第三十話

 準備に追われて忙しく走り回った翌日。気絶するように寝て起きれば、出発当日になってしまった。

 荷造りは前夜の内に済ませてあったので。起きてすぐにオリガと合流し、二人連れだって港を目指し出発できた。

 

 何時もの様に、遠出をする前は関係各所に話を通してある。なので留守中の心配はしなくてオッケー!


 それ以外の知り合い連中も、オレ達が最近何を目指して準備していたかは言っているので。もし気になった他の人がいても、それとなく漏らし教えておいてくれるだろう。


 宿から持ち出した二人分の手荷物もそれほど量は無いし。ブリッツ・スパロウ号の倉庫には、まだまだ空きがある。何なら向こうでお土産を買っても良いかもしれない。


 ギルドの方には、昨日の内に届け出を出してあるので。朝一で港に向かっても大丈夫。


 朝もやかかるダヴルクの街並みは、文字通り幻想的な風景だ。

 ここからでも見える、雲間から伸び出る巨大な鎖と。それに絡むように作られたモノレールを始めとした交通機関は、独特のシルエットで町の背景となっている。


 朝冷えのする空気の冷たさと、建物の合間を吹きすさぶ風は。画面の向こうの世界を。今、肉眼で見ていることを強く強調してくる。

 足元の石畳の感触も、背負う荷物の重さも、オレにとっては夢の様な体験なのだと事あるごとに噛み締める毎日だ。


 そうだ、ギルドといえば。昨日、届け出ついでに一つお使いも引き受けた。

 ここコーダ空域の中心である、ダヴルクのギルドから。行き先のコルノス空域にある当座の目的地、イェガーシティの冒険者ギルドあてのお手紙を預かっている。


 「まあ、ちょっとしたご機嫌伺いみたいなものだから。気にしすぎなくていいよ」と、配達をお願いしてきたギルドの上役さんも言ってたから。着いたときに思い出せばいいか。

 気づけば、港から近い路地まで来ていた。ここを抜ければ、もうそこが乗り場前の広場に出る。


 


 早朝の静かな街中とは対照的に。港では、既に出航を控えた飛空船と、その船員や乗客たちで賑わっていた。


「どいた、どいた!積み荷が通るぞ!」

                 「護衛の冒険者は此方へどうぞ!」

「クーテ行、定期便はもうすぐ出航でーす!」

                「ジャン・パニオン三十樽、確認しました!」

「こっちこっち!早くしなさいよ!」


 ダヴルクの飛空船発着場は、それに特化した島の下部に集中している。

 幾層にもなる桟橋で構成されるこの施設は。物資搬入用のリフトや、点検用の階段などで構築されており。一番上の設備は大型の船を、そこから順々に中型、小型と下部に行くほど小さい船ばかりになる。


 リフトは今の時間帯だと、積み荷を運ぶ人がほぼ占有しているので。オレ達は階段を降りる事にした。


 そうしてやっと見えて来た、我らが船ブリッツ・スパロウ。ご多分に漏れず下層の一角に間借りしている。ここは厳密に言えば、下層と中層の中間になるが。同程度の飛空船がちらほら停泊しているので下層といっても良いだろう。


 この辺りの船は、見た限り個人所有の物ばかりだが。それらの中でもウチの船は特にカッコイイのではなかろうか?

 朝焼けに映える勇姿がまぶしいし。流線型のドングリ型気球部も。曲線が美しい船体部も、整備が行き届いているのが一目でわかる。


「どう思うオリガ?」

「え?何、何の話?」

「ウチの船はここら辺の船の中で一番カッコよくないか?」

「あー……そうだね。カッコいいから、さっさと荷物積んできて。ワタシは主機見て来るから」

「わかった!」


 桟橋から船に乗り込み。持ってきた手荷物を内部の各寝床に置いておく。この船は本来は四、五人で運用する船らしいので、ちょっとした仮眠室もあるのだが。今は二人しか船員が居ない、広々と空間を使用できのだ。


