5話 手術
俺は今手術室のベッドに寝ていた。
手術は同時進行で行われるそうで、とても大掛かりだった。
ルーシーとすぐ隣で手術が行われるのではなく、一緒に手術は受けるが、別室で手術となるようだった。
手術室に運ばれる途中。ルーシーと一緒に運ばれた。
意識のないルーシーは、浅い呼吸だけしており、食事を点滴だけで過ごしたからか、どこか痩せ細っているように見えた。
俺は看護師にお願いして、手術室に入る前にルーシーの手を指先で握らせてもらうことにした。
「ルーシー……絶対生きような。俺の腎臓、お前にやる。……ほら見ろよ俺の体。今じゃお前と一緒だぜ? 腎臓をお前にやったら、また一緒のものが増えるな……だから……だから……皆を信じてぐっすり寝てろ」
その話を聞いていた、看護師達が少し泣いているのがわかった。
「光流くん……絶対うまくいくからねっ! 先生を信じて。凄いお医者さんなんだから」
「はい……お医者さんも、看護師さんも信じてます。絶対、うまくいくって……」
そうして、俺とルーシーは別々の手術室に運び込まれた。
「光流くんおはよう。昨日も話したね。今回君たちの手術を担当する
天王寺先生は見た目だと50歳くらいに見える医者だ。優しい声とは裏腹に目つきは真剣だった。
そして歴戦の覇者のような雰囲気を纏っているように感じた。
「はい、先生。信じて、ます……」
既に麻酔をされ、意識が朦朧としていた俺は、最後に先生と会話を交わす。
そうして、俺は眠った。
◇ ◇ ◇
「光流……光流……」
「ルーシー……頼む……」
手術室の外、病院のメインフロアの受付付近の椅子に座っていた九藤家の家族と宝条家の家族たちが祈るような面持ちで手術が終わるのを待っていた。
俺の手術は四時間に及んだ。同時にルーシーの腎臓摘出手術も四時間ほどかかった。
どちらも問題なくスムーズに終わった。
「光流……!! 光流……!!」
手術が終わって、目覚めた俺の元に家族がやってくる。
母が泣いて飛びついてくる。
俺は死ぬことはなかった。生きて、ルーシーに会う。第一段階はクリアしたようだった。
元々怪我をして包帯まみれだったのに、さらにメスを入れて傷を広げた。
しかし俺を担当した天王寺先生は名医だった。メスを入れた傷跡はほぼなく、しかもこれから俺は成長して細胞も入れ替わるので、傷跡はほとんどなくなるそうだ。
「母さん、父さん、姉ちゃん……」
あまり涙を見せない父も目を赤く腫らしていた。
そして、ここからルーシーの腎臓移植手術が始まる。
俺は再び病室に運び込まれ、あとは待つだけだった。
◇ ◇ ◇
俺は眠れなかった。しかし、手術の疲れの影響が勝手に体に出たようで、いつの間にか眠っていた。
――夢を見た。
「ひーちゃんっ!! どこ見てるの? ほらっ、こっちだって!!」
光流ではなく"ひーちゃん"という呼ばれ慣れない名前。
どこか優しくて、久しく聞いていない声。でも知っている声とは違う、少し大人になったような声だった。
目の前には砂浜が広がっていて、そこを誰かが走っていて、俺を呼んでいた。
麦わら帽子を被り、美しいブロンドの髪をたなびかせ、白いワンピースを着た女性が白く細長い手足をぶんぶんと振ってはしゃいでいる。左腕には銀色のバングルが太陽の光に照らされ、キラキラと輝いていて。
女性にしては身長が高く、男子なら誰しも好きな"ある部分"が体の細さに似合わず、相反するような大きさで揺れ動いていた。
「ひーちゃんっ!! ……私のこと、もう忘れたの? じゃあ、これでどう? …………光流っ!!!!」
彼女の横顔が少しだけ見えた。白く、透き通ったような、清涼飲料水のCMに出られそうなくらいきめ細やかな肌。
ガンガンと照っている太陽の光を、その肌の白さ――肌の強さが濃い紫外線すら跳ね返しているように見えた。
