第十一話

 何かがおかしい。

 雷蔵は隠密を河上家に送っている。その隠密からは、流行り病で死んだと連絡が来ていたはずだ。それとも雷蔵が嘘をついていたのか。……いや、それはないだろう。話していて、嘘をついているようには見えなかった。それに隠密のお頭である梅も嘘をついているようには見えない。

 ということは――――、潜入している隠密が河上家と口裏を合わせて報告をしている?

 一人悶々と考え込んでいる間も慎之介の演説は止まらない。

「あの女、頼んでもないのに子を孕みやがって。家を追い出されてオレに押し付けられた時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ。まぁ、邪魔な子供もオレが殺したんだけどなっ!!」

 ブチッと何かが切れる音がした。同時に全身がカッと熱くなり、身体が勝手に動く。

 背にある金棒を手にして、縁たちを押しのける。

「ざけんなっ、てめぇーーーー!!」

「えっ、……ええっ!?」

「姫様!」

「鬼姫っ!!」

 背後で自分の名を呼ぶ声が他人事のように聞こえながら、渾身の力を両手に込めて金棒を振るう。

「死ねぇぇぇぇ!」

 ぐしゃあっと臓器の潰れる音や感触が金棒越しに感じた。けれど、身体は止まらない。何度も何度も殴る。

「姫様っ、おやめください!!」

 縁が背後から止めようと腕を掴んでくるが、頭の中は真っ白だ。何も考えられず、ただがむしゃらに振り回す。

「若様っ」

「若ぁぁぁぁ!」

 騒ぎを聞きつけた屋敷の者たちが、次々と刀を手にして出てきた。

「ひゃっひゃっひゃっあ! てめぇらの相手は俺っすよ!!」

 冬夜が風の如く、相手を斬り倒していく。

「冬夜様、助太刀いたします!」

 どこからか梅の声が聞こえ、白い煙が雲のように敵を一箇所にまとめ始める。まとまったところで、冬夜が一気に方を付ける。

 だが、自分の動きは止められない。血が滾る。金棒でひたすら慎之介を殴った。

「ちょっとあんた、いい加減にしなよっ!!」

 バチーンと右頬に鈍い痛みと共に口の中で鉄の味が広がる。

「つぅ……」

 続いて左頬も叩かれた。

「我を忘れるんじゃないっ! それでもあたし達の主なのっ!?」

 菜々桜の悲鳴に近い声が頭に直接響く。口の中は切れていて、鉄の味で充満している。

「目を覚ましなさいよっ!!」

 不意に菜々桜の声が昔に聞いた海花の声と重なる。今はもう二度と聞くことのできない彼女の声――――。

 金棒を持つ手の力が抜けていく。目からはぽろぽろと熱く塩辛いものが止めどなく溢れてくる。

「お……母さ……ま……」

「姫様っ」

 ふっと身体の力も一気に抜け、倒れる寸前で縁に抱きとめられた。

 自分が覚えているのはここまでだ。その後、意識を失い、気がつけば自分の部屋で横になっていた。

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