「おーい!アイヒルはいるかー?」


 船内で積み荷の固定などの作業をしていると、外から自分を呼ぶ声がした。甲板の方へ出てみると、そこにはギネクを始めとした、冒険者の知り合い連中が来ていた。


「あれっ?どうしたん、こんな朝早くから」

「テメェがさんざん自慢してきたから。どんなもんか見に来てやったんだよ」

「出発前で忙しいところ悪ぃな。土産も持ってきたから、勘弁してくれ」


 どうやら初の長期遠征を見送りに来てくれたらしい。彼らも港に用があり、そのついでに見物に来たとの事だが。それでも悪い気はしなかった。


「どこ行くんだっけ?フリュエールか、タタキュールか?」

「いや、ちょっとコルノスの方へ行く」

「はぁ~冒険するねぇ~」

「まあ、何でも良いけど無事に帰りなよ。アンタらが居ないとギネクがうるさいからね」

「んだとコラ」


 彼らと激励交じりの雑談をしていると。主機の調子を見ていたオリガが、いつの間にか後ろに立っていた。


「アイヒル」

「は、はい」

「何時でも行けるけど。どうする?」

「今すぐ出発させていただきます……」


 据わった眼の彼女が、点検用の工具を手に持った姿は大変、恐ろしかった。


「じゃーなー!」

「しっかりやんなー!」

「土産は買ってきてくれー!」


「見送りありがとー!期待して待っててくれー!」

「君らも死ぬなよー!」


 少しテンポが乱れたが。彼らの見送りを受けながら、ブリッツ・スパロウは初めての長期航行に出航した。


 手を振る彼らに返しながら船を進めてゆくと。桟橋の端で此方を見送るギネクの姿があった。どうやら皆と見送るのが照れくさかったらしい。


「じゃあなギネク!しっかりリーダーやれよ!」


 彼に分かる様に大声で呼びかけると。ギネクは驚いたような動きをした後、手を振って来た。


 友人知人たちに見送られ、ブリッツ・スパロウはダヴルクから無事に出発した。

 あの巨大な鎖を見るのは、ここに帰って来た時になるだろう。




 島から出てしばらく。周囲に船の影も無い青空の元、ブリッツ・スパロウは順調に空を進んでいた。


 先ず目指すのは、目的の空域に近い所まで伸びる気流だ。今のところは風向きも良好、雲も少ない絶好の天気で。このまま風に乗って目的地へゆく。


 双眼鏡を覗いてみれば、遠目に他の船も確認できた。しかし、その船は雲に飲まれてそのまま見えなくなってしまい。そこからこの船は空にポツンと一人きりだ。


 そうして一隻だけになりしばらく船を進めると、狙っていた気流を見つけた。雲の動きで、遠目から肉眼でも確認できる。


「オリガ!目的の気流を見つけた!羽を出してくれ!」

「了解、アイヒルは舵をお願い」


 任された舵を切り、船の進路を気流へと切り返すと、上手く流れに乗る事が出来た。これでしばらくは羽を出しているだけで、進路を確認する必要もなくなる。索敵に集中すればいい。


「よし、これで大丈夫だな!」

「アイヒルは索敵お願いね」

「りょーかい。一応、舵は見といてな」

「はいはい」


 操舵をオリガに任せて、オレは甲板から気球部の真上にある見張り台へと出た。飛空船には大なり小なりついている。周辺を索敵するための簡易的なスペースだが。この船のそれは、規模に比べてそこそこ良い造りをしている。


 一人用の其処に座ると、周囲一周全てが白い雲と青い空で占められた。下方に目をやれば、僅かに気球部が映る他は、雲海とその隙間に映る海原がキラキラと日の光を反射していた。


 見張りに持ってきた双眼鏡で周囲を視界に収めつつ。魔力探知の範囲を広げ、魔物や小さい浮島を警戒する。


 軽く頬を撫でる風が、この光景を現実だと認識させる。まさにこれこそ夢にまで見た光景だ。


 今、オレは、自分の飛空船に乗って空を飛んでいるのだ

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