本名を呼ばれた俺はドキッとする。いつか、どこかで呼ばれたような、少し上ずった声。でも少しだけ大人になったような声。……胸が高鳴る。
「早くっ! 光流っ!! もっと走って!!」
笑顔の横顔。俺は必死に女性を追いかけた。
「待って!!!」
必死に、必死に追いかける。砂浜は足がいちいち沈み込んで走りにくい。
なぜか彼女は足が速い。なかなか追いつけない。
「もう……遅いんだから……」
彼女が立ち止まり、こちらを振り返り俺の方に歩いてくる。
すると逆光の中、ゆっくりと麦わら帽子に隠れていたその顔が少しだけ見えてくる。
ブロンドの髪に似合う綺麗な青い瞳、そして長いまつ毛。少しだけ彫りの深い骨格。身長の割に少し幼い人形のような小さな顔。小さな頃と変わらない、ぷっくりと潤った薄ピンクの唇。どこかで記憶にある人と似たような顔。
――でも記憶の人物と違ったのは、吹き出物一つない綺麗すぎる白い肌だった。
「光流、これ覚えてる……? 私達の、最初の……」
その女性は何かを求めるように両手を広げる。
「それって……」
覚えている。感触が、華奢な体が……そして、彼女の匂い。
俺はゆっくりと彼女に向かって歩いていく。
彼女も俺の方へとゆっくり歩いてくる。
砂浜を蹴り上げる、ザッザッという音。優しい海の波音だけがその空間に響いていた。
俺は手を広げた。体が覚えている。彼女の、彼女との最初の……。
俺と彼女は抱きしめあった。
これは――、
『二人がもっと特別になる……その記念日』。
その瞬間、一気に風が舞い、麦わら帽子が空へと飛んでいった。
麦わら帽子の下にある顔が全て露わになった。
俺はもう一度彼女を見ようと、抱きしめあっていた状態から、少し距離をとって彼女の肩を掴む。
「ルーシーっっ!!!」
太陽の光が急に目に入ってきて、目の前が見えなくなる。
――俺は夢から覚めた。
「はぁ……はぁ……」
汗だくになっていた体。病室の窓を見ると、外は既に暗くなっていた。
「何か、大切な、特別なものを、見てた気がする……」
夢を見ていたはずだったが、俺は全て忘れていた。
ただ、何か懐かしいような、懐かしくないような。未来を垣間見たような不思議な感覚。
時間を見ると十九時。俺の手術が終わったのが十四時だった。そこから五時間も経過していた。
「ルーシーの手術……」
病室には少し前まで人の気配があったようだが、今は誰もいなかった。
「光流っ!!! 光流っ!!! 起きてたの……?」
母が勢いよく扉を開けて俺の病室に入ってきた。
「光流……よく聞いてね……はぁ……はぁ……」
「うん……」
母が息を切らしながら何かを言おうとする。
「ルーシーさん……手術、成功したそうよ」
そう聞いた瞬間。俺の世界の時間が止まった。
走馬灯のようにルーシーと過ごした一週間が、鮮明に蘇ってきた。
「ルーシー……ルーシィィ……うっ……うっ……」
俺は自然と涙が零れた。やった、良かった。俺は生きてる。ルーシーも……多分生きてる。
ルーシー。会いたいよ。ルーシー、ルーシー……。
「光流、聞いたのか……」
そこに父、そして姉がやってきた。
「手術は成功した。ただ、ここからも勝負のようだ。時間が経過しても拒絶反応が出ないかとか、あとはいつ意識が戻るのかというのもある……」
「そうだよね……」
手術前から聞いていた。成功してもその後も大変だと。
そして俺の入院は一ヶ月から二ヶ月くらいになること。ルーシーはもっと、もっとかかるということ。
人まずは安心して、いいよな……いいんだよな。ルーシー?
俺は安心したからか、もう一度深く睡眠をとった。
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