小説家に必要な才能

 みんな才能の話が大好きである。

 まず外さない鉄板ネタなので、講演会でももちろん話題に出すつもりでいた。

 たとえば「小説家に必要なのはまず一冊分の原稿を書き上げること。でもほとんどの人はこれができない」みたいなことをtwitterでつぶやけば今でも最低二桁はリツイートを集められるだろう。でもつぶやいた人がちょっと悦に入れるだけで、小説家になれるかどうか、やっていけるかどうか不安な人にとっては役に立たない。当たり前の必要条件の一つですからね。一冊分書けていて小説家になれていない人間は山ほどいる。

 一方でたとえば「江戸川乱歩賞を獲れば確実に小説家としてやっていける」みたいな話もやはり役に立たない。こちらは十分条件すぎる。

 必要十分条件ならいいのか? というとそんなわけでもなく、たとえば「小説家に必要なのは編集者と一定数の読者を満足させるクォリティの小説を生活に困らない程度に継続的に書ける力です」なんてのはどこに出しても恥ずかしくないぴかぴかの必要十分条件だが披露したところでだれも感謝も感心もリツイートもしてくれない。


 要するに、この手の話題を持ち出す人が真に求めているのは、「小説に人生の大部分を費やしても大丈夫なのかを知りたい」ということなのだ。だから即座に正確に判定できなきゃ意味がないのである。

 一番目の「小説家に必要なのはまず一冊分の原稿を書き上げること」という言説が一定数の注目を集めてくれるのは、これが少なくともネガティヴな方面では即座に正確に判定するのに役立つからだ。特に、当事者以外にとっては小説家に「なれる」話より「なれない」話の方がウケるし。自分の子供が小説家などというやくざな職を目指している親御さんなどにとっては心強い話でありましょう。


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 さて、ある人間が小説家になれるかどうかを挑戦前に100%の正確さで判定する、なんて虫の良い方法はもちろん存在しないわけなのだけれど、それに近いものとして、世間的にあまり注目されない、話題にされることの少ない「小説家の資質」について今回はいくつか言及したい。いくらかは役に立つかもしれない。


 まずは「学歴」。

 小説家に学歴が必須ではないことは他ならぬ僕自身が証明できているわけだが、それはそれとして一般的に小説家は高学歴だ。まわりで僕以外に高卒以下の小説家というと二人しか知らないし、一人は青山学院高等部、若くして作家デビューしたので高卒で止まっただけであって真っ当な人生を選んでいたらおそらく慶應あたりに進んで医者になっていたはずの人間である。もう一人は高校を中退してから大検を受けて立教大に合格、卒業できなかったので正確な意味での最終学歴は「中卒」ということになるが、世間一般で箔づけのために持ち出される意味での学歴としては立派な高学歴といえるだろう。あとはもう国立大卒か有名私大卒ばっかり。

 学歴が小説家にどう関係するのかについては結論を後回しにしよう。


 次に「実家の太さ」。

 小説家は実家がそれなり以上に太いことが多い。かくいう僕も両親とも小学校教諭で、子供の頃は意識したこともなかったが、今になってざっと計算してみると立派なパワーカップルである(マジ激務ですが)。金銭面で苦労した記憶はないし、僕が雀荘をやめてから新人賞受賞するまでの数年間、ニートできたのも実家に余裕があったからだ。

 働かずに小説に集中できるくらいの財力があった方がいい、という話に思えるかもしれない。実際そういう面は否定できない。しかし雀荘をやめてから執筆量が増えたかというとそんなことは全然なく、発生した自由時間はすべてマジック・ザ・ギャザリングとフリーゲーム制作に充てられて執筆量はむしろ減った。前に書いた通り、兼業が仕事をやめても小説に費やす時間は増えないのである。では実家の太さは小説家にどう関係するのか、これも結論を後回しにしよう。


 そして「国語の成績」。

 これはまあまあ話題にのぼるかもしれない。「小説家なのに学生時代は国語の成績が悪かった」という話の方が意外性があってウケるので注目されがちだけれど、概して小説家の国語の成績はやはり好い。「漢字・古文・漢文以外で国語に苦労した記憶がない」と大抵の小説家は言うだろう。実際に僕もこのくだりを書くにあたって去年の共通テストの国語を最初の正岡子規と硝子障子の問題だけやってみたが、ちゃんと全問正解できた。ていうか漢字問題すらも選択式なんですね(当たり前か)。これではむしろ漢字の方がサービス問題だ。

