第三十二話

 文字通り雷を落とした後、沈んでゆく空賊の船を見送る間もなく。ブリッツ・スパロウは重く薄暗い嵐の中へと飲み込まれ。予断を許さない状況となっていた。


「水平が保てない!もっと主機回して!」

「もう限界まで回してるよ!これ以上は爆発するから無理!」

「じゃあ、いい!ちょっと回るけど落ちないでね!」


 激しい横風に吹かれて、船体がグラグラと縦に横にと揺れて視界は定まらず。雨粒は時間が経つほどに勢いを増し、今も船室の窓へ激しく打ち付けて来る。

 先ほどまで低速運転だった主機も。この風で振り回されぬように全力稼働で抵抗を続け、船室に轟音を響かせていた。


 完全に船の許容量を超える規模の災害の前に、オレ達は紛う事無き墜落の危機に瀕しているのだ。


「アイヒル!やっぱり舵の感触が変!主翼の固定外れてるかも!見てきて!」

「なにいっ!?わかったっ!」


 緊急性の高そうな報告を聞き、空に投げ出されない様気を付けながら甲板へと出た。

 分かり切っていた事だが、外は厚い雲に囲まれたせいで暗い。そこへ吹きすさぶ風が加わり、姿勢を保つのが非常に困難になっている。


 魔力で身体を強化し、探知を働かせねば。この環境下で操船は難しいだろう。ゲームで船乗りたちが妙に強い理由が非常に良く分かった。


 取りあえずは翼の収納を確認するべく。雨粒に撃たれながら、船体部の副翼を見に行った。


(こっちは……特に問題はなさそうだなー……ってことは……)

「はぁ……マジか……」


 少し期待していたのだが。副翼の固定はしっかりとその役割を果たしていた。つまり、故障しているのは気球部にある主翼の可能性が高い。


 この強風の中を気球部まで確認に行くのは正直嫌だが。そうしなければどっちにしろ落ちそうなので、オレは命綱を用意して備え付けの梯子へ手を掛けた。




 甲板の上ですら立っているだけで吹き飛ばされそうだったが。ここでは命の危険が一段階上がった気がする。梯子も水で濡れていて、意識して掴まねば滑りそうで怖い。


 何とか主翼を確認できる所まで登って来た。右翼は固定具に問題は無いが、少し負荷吸収ボルトが緩くなっていたので。工具でしっかりと締めなおしておく。


 と、いう事は問題は左翼か。

 急がなければ、風にあおられた主翼が勝手に開き、それはそれはひどい事になってしまう。なるべく早く、しかし慎重に移動しなければならない。


 天候に恵まれない中、普段の移動よりも圧倒的に遅い進みだが。それでも手遅れになる前に左翼部へと到着できた。

 早速、問題と思われるところを観てみれば。結構危ない所だった。確かにここの固定具が外れかかり、主翼の一部が展開しそうになっている。


 固定具を中心に点検すると、周辺は問題なかったが内部の部品が壊れていた。念のために倉庫から持ってきていた部品袋を腰のポーチから取り出し。手元もおぼつかないが修復を始める。


(あー……雨で服が濡れてうっとおしい……風が怖い……部品落とさない様にしないと……最高に飛空船乗りって感じがしてちょっと楽しい……)


 不幸中の幸いだが、故障はそれほど難しい物ではなく。ちょっと器具を開いて中の部品交換だけで治った。どうやら部品に負荷がかかりすぎて割れてしまったようだ。


(部品としてのお仕事ご苦労だった。しっかり休め)


 治ってしまえば、後は主翼の固定をやり直すだけだ。オレは一度甲板へ戻り、そこからクランクを回して再び主翼をたたみ直す。

 今度はキチンと固定具も働き、ようやく不調は改善された。


「オリガ!主翼の方は直したよ!」

「ありがと。こっちも大丈夫!」


 修復の効果は顕著に表れ。さっきまでは、船ごと横に一回転しそうなほど落ち着かなかった船体が、一気に安定し水平が保たれる様になった。

 次はこれを維持しつつ。いつになるか分からない、嵐が過ぎ去る時まで耐える時間が続く。


 さっきまで見れなかった主機の燃料を確認すれば。結構な減り具合だった為、補充する。


 更に激しさを増す風雨の中。機器や計器に目をやりながら、死に物狂いで操舵するオリガを横目に。オレもその様子を見に行く暇もなく、自分の作業に奔走する。


―ピカッ――ゴロゴロゴロ――――


 作業の合間に、ちょくちょく雲の間から光が漏れ出てきている。どうやら自然の雷雲が来ているようだ。


 飛空船は基本的に避雷針を始めとした対策はしてある。なので大丈夫と言いたい所だが。万が一この船に直撃した場合、体勢が崩れるとそのまま落ちかねない。


「オリガ!ちょっと雷逸らしてくる!」

「燃料は!?」

「しばらく大丈夫!」

「気を付けなよ!いってらっしゃい!」


 操舵中のオリガに大声で一言言って、オレは再び甲板へ出た。


 もううんざりするほど雨に降られながら、自身の魔法を発動させる。出すのは先ほどの「雷崩球」だ。


(よし!ブリッツ・スパロウを基点に雷の通り道を展開できた。これなら雷が来てもこの道を通るから。船には影響は無い)


 これによって自然の雷は自前の力で逸らせるようにできたが。未だに吹きすさぶ風は、否応なく船体を軋ませる。その音が、俺たちがこの暴風を捌き切れていない事を教えてくる。


――――ミシッ――――ギシッ――――

(イヤァー!!折角買った船がー!!!)


 初の遠征にしてはハードすぎる展開だ。このままでは本当に遭難しかねない。


「アイヒル!ちょっと来て!」


 魔法で雷への守りを維持しながら、操船の補佐を続けていると。操舵中のオリガが呼ぶ声がした。


「どうした!今度は何だ!」

「あれ見てあれ!二時の方向に小島!」


 どうやら進路上に離れ小島を見つけたという。少し都合が良い気もするが、この状況ではありがたい。緊急事態なので。急遽、避難するべく船を寄せていく。


「風を何とか出来るくぼみでもあれば最高だけどな」

「期待しておこうよ。ワタシもいい加減ちょっと休みたいし」

「操舵変ろうか?」

「今はいい」


 少し改善の兆しが見えたことで、オレもオリガも口調が柔らかくなっていた。

 逃げ場を見つけて船を走らせるオレ達を。黒く重い雲から雷の音が轟き、追い立てるように風が吹いて行く。


 どうやらまだまだ嵐は続きそうだ。

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