4話 遺書は書かない

 宝条家がいなくなった俺の病室。

 また家族だけが残った。


「宝条さんの名刺……とんでもない財閥の社長さんじゃないか……」

「そうらしいね……」

「光流、お前凄い人物と知り合ってたんだな」


 さすがに父も驚いていた。


 それから、家族にやっと俺とルーシーのことについて話した。

 ルーシーの病気について話すのは、ルーシーの許可を得てからじゃないとなんか違うかなと思ったので、そこはぼかして話した。


 たった一週間。されど一週間。俺にはこの短い十年で一番濃厚な時間を過ごしたと感じていた。

 ただ車の中で会話していただけなのに、そう感じた。


 そんな俺たちの話を家族にも話した。


「あんた、ルーシーちゃんって子のこと好きなのね……」


 姉に指摘された。そうだ、俺はルーシーのことが好きだったんだ。

 今まで誰か人と会うことにこんなに興奮したことはなかった。毎日学校が早く終われと思っていた。

 学校が終わってすぐさま公園に向かって。いつの間にか走る速度が早くなって、ついにはルーシー達が到着する前に公園で待っているようにもなった。


 あまりにも待ち遠しかったあの時間。最初の頃は少ししか笑わなかったルーシー。

 でも会話していく内にどんどん笑顔になっていって。

 包帯越しでも十分にそれを感じた。俺もとても楽しかった。





 ◇ ◇ ◇





 翌日、医者と話したルーシーの父と母、そして氷室さんが俺の病室にやってきた。

 姉は学校なので、仕事を休んだ父と母が同席している。


「九藤さん。医者と話をしてきました」

「はい。お待ちしていました」


 二人が面と向かって真剣な表情で話をする。


「まずはルーシーの状態から、今の腎臓の損傷状態だと、もって三週間だそうです。そしてまずは腎臓が適合するかどうか、血液検査などの検査があるそうです。ちなみに二人の血液型はどちらもO型でしたのでそこには問題はないそうです。ちなみに移植は血液型が不一致だとしても最近の手術では問題なく適合することが多いようです」

「はい、ではまずは検査からということですね……」


 俺はその話の中で、『もって三週間』という言葉に衝撃を受けた。

 それはつまり、後一ヶ月もしないうちにルーシーは死んでしまうかもしれないということ。

 俺にもなんとなく理解できた。


「そしてここからがもっと重要です。もし適合し手術が可能だとわかったとして、手術の難度は高いとのことです。腎臓摘出に腎臓移植、二つの手術があるからです。これはルーシーの話ですが、さらに光流くんにも重要な話となります。腎臓は一つ摘出しても人間は元気に生きていけるそうです。しかし、手術というのは成功不成功があります」

「はい……」


 俺たちは息を呑んだ。


「それは、光流くんが手術で死ぬ可能性もあるということになります。これまでの歴史でもドナーが死亡した事例があるとのことです」

「…………」


 それを聞くと、誰もしばらく声を発しなかった。


「ルーシーのお父さん、僕はもう決めてます。ルーシーに腎臓をあげます。今の俺はルーシーが生きていない世界は考えられません。俺はどんな危険があっても変わりません」

「そうか……そうか……光流くん。ありがとう……」


 既に家族内で話し合って、俺がドナーとなることは決めていた。

 もちろん手術でのドナーの死亡事故はルーシーの父が話す前にも自分たちでネットで調べていた。

 だから俺の意志が揺るがないとわかり、死ぬ可能性もあることがわかると、母はまた泣き出した。


 こんなに俺のことで泣いてくれる人がいるなんて、俺は幸せものだ。

 でも俺はここで死ぬわけにはいかない。片方だけが生き残るなんてことも許さない。

 ルーシー、俺。どちらも生き残って元気になる道しかないんだ。




 ◇ ◇ ◇




 さらに翌日。ルーシーの意識は未だに戻らないそうだ。


 財閥の力なのかわからないが、即座に俺とルーシーの適合検査が朝から行われることとなった。


 結果、適合は問題ないと判明した。


 これで前に進むしかなくなった。それと同時に俺が手術で死ぬかもしれない可能性も出てきた。


 こういう時、遺書を書いておいたほうがいいらしい。

 でも俺は成功を確信していた。なぜか? 俺がそう望んでいるから。ルーシーと生きる未来を。

 だから、遺書なんか書かなかった。家族には病室で一緒にいる間、たくさんの言葉を交わした。


 家でもたくさん話していたが、とにかく病室ではもっとたくさん話した。

 姉も学校が終わってすぐに病室にやってきて、さらに女友達を数人連れてきた。

 なんか流行っているらしい謎ダンスで俺を励ましてくれた。正直意味不明だったが、俺の気が紛れた。


 それから、手術の実施日が三日後に決まった。

 ちなみにこの病院は宝条家が手配した信頼できる病院らしく、かなり手厚い待遇を受けていたらしい。


 後でルーシーの父に全て医療費はこちらで持つと言われたそうで、俺の父もさすがに驚いていた。


 手術の前日には話を聞きつけた小学校の友達が先生と一緒にお見舞いにやってきて、会話を楽しんだ。

 友達もみんな良いやつだ。最近はルーシー優先で一緒に遊んでいなかったけど。


 俺とルーシーの関係も話したので、今度ルーシー紹介しろなんて言われた。

 茶化したいだけなのが見え見えだった。元気になったルーシーと仲良くしてくれるかな……。


 病院のベッドの上なのに騒がしい日々を過ごした。



 ――そうして、ついに手術の日がやってくる。





 ー☆ー☆ー☆ー



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