第5話
マスターからの要望は『レジ打ちのやり方を教えて欲しい』というモノ。
ただ、実はここでのレジは基本的にメニューに書かれている値段を手で打って……なんて面倒な事をする必要はなく、メニューが書かれているボタンを押すだけで良い。
つまり、最悪メニュー全てを覚える必要はない……というわけである。
ただややこしいところがあるとすれば、それはせいぜい支払い方法の違いで押すボタンが違う程度か。
本当に一言に「支払い」と言っても現金とカードだけだったところに「電子マネー」というモノが増えた。
これが少し手間なんだけど……でも、それもただ単純に「手間」というだけで、あまり難しいとは……言いにくいところだけど、それはあくまで「私に言わせてみれば」という話である。
私もアルバイトの経験はこのお店だけだけど、それでも一応ここで働いて一年は経っている。
そんな私と、ヘルプで一回だけ経験している樹里亜さんとではそもそも土俵が違う。つまり、比べる対象の経験値が違うのだ。
ただ、樹里亜さんは急遽とは言え一度ヘルプに入っている。
その時、レジ打ち以外に何をしていたのか分からないけど、私の経験上。接客も既に経験済みと見て間違いないだろう。
――全く。今までアルバイトの経験のない人をいきなり接客に出すなんて……と言いたいところだけど、多分。本当にそんな事を言っている暇なんてなかったのだろう。
「じゃあまず。例えばの一例で話しますね」
「はい」
そう言いながら樹里亜さんは早速メモとペンを持つ。
「まず、朝・昼・晩のメニューのボタンはこの一角にあります。ドリンクやデザートなどは全てメニューの料金に含まれているのでランチなどのセットメニューは基本このボタンを押すだけで良いです。後、ケーキセットはこのボタン。単品のメニューは――」
一応、一通り全体の流れと現金やカードなどの支払い方法の違いをザッと説明し終えて「とりあえずこれだけ出来れば問題ないと思います」と言いながらチラッと樹里亜さんの方を見ると……。
「ありがとう。とりあえずやってみるわね」
メモを凝視しながら「このボタンを押して――」なんて一人ブツブツ呟いて確認していた樹里亜さんだったけど、私の視線に気が付いたらしく、笑顔で答える。
「はい」
このレジには普通に打つこと以外に「トレーニング」というモードがあり、レジを試し打ちが出来る。そこで練習してみると……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――こんな感じかしら?」
多少ぎこちなさはあるものの、とりあえず打ち終わった樹里亜さんが「どう?」とこちらの方を見る。
「――そうですね。ただ、樹里亜さんのシフトを見る限り『モーニング』を押す事はないかと」
一連の流れを見て気になったところを苦笑い気味に言うと、樹里亜さんは「え?」と不思議そうに自分の打ったレシートを見て……。
「あ、あらあら。ごめんなさい」
ようやく自分が『モーニング』で打っていた事に気が付き、照れくさそうに笑った。
「本番では間違えないようにしないとね。さすがに『モーニング』と『ディナー』じゃ全然違うから」
「そうですね。モーニングとディナーでは五百円以上の差がありますから」
「それもそうだけど、そもそも全然違うもの」
「……そうですね」
こうしたおっちょこちょいな部分もあるけど、ちゃんと自分で間違いに気が付いているのであれば問題はないだろう。
ただもし懸念があるとすれば……それはこういった時に限ってたくさんのお客様が押し寄せてフォローに入る暇もないと状況になってしまう……という事だ。
贅沢な悩みだとは分かっているけど、やっぱり昔の知り合いで年上だったとしても、慣れていない最初の内は出来限りフォローに入って確認したいところである。
いや、大丈夫だと思っているし、分かってもいる。それでも、やっぱり万が一と言う事は考えるべきだろう。
「フフ。今日はお客様どれくらい来るかしら?」
「正直、読めませんね。もう少し経てばゴールデンウィークが始まるので地元に帰省したお子さんを連れた家族連れなどでごった返すんですけど……」
そう、今はちょうど世間で言うところのゴールデンウィークが始まる一歩手前。
ただまぁ、ゴールデンウィークで忙しくなるのが目に見えていたからこそ、マスターは忙しくなる前のこの時期にアルバイトの募集をかけたのだろう。
ただ、一つ「どうして新学期や新生活が始める四月じゃなかったのか……」という疑問は……ちょっとあったけど。
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