第4話
「あ、ヘルプで入った事があるのなら……」
「ええ。既にどこのロッカーを使えばいいか教えてもらったわ」
更衣室は厨房とは反対の場所にあり、実は出入り口からかなり近いところにあるのだけれど、バーのアルバイトの人には更衣室はないらしいけど、なくても特に問題はないらしい。
「それにしても驚きました。まさか新しいバイトが樹里亜さんだったなんて」
「私も驚きよ」
「でもどうしてこっちに? 確か県外の大学に行ったって聞きましたけど」
「!」
そう言うと、樹里亜さんは少し驚いた様な表情を見せた。
「私の親が言ったのね」
「あ、言いたくない事なら……」
「ああ。そういう事じゃないの。うーん……そうね、実は今はちょっと……学校はお休みをもらっているところなの」
「あ、そうだったんですね」
おしゃべり好きな二人の母とは月と疎遠になってからめっきり会わなくなっていた。でも、樹里亜さんの進学先に関しては疎遠になる前に教えてくれたからよく知っている。
ただ……まさか休学中だったとは。
「えと……その」
月も頭が良かったけれど、樹里亜さんも頭が良かった。確か大学も……でも、そんな人でも休学する程大変なのだろうか。
「ああ。気にしなくていいのよ。ちょっと自分を見つめ直したいって思っただけだから」
「そうなんですか。あ、じゃあこのバイトも……」
「その一環……かな。今までアルバイをした事がなかったから」
「会社の社長さんの娘ですもんね」
そう、樹里亜さんは社長令嬢でかなりのお金持ち。そして、彼女の弟である月もまたそうである。
きっと一般庶民の私には分からない苦労などがあるのだろう。
ただ、その苦労などを知らずに「恵まれたヤツ」と言ってその事実を良く思わないヤツというのはフィクションに限らずいる。
そして、私が月と仲良くなったのも「それ」が理由で、同級生たちに絡まれていたところを助けた事がきっかけで仲良くなったのだ。
でもまぁ、小学生でしかも低学年の時なんて女子の方が身長が高い……なんて多いし、力の差もまだそんなになかったからこそ、簡単に助けられたのだけど。
そういえば……あの後その同級生たちにちょっかいをかけられる事もなかった。次の日くらいに何かしらしてくると思っていたからちょっと拍子抜けだったのを覚えている。
いや? その前に……その子たち。次の日学校に来ていたかどうかすら謎だ。何せクラスが違ったし、そもそも興味もなかったから。
「でも、まさか面接したその日に入ってと言われるなんて思わなかったわ」
そんな昔の事を思い出していたけど、樹里亜さん言葉で現実に戻った。
「よくあるの?」
「あー、はは。まぁ……結構?」
なんて言いながら庭川威をしておどけて見せると、樹里亜さんはなぜか治作「フフ」と笑う。
「ああごめんなさい。未麗ちゃん、変わらないなぁって」
「え? そうですか?」
私の小さい頃を知っている人はあまり多くはないのでそう言われてもあまりピンとこない。
「ええ、ずっと可愛い」
「え、いやぁ……」
普段「可愛い」なんて言われた事がないので思わず照れてしまう。
「フフ。本当に可愛いわね」
「か、からかわないでくださいよ」
なんてちょっとした言い合いをしつつ着替えを済ませると……。
「それにしても……ここのお店の制服ってものすごくシンプルね」
「そう……かも知れませんね」
そう言いつつ制服姿を確認してみると……確かにシンプルかも知れない。
このカフェの制服は支給されるカッターシャツとエプロン。そして帽子……とこの辺りはごくごく普通かも知れない。パンツは自分たちで用意しているけど、指定は「黒」となっていて靴も派手なモノは厳禁。
髪は出来る限りまとめなくてはいけないため、樹里亜さんも髪をきれいにまとめて帽子の中に入れている。
ちなみに私は髪が長くないため、帽子を被るだけでいい。
「それでは準備の方は……」
そう言いながら樹里亜さんを確認すると「準備万端よ」と言わんばかりにメモ帳とペンを見せた。
「――大丈夫そうですね。じゃあ行きましょうか」
その「やる気満々です!」と言わんばかりの樹里亜さんの態度に少し笑いそうになりながらも、何とか堪えて二人で一緒にフロアへと向かったのだった。
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