11 オーディス兄妹
少女の兄は、顔面を完全に覆う金属製の仮面を身につけ、全身を隠すような長いローブを身につけていた。ローブの色が黒ければ、誰でも彼を魔術師だと考えただろう。いや、それが紺色であったところで、やはりその人物は魔術師のように見えた。
「何か願掛けをなさっているとのことでしたが、その、いささか」
少年は何も知らぬまま、言葉を探した。
「風変わりな願掛けですね。あ、いや、失礼」
非礼だったろうか、と彼は手を振る。
「もしや、カル・ディアルでは一般的な……」
「いえ、そのようなこともございませんわ」
少女は少し笑った。
「確かに、変わっています。ですから、人目にさらされることを疎ましく思って、兄は滅多に外に出ません」
「その願掛けの内容をお伺いしてもよろしいものでしょうか」
慎重にハルディールは尋ねた。
「お話では、あなた方のご両親が謀殺され、ご兄妹ともども狙われたところを逃げてきたとか」
彼らの境遇は、かつてのハルディールとエルレールのものによく似ていた。だからこそ王と王姉は兄妹に同情し、親切に接した。
あの恐怖。あの憤り。あの哀しみ。
妹フィレリア・オーディスと――兄フェルナー・オーディスはその感情を知っているのだと、彼らは、そう思っていた。
ハルディールはフェルナーと一度だけ話をした。
少年王が「誰か」を思い出すことはなかった。
外見は全て隠されており、仮面のせいで声はくぐもった。もっとも、少しばかり声音が似ていたところで、話し方の特徴が全く異なれば、まさか「誰か」を連想することもない。
「誰か」は死んだはずであり、フェルナーの喋り方は十代の少年のものとしか思えなかったからだ。
オーディス兄妹はシリンドルから遠く離れたカル・ディアルの町ウィスタに存在する名誉ある家の生まれで、これまで何不自由なく暮らしてきたと話した。だが、ちょっとした行き違いから彼らの父が商売敵の恨みを買ってしまい、ほとぼりが冷めるまで南方、つまりシリンドルにほど近い町の親戚の家で過ごすことになった。
ところが相手の逆恨みは根深く、町にたどり着く前に追っ手に襲われ、両親は殺された。
ふたりはどうにか逃げ延びたが、行き先については父親しか知らず、当てもなく街道をさまようしかなかった。たまたまシリンドルとの国境をうろついていたところ、ルー=フィンに声をかけられたと、彼らの話はそうしたものだった。
ルー=フィンもまた、あの出来事を連想したのだろうと、ハルディールは考えた。
ヨアフォードの反逆で両親を失い、どうにか逃げ延びた姉弟。
銀髪の騎士は、兄妹を助けることで自らの罪の一端を償おうとしているのではないかと。
それはハルディールにとって、自然な考えだった。
ルー=フィンは、試験を通過しながらも「自らにその資格なし」として一度は騎士拝命を断ったが、ヨアティアの死を見届けて戻ってきたときにはその迷いを消していたようだった。
彼はいまや数少ない〈シリンディンの騎士〉のひとりとなり、日夜、国のために民のために立ち働いている。
民のなかには彼の罪を忘れない者もいたが、わだかまりはいずれ薄れていくだろうと、ハルディールはそう望んでいた。
「ええ、ルー=フィン様が助けてくださって」
少女はまた言った。
「いえ、そのことではなく」
王は首を振った。
「お話を伺ったときは、よもやご両親の復讐というようなことをお考えなのかとも思いましたが、フェルナー殿の『願掛け』は、その事件より以前からですね?」
逃げ出して落ち着くよりも早く仮面を用意して願掛けというのは筋が通らないように感じた。
「……ええ」
その問いに、フィレリアは躊躇いがちにうなずいた。
「失ったものは……もう取り戻せませんのに。取り戻したいと願うのは、人の子の
少女はおとなびたことを口にした。
「いったい、何を失ったと……」
両親以外に何を失い、取り戻そうとしているのか。ハルディールは尋ねたが、フィレリアは黙った。
「兄のことは、どうか、私に語らせないでくださいませ、陛下。いずれ、兄自身の口からお話しすることもあるかと思います」
「そう、ですか」
ハルディールは釈然としなかったが、追及はしなかった。
「ところで、迎えの方との連絡は取れたのですか」
「はい、おかげさまで。有難うございます」
フィレリアは頭を下げた。
「支度が整い次第、迎えにきていただけることになりました」
「そう」
ハルディールは呟いた。
「それは……よかった」
「……陛下?」
「ああ、失礼」
少年ははっとした。
「いえ、せっかく……馴染んでいただけたようなので。お帰りになってしまうのだと思うと……何と言いますか、少し」
彼は間を置いた。
「残念な、ような」
「陛下」
フィレリアは目を伏せた。
「私も……」
「え?」
「迎えの方の支度が……遅ければよいと、思っていますわ」
「フィレリア殿……?」
少年は呼びかけ、少女は瞳を上げた。ふたりの視線は合い、しばし、沈黙が降りた。
「あ、ああ、その」
こほん、とハルディールは咳払いをした。
「先ほどは、神官殿と〈峠〉の神殿に詣でてきたところだったのです。彼も、あなたのように、シリンドルを好いてくれているようだ」
「まあ、そうでしたか」
戸惑ったように少女は相槌を打った。
「そう言えば陛下。この前してくださったお話の続きをお聞かせ願えませんか?」
「この前?」
「ええ。シリンドルの神様のお話。シリンドルの騎士様たちのお話。〈白鷲〉と呼ばれる英雄のことや……」
少女はかすかに、頬を赤らめた。
「若い恋人たちが逢瀬をしたという、シリンドルの楡の木のお話」
「ああ、そうしたことでしたら、いくらでも」
少年は笑みを浮かべた。彼自身の得意な、かつ、好んでいる話をすることで少女の心が慰められるのであったら、こんなによいことはない。
彼はただ、そう思った。
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