 しかし国語の成績だけでは小説家になれない。どう関係するのか、これまた結論は後回しにしよう。


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 ところで、「才能」は「努力」とワンセットで語られがちで、この場合の前者には明らかに「先天的」というニュアンスが含まれている。今から頑張っても挽回しようのない要素があるかどうかをみんな気にするわけで、やはり「小説に人生の大部分を費やしても大丈夫なのかを知りたい」わけだ。

 これに関連してよく持ち出されるのが、「はじめて書いた小説でデビューしてしまう小説家がいる」という話だ。

 実際に僕が知っている限りでも、それまで小説なんて書いたこともなかったけど第一作で新人賞を獲った、という小説家が複数人いる。

 他の芸事ではまったく考えられない、文芸に特有の怪奇現象だ。ピアノをそれまで一度も弾いたことがなかったのに最初の演奏でコンクール優勝とか、絵を描いたことがないのに最初の一枚で入選とか、ダンス経験ないのにオーディションではじめて踊って受かるとか、あり得ないでしょう?

 生涯初作品でプロ、が起こり得るのは文芸だけだ。

 いわゆる「才能」だけで書けてしまう、ということだろうか? 小説を書くには先天的に備わったなにがしかの素養がなにより大切、という結論になるのだろうか? いやいや、そうではない。

 これは文章がすべて、という文芸の特性に由来する。まず一つに、文章は日常生活で使用するので小説を一切書かなくてもある程度は書き方に慣れることができる。しかしより大きいのは二つ目の理由だろう。文章という表現は頭の中で考えたものと現実世界に出力されるものが寸分違わず等しい。表現のためのフィジカルな鍛錬、頭の中の理想の動きを現実の肉体になるべく正確に反映させるための反復練習の必要がまったくないのだ。

 つまり、小説を書くという行為の本質は「キーボードを叩くこと」や「紙にペンを滑らせること」ではなく「考えること」で、原稿に出力するのは技術介入の余地がまったくない単純作業に過ぎない。

(余談ではあるが、小説家は「画面とにらめっこしてものすごい速度でキーを叩いている」というような世間一般のイメージに反して、タイピングが格別速くない人が多い。左右の人差し指だけしか打鍵に使えないという信じられない小説家もいる。文字を並べる速度は考える速度に追いつけないので、タイピングが速かろうが大して意味がないのだ)

 だから、まったく書いたことがない人でも書けてしまうケースがあり得る。


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 しかし一方で、「まったく読んだことがないのに商業水準の小説を書けてしまった」という例は寡聞にして知らない。おそらく存在しないのではないか。前述の、処女作デビュー作家たちも、書きはしなかったが読むのは大好きで物語をたくさん摂取してきた人ばかりだ。

 小説家はみんな、実によく読む。

 物語がどんなふうに読み手の心を動かすのか、物語をいかにして文章で伝えれば効果的なのか、書くにあたって考えるべきことをどうやって学ぶかといえば、やはり自分が心動かされる物語をたくさん読んで参考にするのがいちばんだし、他の方法はたぶん無い。


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 小説を書くために必要なのはたくさん書くことよりたくさん読むこと。そしてたくさん考えること。

 これが、結論を棚上げしてあった様々な「小説家の資質」への回答になる。

 実家が太いと子供に物語を与える余裕が生まれやすい。いわゆる文化資本だ。高学歴の方は原因ではなく結果だ。経済的余裕があって文化資本もちゃんと積み上げるような家庭なら教育にも熱心だろうから子供は高学歴になりやすい。国語の成績も分析するまでもなく小説家の資質としては当然だろうという意見もあるかもしれないけれど、日本語能力以前に、小説家になるような子供って物語に飢えてるんで、国語の教科書は学年始めのもらったその日に全部読んじゃうようなやつばっかりなのである(実際にこれ小説家の集まりで訊いてみると同類がごろごろ手を挙げる)。そりゃ国語の成績は上がりますよ。


 ということで、みんな大好きな「小説家に必要な才能」は、結論としては「物語をしゃぶり尽くすように読んで、なにがどう心に響くのか学ぶ力」。そしてこれが後天的な努力で手に入るものかといえば「もちろん手に入るが、実家の太さや親の好みなどから決まる文化資本の影響がとても大きい」、となります。

 後天的な努力で手に入れるためにはなにを読めばいいか?

 断言できます。杉井光という小説家の著作が最適です。10冊ずつ買ってください。買うだけで効果があります! 病気も治るし金運も上がるし彼女もできます!

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