第三話

「お前をずっと騙していて、すまなかった」

「もう、いいです。一番辛かったのはお父様でしょう? このことは他の人たちには?」 

「梅しか知らない」

「えっ、梅は知ってたの!? 全然気付かなかった……」 

「お前を海花の代わりに育てると梅自ら言ってくれたのだ」

「そう、だったんだ……」

 一番身近にいた梅は、海花のことは何も悟らせなかった。ある意味で凄い人だと改めて感心してしまう。

「それで、この話には続きがある」 

「続き?」

「海花を寝取った男だが、流行り病で子供と……海花を同時に失ったのだ」

「え……」

 これまたショックな出来事というのは、立て続けに起こるものだろうか。

 言葉を失う。もう母がこの世にいない。二度と会えぬ人となってしまった。

「大丈夫か?」

 雷蔵は気遣わしげにこちらを見る。

 よく見れば、彼の目も充血していて顔には疲れが滲み出ていた。雷蔵も日頃の領主の業務をこなしながら、海花のことに心を痛め続けていたのだろう。

 ゆっくり首だけ縦に振り、話の続きを促す。

「近頃、領内で盗賊被害にあっている村が増えているのは、聞いているか?」

「……はい」

 突然、話が飛んだように思えた。

 何か母と関係しているのだろうか。

 不安が胸を掠める。嫌な予感がした。

「領内で問題を起こしているのが、実は海花を奪った男なのだ」

「……!!」

 思わず、息を呑む。まさか、憎き男が今回の盗難事件の主犯だったとは予想外すぎる。

「その男から今朝、文が届いた。今伝えた内容が書かれていた。それと……」

「それと?」

「お前を」

 そこで雷蔵は言い淀む。

 何かよっぽど言いづらいことなのだろう。

 首を傾げつつ、次の言葉を待つ。

 やがて、雷蔵は顔を歪めて吐き捨てるように言った。

「お前を後妻に寄越せと言ってきよった」

「はぁ!? 後妻ぃぃぃぃ!?」

「華、口調が乱れてるぞ」

「んんっ、……失礼しました。でもお父様、それを許すなんて言わないですよね?」

「当然だ! 海花に続いてお前まで奪われてたまるかっ!!」

 肩を震わせながら、怒りの形相で雷蔵が太腿を拳で叩く。

「あたしもそんな最低男の所になんて行きたくありません」

「ああ。だから、村の被害を止めるためにこの手でそいつを殺めようと思っている」

「しょ、処罰を下すということですよね? お父様」

 自分の耳を疑った。

 今、雷蔵の口から物騒な言葉が吐き出されたように聞こえた。空耳ではないかと信じたい。

 けれど、あっさりとその期待は裏切られる。

「いや。わしがこの手で奴を殺す。その後、わしも海花の元へ行くつもりだ」

「な、なりませぬ! お父様、冷静になってください!!」

「わしは冷静だ。華、お前に鬼ヶ崎家当主の座を譲り渡す。こんな形で、引き継がせることになって申し訳ない。だが、わしの意思は変わらん」

「お父様っ!」

「話は以上だ。もう行ってよい」 


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