第三十三話
船旅の道中、急な嵐に翻弄され危機的状況のオレ達は。オリガの発見した小さな浮き島に避難するべく、飛空船ブリッツ・スパロウを走らせていた。
ここまで必死にやって来ておいて、気のゆるみで島にぶつけてしまうと笑えない。なので、慎重に接近していくと。小島の少し窪んだ側面に、遠くからでは見えない洞窟が顔を出した。
「スパロウなら入っても大丈夫そうだけど。どうする?入る?」
「ここだと不安だから入ろう。オレは外で何か来ないか見とく」
「了解」
これ幸いと風から逃れる為、ぽっかりと丸く空いた穴から、島の内部へと避難する事にした。
恐らく自然洞窟と思われるその内部は。鋭い岩肌が船体を傷つけたり、蝙蝠の魔物などが飛び出てくるものと覚悟していたが。実際の壁面に突起は無く、オレの探知に魔物はおろか生き物の気配すら引っかからない。
その事を少々訝しみながらも。船の各所へ目配りを効かせ、船体が壁面に接触しない様にオリガへ声を掛け。気を付けて慎重に奥へと進めてもらう。
そんな調子でしばらく進み、表の風の音が遠くなってきた頃。オレの目には桟橋を始めとした、飛空船を停める設備が映っていた。
「何じゃこりゃ」
唐突に出て来たあからさまな人工物を前に。何が起こっても対応できるよう、武器をいつでも抜ける様にして慎重に接舷してもらった。
近くで見れば、より中の様子が見えてきた。縄と釘で組み上げてある、よくある造りの桟橋と。同じように作られた、おそらく管理用の小屋が連なっている。
その周囲には灯りとして幾つもかがり火の台が置いてあった。そのほとんどは薪が尽きて消えていたが、まだ燃えている物もいくつかあったので。どうやら、この施設は最近まで人の手が入っていたと見て良い。
一応、桟橋でだれか来ないかしばらく待ってもみたが。いつまでたっても誰も来ない。
なので調査をするべく上陸して施設内を軽く探索する事にした。
「オリガ、主機止めて鍵かけとこう。入れ違いで乗りこまれたら困る」
「わかった。探索の時間だね」
船の中で準備を整えたオレ達は。しっかりと戸締りをして洞窟へと足を踏み入れていく。
点々と続く松明や灯りの跡が、ここの住民の動線として残っているが。生き物の気配の無い内部の空気は冷たく、薄暗い為視界も悪いままだ。
近場から建屋を家探ししても、ここの所属をハッキリと認識できる物は見つからなかったが。少し視点を上に向けてみると、大きく白いペンキか何かで描かれていたマークには見覚えがあった。
「あれってさっきの空賊のじゃないかな?」
「そうだっけ?ワタシもはっきり見た訳じゃないからなぁ……」
オリガにも話してみたが。オレの記憶が確かなら、さっき襲って来た空賊の船に描かれたマークと、あそこにある物は一致している。
ならばここは、おそらくさっき撃ち落とした空賊達のアジトである可能性が高い。
そうなるとこの島は、風に流されて移動して来た彼らの拠点という事になる。もしかして、この島を拠点にしながら近くの船を襲っていたのだろうか?
仮に空賊団の人員が、ほとんど全員さっきの飛空船に乗っていたとして。ここにはまだ、留守を預かる仲間がいるかもしれない。
「うーん……」(下手な事をして見つかったら。多少の人数差はどうにかできるけど。船を狙われたら面倒な事になるなぁ……)
「アイヒル、どうしたの?さっさと行くよ」
「いや、ここで空賊に見つかるの面倒だなって考えてた」
「見つけたら斬ればいいじゃん。どうせ空賊だし、ワタシ達は一回襲われてるから言い訳は効くよ」
「……そっかー」
未だに外は暴風雨の真っ最中。今はこの島を出る訳にはいかない。どっちにしても無断侵入をしている以上、こうなったら用心して進むしかない。
腹は括った。あわよくば、ここを制圧してしばらく雨宿りさせてもらおう。
のっしのっしと隠れ家を歩くオリガの姿に頼もしさを感じながら。オレも探知を効かせてその後に続いた。
まあ、空賊は居ようが居まいが、どっちにしろここの存在はギルドに報告させてもらうけどね。危ないし。
何気に初の敵アジトに侵入であったが。緊張する場面だというのに、オリガは空賊がしまい込んで隠してあるかもしれないお宝の予感にワクワクしていた。
さっきも妙にやる気に満ちていたが。もしかして、こういう経験は初めてではないのだろうか?
彼女ともそこそこ長い付き合いになったが。まだまだ知らない顔がある事を自覚する。
既に剣も抜いて準備万端の姿は、まるでこちらが賊の様だ。オレもいつここの住民と遭遇しても対応できるように、魔力探知を広げている。
灯りが点在する薄暗い通路を、結構好き勝手歩き回っているが。ネズミ一匹分の気配も無いのは、幽霊船にいるみたいで逆にから恐ろしい。
いっそ何か魔物の一匹でも出てくれば話が早いのだが……。寧ろオレはそれを期待しているのに、一向に何もない。
何もないまま。オレたち二人は壁から松明を一つむしり取り。暗い穴倉の中を進んでゆくのだった。
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