タイトルは長い方が良いのか?
タイトルは本の顔。重要性は言うまでもなく、昔からどんなタイトルが良いのかは盛んに議論されてきた。
近年、ここに「長い方が良いのか、短い方が良いのか」という論点が加わるようになった。『俺妹』の大ヒットで議論が発生し、小説投稿サイトの隆盛に伴って定番化した、といったところだろうか。
しかし実はこれ、2000年前からとっくに結論が出ている。
タイトルは短い方が良い。
世界でいちばん売れた本のタイトルは何文字だかわかりますか?
はい、正解は「0文字」。
みなさんがよくご存じのあの本、正式なタイトルは無い。最もよく知られている呼び名である"bible"は、単に「書物」という意味の通称だ。頭を大文字にしてついでに定冠詞もつけちゃったりして、「ほら、あの本だよあの本。タイトルなんか無くたってわかるだろ? この世でいちばん重要な本で、みんな知ってるんだしさ」という態度が感じられる呼称だ。
最大ベストセラー=0文字なのだから、短い方が売れる。
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しかし短いタイトルにはひとつ難点がある。
短ければ短いだけ他とかぶりやすいのだ。
最短つまり0文字のタイトルなんて絶対に他とかぶるわけで、たとえば音楽の世界では「タイトルの無いアルバム」というのがけっこうたくさんあるのだが、飛び抜けていちばん有名なのはレッド・ツェッペリンの4th(これまたツェッペリンで最も売れたアルバムである。タイトルは短い方が良い!)。となれば「タイトルの無いアルバム」は自動的にツェッペリン4thを指すことになってしまって他は埋もれる。
かくなる上は「負の文字数」という概念をどうにかして作り出すしかないのではないだろうか。というかアラビア文字は右から左に読むからひょっとして負の文字数として扱うのではないか? だとすれば史上三番目のベストセラーがクルアーンであることにも納得がいく。
与太話はともかくとして、極端に短いタイトル、とくに漢字二文字の日常でもよく使うような普通名詞を書名にしているのを見ると、静かな尊敬と畏怖の念を抱かずにはいられない。そういうタイトルを選ぶのはきまって大作家だ。かぶりやすいとか検索性が低いとかせせこましいことは考えないんだろうな……。
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僕はというと、タイトルをつけるときに短いか長いかは考えたことがない。
というより、「タイトルをつける」という意識が薄い。どちらかといえば、「作品が自分で名乗ってくれる」みたいな感覚を持っている。訊きもしないうちに向こうから名乗ってくれるんですよ、調子が良いときは。
このタイプのタイトルは執筆前の構想段階から決定していることが多いし、執筆中に意識的にも無意識的にもタイトルへと寄せて書くので、しっくりとなじみ、出版時にそのまま決定となることが多い。
名乗ってくれないときは執筆段階から苦労する。まずもってしてファイル名やフォルダ名をどうつければいいのか悩むし、『学園もの(仮)』みたいな仮タイトルを目にするたびに違和感で執筆意欲が減退する(小説家は常に執筆意欲を減退させるものを鵜の目鷹の目で探し続けているのだ。遊ぶ口実になるからな!)。
前者なら必ず良いタイトルで編集者のお眼鏡にも適ってすんなり本採用されるか、というとそうでもなく、たとえば『さよならピアノソナタ』は執筆時は『クロウタドリの歌』というタイトルで、自分としては完全に決定のつもりで最後まで書き上げたのだけれど、担当編集に再考を促されて(たしかに地味だな……)と思い直し、改題した。という話はあとがきに書きましたかね? だから初稿では最終章の章題はたしか『夏』とかそんな素っ気ないやつで、真冬がテープを送りつけてくるくだりも丸ごと存在しなかったのだ。
しかし全体的な傾向としてはやはり最初から決まっている方がクォリティも本採用率も高い。最近はほとんど最初から決めて書くパターンばかりだ。
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編集部によっては、営業部なども出席する会議を通さないとタイトルが決まらないこともある。たしかに、タイトルは作品の一部であると同時に書影の一部でもあり、ありとあらゆる宣材で必ず使われる文言でもあるのだから、半ばプロモーションの範疇であるという考え方もあり得るだろう。文芸以外、新書とかビジネス書とかだとこれがむしろ一般的らしいですね(『新書はタイトルが九割』というジョークを聞いたことがある)。
僕が仕事をした中では新潮文庫がこのタイプで、会議に諮るためにタイトル案を複数出してくれないかと言われた。
めちゃくちゃ困った。
なにせ自分の中ではもう決定済みなのだ。複数案?
とくに困ったのが『世界でいちばん透きとおった物語』のときで、本文中にタイトルが出てくるので、タイトルが決定していないと入稿できないのである。しかたなくタイトル決定会議をかなり早めにしてくれないかと頼み、複数案と言われてもこれ以外まったく思い浮かばないのでどうしても必要ならなにか適当に出しておいてくれませんかとストレートエッジの担当編集に丸投げしてしまった。その節は、関係各位、たいへんお手数をおかけしました。
ともかく、かようにタイトルは重要なものなのだ。すぱっと決まらないときは担当編集ともども苦しみ悶えながら脳を絞る羽目になる。
良いタイトルは前述のように「作品からの授かり物」という感覚がある。
言語化が難しい小説創作術の中でも特に神秘性が高く、どうにかして降りてくるのを待つしかない、という分野だ。
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作家の集まりで「史上最強のタイトルはなにか」という話をすると、『日本沈没』や『すべてがFになる』などを抑えて最多票を獲得するのは『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』だ。
票を投じた人の中に実際に読んだことがあるのが一人もいない、という点まで含めて日本出版史上最強の書名だといっていいだろう。あやかりたい。
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