第三十一話

 ダヴルクを出て数日の道中は、いたって平和に過ぎていった。


 あれから一度だけ、方向調節の為に乗る気流を変えたのだが。それも問題なく切り替えが出来て、安定した旅が続いている。


 この世界では幹気流域という太い風の流れが幾つかあり。この世界特有の独特な交通の起点となっている。


 それらはこの星を幾重にも絡まり合っていて。各島々がその流れに乗って移動する際、分かたれてゆく細い気流が支流域と呼ばれ、各空域へと伸びているのだ。


 ちなみに空域として成り立っている地域は、円環流域という同じところを巡回する気流で構成されている所を指す。


 飛空船で移動する際には。出発地から近い支流に移動して幹流へ乗り。目的地に近づくとまたそこへ向かう支流に乗って、その空域の円環流へと入り込むのが一般的な旅の仕方だ。


 今のブリッツ・スパロウは丁度、幹流からコルノス空域へ向かう支流に乗った所で。予定していた道程の半分を過ぎた段階だ。

 想定外の出来事で航路が乱れる事も無く、順調に船は雲を切り大空を駆けていた。


 今日もこの調子で、問題無く進んで行ければ良ければよかったのだが。見張り台から覗く、双眼鏡に映る遠方を見ると、それはどうやら叶いそうになかった。


 朝方から良かった筈の雲行きが、一気にきな臭い物になったのを確認すると。オレは一度下へ戻り、オリガにこの情報を共有し相談する。


 日の出から微かに見えていた不穏な色の雲が、どんどんとこちらへ近づいているのだ。


「オリガ。後ろのあれ見えた?」

「見えてるよ。この船だとちょっと危ないかもね」

「うーん……」


 ここまでの旅路でわかった事だが、ブリッツ・スパロウはいい船だ。

 だが所詮は小型船、天気の加減によっては強風にあおられて墜落もあり得てしまう。それを抜きにしても、船に無理は禁物なので。無理に航路は変えたりせず、安全第一の方針で行くつもりだった。


 しかし、後方から寄ってくる雲の速度が思ったより早く。ドンドン大きく黒く見えてくる。

 どうやらあの雲は、この船と同じ気流に乗ってしまったようだ。これは直撃コースだね。


「ダメっぽい!一旦羽ひっこめて!オレは主機に燃料足すからっ!」

「わかった!舵も見とくから入るだけ入れといて!」

「おうともよ!」


 オリガにも声を掛けて嵐に備えた行動を始めておく。船体から伸びる副翼や、気球部の主翼をたたみ、嵐で吹くであろう暴風雨から、船が受ける影響をなるべく少なく済ませる構えだ。


 エンジンである魔石を動力に動く主機にも、燃料である粉末魔石を流し込み。嵐の渦中で補給に手が取られない様、先んじて満タンに済ませる。


 積んである主機の燃料には限りがあるものの。ここまで順調に進めてこれたので、まだまだその量は潤沢だ。横風に流されて航路から逸れてしまわない様、主機を蒸かして慎重に船を進めていく。


 嵐を速さで振り切るのは無理なので。あえて船の速度を下げる事で、どうにかあっちが通り過ぎるまで耐える構えだ。


「アイヒル!後方六時から敵襲!魔物!群れ!」

「こんな時にか!めんどくさい!」

「追加で空賊!七時から飛空船一隻!」

「はぁ!?」


 だが、嫌な事は立て続けにやってくるものだ。来る荒天への対応をしなければならない時に限って、魔物の群れが出現した。


 そしてもう一つ。厄介にもタイミングが合ったのか、はたまた狙って来たのか、ついでに空賊も出現。気球部にドクロが描かれた飛空船でこっちを追跡しながら、信号灯で停船を勧告してきている。


『スグニトマ レサモナク バウチオト ス』

「だって。どうする?」

「こっちが先に撃ち落としてやる。魔物も一当てして散らせば風で流れていくだろ」

「はいはい、じゃあワタシは船に集中するね。後よろしく」


 緊急事態なので、一旦作業の手を止めて操舵室に集まり。簡単な作戦会議を行った。

 お互い徹底抗戦の考えは一致しており、情報の共有もしたので。船の操作はオリガに任せて、オレは面倒な連中を纏めて対応する。


 船の操舵室を出て、風の吹きすさぶ甲板へ出る。


 既に兆候が出ているが。これからやってくる嵐に対応しないといけない今。空賊と魔物、どちらも相手にしている暇はない。


 不幸中の幸いか、周囲はまっさらな空の上。周りを見渡しても、この船以外巻き込まれそうな人も物もなし。


 遠慮なく雷を落とさせてもらう。


雷崩球ライトニング・スフィア


 魔法で呼び出し、球状に成形された雷は。空賊の飛空船へ真っすぐと射出された。


 強風を無い物のように、輝きを増しながら飛来する雷崩球。空賊たちもそれを認識し、避けようとしていたが。それが実行に移される前に、魔法は彼らの飛空船の気球部へと着弾した。


――――――――ピシャァ―ゴロゴロゴロ!!!


 破裂するように解き放たれた魔法の雷。放射状に広がり、周囲の何もかもを焼き尽くそうと暴れまわる電撃。一見するとその対象は無差別の様だが、もちろんそんな事は無い。


 この魔法は最近使えるようになったもので。ゲームではバトルフィールドに設置して使うものだった。

 主な役割は効果範囲の雷属性を強化し、設置された近辺の敵を自動で攻撃する事。今回は空賊と魔物を対象に、奴らの進路上に設置させてもらった。


「おーおー、流石に飛空船は一発じゃ沈まないか」


 空賊も避けようとはしていたのだが。その前に乗っていた飛空船へ雷が直撃。

 気球部が炎上した事で浮遊が出来なくなった飛空船は。船体部の翼を大きく広げることで、急降下する事無くゆっくりと高度を下げて行く。


 墜落させるつもりで撃ったが、あれなら生き残りも出るかもしれない。空賊たちは船を右往左往しながら、ゆっくりと海へ落ちて行き。次第に見えなくなった。


 その一方で、魔物たちは群れごと焼き焦がされほぼ全滅している。どうやら音頭をとる群れのボスが最初に落ちたらしい。あれだけいたのがあっという間に統率を失い。散り散りとなって風に吹かれてしまっている。


「アイヒル!終わったなら手伝って!」


 取りあえず目下の邪魔者は全員始末したが。最も厄介な嵐は以前健在。オリガからの要請に従い、オレもまた船の主機に張り付いて作業に戻る。


「どれだけ続くか分からない。一昼夜は覚悟しておこう!」

「ワタシの近くにご飯置いといて!」


 オレ達二人が乗る船は、襲い来る暴風雨にその身を晒しながら。ゆっくりとその身を嵐に飲み込まれていった。

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