第二話

「最近、調子はどうだ?」

「まずまずです」

「そうか。稽古に励むのも良いが、芸事もたまには」

「お話がそれだけでしたら、失礼します」

 いつものお説教が始まりそうな気配を感じ、立ち上がりかける。

 けれど、雷蔵の「待ちなさい」という低い声で動けなくなる。

「とりあえず、座りなさい」

「……はい」

「本題はこのことではないのだ」

 どこか話しづらそうに、雷蔵は目を一瞬だけ左右に動かす。そんな姿は珍しい。

 やがて、意を決したように再びこちらを見つめた。

「お前の母親のことだが」

「お母様……? 生きておられたのですかっ!?」

 母の海花うみかは数年前に突然行方をくらませ、その後ずっと探し回っても未だ見つかっていなかった。 

 何故、鬼ヶ崎家を出て行ったのか? もしくは誰かに攫われたのか?

 様々なあらぬ噂もされていたが、あたしは必ず帰って来てくれると信じて待っていた。

「どこで何を……!」

「落ち着け、華。まず、お前に謝らねばならない」 

「え?」

「海花は他の男に寝取られ、子を身籠ったため、わしがこの家からのだ」

「……は?」

 言われていることが理解できない。

 他の男? 子供? 家から追い出された?

 ――――これは夢だろうか。それとも何かの冗談?

 驚きのあまり固まっている間に、雷蔵は静かな声音で話を続けた。

「鬼ヶ崎家の領地から出て行ってもらい、暮らしの援助をしていた」

「いやいや、え? あたしはずっと嘘をつかれてたの?」

「すまない。まだ幼かったお前には本当のことを言えず……」

「しかも、何でお母様を追い出したの? そんな最低男を処罰下して、子供はお父様が引きと」

「許せなかったのだ!!」

 鼓膜がビリビリするほどの声量だった。常に落ち着いている雷蔵が初めて大声をあげたのだ。思わず黙りこむ。

「当時のわしは海花に裏切られた気持ちが強く、どうしても許せなかったのだ……」

 うなだれる雷蔵に少しだけ胸が痛む。

 代々、鬼一族の結婚は親が決めた相手と契りを結ぶことになっている。そのため、愛のない形だけの夫婦が多かった中、雷蔵と海花は違っていた。

 親族でもあり、幼馴染でもあり、互いに好きで恋愛結婚をしたらしい。親族同士だったのもあり、血筋も問題なかったとか。

 傍から見てもよく分かるほど、雷蔵は海花に惚れ込んでいた。

 確かに、好きなひとが他の男と寝た上に子供まで身籠ってしまっていたら、ショックなことこの上ないだろう。

 行方不明だと嘘をつかれていたことには傷付いたが、雷蔵の心の傷に比べたら大したことはない。ずっと苦しんでいたのは雷蔵だ。

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