためだと思ってくれ……。日本に戻るのはいつになるかわからない。ただ、いずれ……必ず戻る」
「はい……ルーシーが早く回復するのが一番です。でも、最後にルーシーの顔を見に行ってもいいですか?」
「あぁ、もちろんだ。光流くんはルーシーの命の恩人だからな。こちらも最大限君に対して出来る限りのことはしたいと思ってる」
「ありがとうございます……」
そうして、別れの挨拶となるルーシーの顔を見にルーシーの病室へと向かった。
俺はすでに一人で歩ける状態になっており、体もほとんど回復していた。もう少しで退院できるそうだ。
「あの、すみません。二人きりで話してもいいですか?」
俺はルーシーの父にお願いをした。
「もちろんだ。30分くらいここを空ける。たくさん話してやってくれ」
「ありがとうございます」
俺はルーシーの父に深く礼をした。
ルーシーの父は病室から出ていく。
「ルーシー? 光流だよ。しばらく会えなくなるんだってさ……」
何も答えないルーシーの手を握る。
俺は歩けるようになってから、毎日ルーシーに会いに行って会話した。ルーシーの顔だけはいつも通り包帯が巻かれてあり、俺はそこを見てなぜか安心した。
事故直後のルーシーの体はとても綺麗な状態だったらしい。
俺が身を挺して守った甲斐があったからなのか、そうしたせいで腎臓がこうなってしまったのかわからない。
でも綺麗な体とは裏腹に腎臓をどこかに打ち付けたのか、多大なショックが与えられたことで損傷してしまい、摘出と移植が行われた。
俺と同じく、手術痕は限りなく小さく、そして、体の成長によって傷も薄くなるとのことだった。
「ルーシー、お前本当に白いなぁ。こんなに痩せちゃって……早く起きて飯食ってさ。元の体に戻ってくれよ」
ルーシーとはデザートを食べた中ではあるが、普通のご飯は食べた経験がない。
「俺はあんまお腹に溜まらない病院食を食べ始めてるぞ。早くルーシーと一緒に食べたデザートも食べられるようになりたいな……」
とりあえず少し腎臓に関する薬を飲みながら体調を見て、徐々に食べる食事の量や幅を増やしていくとのことだ。
俺は退院して問題なく動けるようになったら学校に復帰する予定だった。
今では小学校の友達も病室に何度も遊びにきて、会話して過ごすことも多くなった。小学校の女子とはあまり関わらなかったが、なぜか俺のお見舞いまで来てくれて、男子共々仲良くなっていった。
だから皆が来てくれたことで、学校にいる時とそんな変わりない日常になっていた。
俺は学校の勉強もしたりもしている。成績が良いほうだったし、できれば落としたくなかった。
「そういやルーシー。お前も結構頭良かったよな? テストの点数の話を聞いた時、満点だったとか話してたもんな。勉強頑張ってたんだよな。それとも少ない勉強でも点数がとれる天才だったのか?」
俺にはまだまだルーシーの知らないところがたくさんある。たった一週間だ。ルーシーを知るには全然足りないよ。
もっと知りたいよ。会話、足りないよ。
ルーシーいつ起きるの? 早く起きてもっと話そう? ルーシー……ルーシぃぃ……。
「ちゃんと起きるんだよな? このままってことはないよな? 起きたら俺のこと忘れてるとか言わないよな? 俺はルーシーのことで頭がいっぱいだよ……」
しばらく俺はルーシーに話しかけた。
その後時間になり、ルーシーの父が戻ってきた。
するとそこにはルーシーの母親もいた。
「光流くん。ルーシーのこと、本当にありがとうね。起きたら、この一ヶ月で聞いた光流くんのお話をルーシーにたくさん聞かせてあげるから、安心してね」
流暢な日本語を話すルーシーの母。とても綺麗な人で、着物がデフォルトのようだった。日本が大好きなのかな。
「ありがとうございます……」
ルーシーの父や母には、俺とルーシーの出会いから、俺がどんな人なのか、家族のこと含めて全部話した。
だから情報的には俺がいなくても十分にルーシーに伝えられるはずだ。
俺は最後に少しだけルーシーの包帯の顔に手を触れる。
「じゃあな、ルーシー。またいつか、会える日を楽しみにしてる……」
俺は涙目になりながら、ルーシーの包帯の顔を目に焼き付けた。
「では失礼します……」
俺はルーシーの両親に深く礼をして、その場を去った。
――その時、ルーシーの顔から何か小さな乾いた皮のようなモノが剥がれ落ちたことに、誰も気づかなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、意識のないまま、ルーシーはアメリカに旅立っていった。
次に会えるのがいつになるのかわからない。何週間後なのか、何ヶ月後なのか、それとも何年後なのか。
毎日ルーシーのことを考えながら、俺はついに退院の日を迎えた。
体は完全に復活し、体を動かす筋肉が衰えていたので、運動もゆっくりと再開することになっている。
「ただいま……」
約二ヶ月ぶりに帰ってきた我が家。二階建ての一軒家だ。地下室があるのがちょっと特殊な造りになっている。
父さんもある程度稼いでいたらしく、家には結構お金をかけたらしい。
「おかえりなさい!!」
父さんと一緒に家に帰ると、母と姉が玄関で待ち構えていて、クラッカーを鳴らして俺を歓迎した。
「ワンワンワン!」
もう一人、うちの家族が俺に突進してきた。
黒豆柴のノワちゃんだ。
フランス語で黒の意味を持つノワールを省略して『ノワ』と名付けた。ちなみにオスだ。
「ノワちゃん久しぶり〜っ!」
俺を覚えていたのか、尻尾をぶんぶん振って飛びついてくる。あぁ可愛い。
俺もノワちゃんの体をよしよししながら家の中に入っていく。
するとテーブルの上にお洒落なホールケーキが置かれていた。
デザートも食べて良いと言われたので、今日は久しぶりに食べられるようだった。
俺は家族の歓迎を受けて、久々の家を堪能した。
夜、病院のベッドではない、寝慣れたベッドで眠ると、久々に深く眠れた気がした。
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