第3話


「え、未麗……ちゃん? 久しぶりね」


 まさかな登場人物に思わず固まってしまったけど、目の前にいるのは正真正銘『あかつき樹里亜じゅりあさん』だった。


「え、じゃあ新しいアルバイトって……」


 そう言いながらマスターの方を見ると、小さく頷いた。どうやら新しいアルバイトは樹里亜さんで間違いないらしい。


「あ、そう……なんですね」


 決して気まずい……とかそういう事じゃない。もしこれが彼女の弟だったら……話はちょっと違ったかも知れないけど。


 いや、意外に気まずくないかも知れない。


 何せ、私と樹里亜さんの弟君である『あかつきるな』とは小学生の頃から友達で、実は樹里亜さんとはたまに一緒に遊ぶくらいであまり接点はなかった。


 要するに私が単純に憧れていた……というだけの話である。


 やっぱりお淑やかで年はそんなに離れていなくても「年上のお姉さん」というのには憧れを持つのだろう。


 ちなみにその弟君の月も、私と同い年であったけど、お互い違う高校に進学してからは疎遠になってしまったのだけど。


 まぁ、私は県立の高校で彼は私立の進学校に進学したから……勉強が忙しくてお互い生活のリズムが合わなくなってしまった……というのが一番の理由だと思う。


 それでお互いなかなか時間が合わなくなってしまって会う事もままならなくなってしまった……というのもあるとは思う。


 そもそも月とは家がお隣のご近所さん同士だったワケではなかったから。


 結局。高校生になってから初めて行った夏祭りが二人の最後の思い出になってしまった。


 ただ、あれが最後になってしまうのであれば、もっと楽しんでおけば良かった……なんて、今更ながらちょっと残念に思っている。


 そしてそれ以来なかなか会える機会がなく、どんどん連絡も取らなくなり……今では音信不通になってしまった。


 だから……という事は関係なく、樹里亜さんはその前に県外の大学に進学したため、会う事自体久しぶりで、この再会は本当に「まさか」だ。


「ん? 二人とも知り合い?」


 そんな私たちの関係を知らないマスターが不思議そうに問いかける。


「あ、はい。知り合いです」

「昔よく弟と遊んでいて、私とも仲良くしてくれていたんです」


 ニッコリと笑う樹里亜さんは昔も大人っぽかったけど、今ではすっかり大人の女性だ。でも、その笑顔の中にも私はどこか懐かしさの様なモノを感じた。


「へぇ、なるほどなぁ」


 マスターとしてもアルバイト同士、従業員同士仲が良い事に越した事はない。下手に相性が悪くて仕事場の雰囲気が悪くなるのは避けたいだろう。


 だから、私たちが「久しぶり~」なんて言いながら笑顔で話している様子を見て一安心したらしい。


「ああそうだ。暁さんは一度だけヘルプに入ってもらった事があって、基本的な事は出来るから」

「え、ヘルプ?」


 サラリと言われた事実に私は思わずマスターの方を向く。


「採用したその日に限って急に混みだしてね。僕だけじゃ手が足りなくて息子にも出てもらったんだけど……」

「ああ、なるほど」


 正直、お店の混み具合というのはなかなか読めなくて、日によって違う。


 いつもであればマスターだけでどうにかなるけれど、たまに一人でどうしようもない時は息子さんにも手伝ってもらう。


 ただ二人がかりでも限界な時もあり、どうやら樹里亜さんが面接をした日は正直猫の手も借りたい状態になってしまった……という訳だろう。


 でも、混みだしたタイミングで他のアルバイトを呼び出してもそのアルバイトが着いたタイミングで忙しいとは限らない。ひょっとしたらその頃にはピークは過ぎているかも知れない。


 そもそも忙しいのは「今」なのだから。


「それは……大変でしたね」

「フフ。そうね」


 なんて樹里亜さんは昔と変わらない様子で楽しそうに笑っている。でもまぁ、実はこういった話はよくある。


 現に私が面接をした時もそうだった。確か「それじゃあ、スタートはこの日からに――」なんて話をしている時にちょうど団体のお客様が来て「とりあえず料理だけ出してくれればいいから!」なんて言われて右も左も分からないまま急遽ヘルプに入ったのだ。


 今となっては懐かしい話だ。


「だから今日はレジを教えてあげて欲しい」

「分かりました」


 マスターからそう言われると、樹里亜さんは私の方を向いて「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 こうした事はキチンとしておいた方がいい。たとえ形式的であったとしても……。


 これは私が生きてきた中での一つの教訓でもある。


「じゃあ準備して来てくれるかい? そろそろ時間だから。あ、分からない事があったら僕か未麗に」

「分かりました」


 そう言って笑う樹里亜さんを連れ、出入口のすぐ左側にある更衣室のドアを開けた――。

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