第四章 幸先不安な旅路

第一話

 優しく頭を撫でられていて、心地がいい。まだ寝ていたい。

 誰が撫でてくれているのだろう? 縁?

 昔、よくこうして頭を撫でてくれていた記憶がある。懐かしい。

 そういえば、昨夜一人で過去のことを久々に思い出していたのだった。知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。

 天窓から射す朝日がまぶた越しに眩しく感じる。ゆっくりと目が覚める。

「お目覚めですか? 華様」

 目の前に金色の瞳を持つ、整った顔があった。

 どこかで見覚えのある――――。

「いやあぁぁぁぁ!!」

 バッチーンと思い切り平手をお見舞いする。外ではカラスが一斉に飛び立つ羽音が聞こえる。今のは、かなりいい音が響き渡った。

「姫様っ!?」

「鬼姫、どうしたっすかっ!!」

 縁と冬夜が声を聞きつけたようで、すぐに部屋へ飛び込んでくる。その場にいる全員の視線が床に向けられた。 

「あたたた……」

 床に転がっていたのは、なんと烏丸だった。

「か、烏丸殿がなぜ、ここにっ!?」

 ほぼ悲鳴に近い声で叫んでしまう。縁たちも啞然としている。

「もぉー、朝から何をそんなに騒いで……って、あらまぁ」

 遅れて菜々桜が部屋にやってきて、目を丸くする。

 完全にこの絵面は烏丸が夜這いしていたようにしか見えない。

 当の本人は、頭をさすりながら起き上がった。

「ほんのちょっと前に様子を見に来ただけだったのですが……。大事になってしまいましたね」

「いやいや、なんでそんなに冷静でいられるんだっ!?」

「とても可愛いらしい寝顔でしたよ、華様」

 周りの視線など気にも留めず、にっこりと笑う烏丸に鳥肌が立つ。――――烏だけに。

 っていう冗談を言っている場合じゃない。

 普通の神経ではない。女子おなごの部屋に勝手に入ってくるなど、異常だ。それとも鳥にはそういう概念はないのか?

 悶々と考え込みそうになっていた傍らで、ドスドスと珍しく縁が荒々しい足取りで部屋に入ってきた。問答無用で烏丸の首根っこを押さえる。

「烏丸様、ちょっとこ・ち・ら・へ」

 明らかに目が据わっている。冬夜もジト目で見ていて、ズルズルと烏丸を引きずり、男性陣が退散していった。

 このあと、一体何が起こるのか……考えたくはない。

「あんたって、罪な女よねぇ」

「……えっ、どこがっ!?」

 しみじみとした雰囲気で、頬に手を当てた菜々桜も部屋を出ていく。状況がよく分からないまま、一人置き去りにされてしまった。

 ひとまず、服を着替えて荷物をまとめ、食事の部屋へ向かう。

 そこには既に全員揃っていて、頬を腫らした烏丸も席に座っていた。その痛々しい姿から何があったかは察しがつく。

 縁と冬夜は何事もなかったかのように、食事の準備をしている。



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