第三十八話
「確かにお預かりしました。この案件はギルドで管理いたしますが、発見者としてディクターさんの事も書き記す必要があります。それに関しては構いませんか?」
「ええ。大丈夫です」
「ご協力感謝します。これからも冒険者ギルドをよろしくお願いいたします」
カランと鐘を鳴らしてドアを開き、オレは入って来た時よりも軽い足取りでギルドから出ていく。
入口から少し奥まった場所にある、カウンターに居た年配のギルド職員さんにブラウンの遺品を預ける事が出来、やり残した仕事を済ませられた。
いよいよお楽しみの場所に着く前という事で、これだけは先にやっておかないといけないと思っていたので。これでやっと肩の荷が下りた気分だ。
オレ達は今、予定の航路を外れて、コルノス空域に入ってすぐにある島に来ている。
この島はゲームでは背景画像に書いてあった場所で。実際には行けなかった場所だった。
そういう立ち入れない所にも行けるのは、一ファンとしては心が惹かれる物があるし。丁度、立ち寄る理由もあったので。予定から逸れるが、近場にあったこの島に寄り道する事を決定。寄港する事にした。
町は先日立ち寄った所より広い。道の幅も、そこを行き交う人の数も大分多いのだが。何よりも施設の数が違う。
その理由の一つとしてこの島がコルノス空域内部にある事が挙げられる。
この空域は温暖で過ごしやすい気候なので人が多く、その需要を満たすために人が更に集まるのだ。
特にここは前に寄った小さな停留所とは違い、気流を抜けて空域に入るとまず見える島なので。島の大きさの割には人口が多く、それに伴い町の大きさも相応に広くなっているのだ。
ゲーム本編でこの島が実装されなかったのは。初代のストーリーにここが関わりが無かったのもあるが、ここを描写する手間を惜しんだのもあるかもしれないとオレは睨んでいた。
そんなことを考えながら町を歩いていると。目に映る周りの人は皆、少々厚着をしている事に気づいた。
この世界にも当然気候の変化があり、前世の様な季節が存在するのだが。そういえば、港にあった看板によれば、ここは秋のエリアらしい。
これから行く場所の季節も予め分からなかったのは少し問題かもしれない。オレは今日の宿に戻る道中で新聞を買って行くことにした。
スカラベの世界では基本的に新聞や公的機関からの掲示物などのメディアが情報の仕入れ先なのだ。
特に新聞は希少種のハーピーが運営する「ハーピーズエアラインニュース」がゲームにも作品を跨いで登場しているし。他の会社の存在もほのめかされているほど盛んだ。
前世ではとんと縁が無かったが、オレももう少し生活に余裕が出来たら定期購読の契約をしても良いかもしれない。
島で一泊して翌朝。昨日の内に消耗品を買い足しておいたので、今日は早朝から出航し日の出ている内に目的地への到着を目指す。
ブリッツ・スパロウは遮るものの無い、澄み切った早朝の空を進み。気流に乗って、雲を突き抜け、追い風から別れを告げる。
機体の不調も何のその。羽で風をきって進む勢いに、舵を握るオレは頼もしさを覚える位だ。
すると昼になる少し前位には越えるべき風は通り過ぎて。無事、コルノス空域の中心部へと入る事が出来た。
なぜすぐに分かったかといえば、見覚えのある光景を見たからだとしか言いようは無い。まあ、実際に目にしたのは初めてだが。
ここは気流に流され移動する空域外層とは違い、基本的には島の座標が固定化している。このエリア丸ごと風に乗って移動しているといった感じなのだ。
そういう訳で環境が安定している事から、ここでは独自の生態系が築かれており。ゲームでも各区域ごとに同じ空域の環境とは思えないほどの落差が表現されていた。
基本的には各島々に超古代の遺跡が埋没している事が共通項で。それがこの空域の特色となる。ここに住む人々が日々探究に明け暮れる物で、生活の糧を得る物でももある。
実際、船の上から視認できる島には。どれも特徴的な紋様をした遺跡が顔を出していて。ここが遺跡群島の中であることを教えていた。
オレの出会ったゲームはここから世界観が広がり、始まったと言っても過言ではなく。ついに初代スカラベの舞台へと足を踏み入れる事が出来たのだ!
「ここまで来たら船の修理は目的地でしてもらおう」というオレの意見は。「一刻も早くかの地へ行きたい」というオレの内心が看破されたものの。オリガは快く許してくれた。
その代わり目的地に着いた後、彼女の買い物に付き合う事になったわけだが。勿論、その支払いはオレの財布から出る。
目的地であるイェガーシティへは、先ほど現在地を確認したところによればそれ程かからずに到着できる。なので横目に見えた遺跡の入口や、集落から上りたつ煙の出所や、あからさまに何かありそうな地形の島には。いまは立ち寄らない。
本当に、本当に、ここで活動する手続きさえ終わっていれば。カメラでも買って写真を撮りまくっていたであろう遠景を、涙を呑んで通り過ぎていった。
その代わり、編隊を組んで襲来する魔物の種類も弱点も全てわかるので、魔法で薙ぎ払い撃ち落としてゆく。(プランドファルコという金属で武装した大きな鳥の魔物だった。当然、雷弱点)
そうやって夕暮れ近くにまでなってようやく、目的地のある大きな島の近郊へと到着したのだった。
そう、かつて夢にまで見た無印の拠点「イェガーシティ」へ、いち冒険者として自分の操舵する飛空船で訪れる!
「スカイトラベラーズ」という作品のファンとして、これほどの喜びがあるだろうか!いや、ない!
遠目に見えた町がドンドンと近づくにつれて、目に入ってくる光景に既視感が湧くほどに、オレは胸に沸く喜びを抑えるのに難儀していった。
夕日に照らされ、茜色の空に映える町のシルエットが、かつて夢にまで見た光景をより美しく彩っていく。
あそこへ足を踏み入れたいファンは星の数ほどいただろうに。今はこのオレしか行けないのだ。
イェガーシティはコルノス空域にある町では最大級の人口と設備を誇る。遺跡調査とトレジャーハントの重要拠点だ。
此処からでも確認できるほど大きなクレーンや巨大な歯車。多種多様な飛空船が鈴なりに連なる桟橋など。人によっては粗雑と見るであろう街並みが、オレには目に映る全てが興奮を抑えきれないお宝だらけの光景だった。
誘導される港ですら、始めてきた場所なのに見覚えのある光景ばかり。
走り寄ってくる職員さんが、もしかしたら作中で何度もお世話になったその人かもしれない。これが落ち着いていられようか?
「アイヒル?さっきから、いつもに増しておかしいけど大丈夫?」
「え?オレ?ぜんっぜん絶好調だけど!」
「じゃあ、ここはワタシがやっといてあげるから。今すぐ宿とって来て。邪魔」
オリガのおかげで最低限の理性を取り戻したオレは。船を彼女に任せて、イェガーシティへと足を向けていく。
そこらじゅうを走り回りジャンプしたくなる本能と、今この世界を生きる一人としての理性がギリギリの綱引きをする中、主人公たちも利用した宿「スモーキー・フォグ」で部屋をとる事に成功。何とか最低限の仕事を果たせた。
泊まる部屋の内装にすら一喜一憂する姿をオリガにドン引きされながら眠り、明日から始まる素晴らしい日々を夢想しながら夢の世界へ旅立った。
いや、夢のような世界には既にいるんだけどね?
雷翼のアルバトロス~空と海と浮島だらけの世界に転生したのでMy飛空船で船旅スローライフを目指していく~ @guritto
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