飛空船「ブリッツ・スパロウ号」編

ダヴルクからコルノス空域への航行 ~夢に見たあの場所へ~

第二十九話

 三か月の訓練所暮らしもやっと終わった。最終試験を何とか突破し、無事に飛空船の免状を手にする事が出来た。

 幸いな事に同期の脱落者もおらず。オレとオリガを含めた21期生三十人、全員合格したという事になる。


 短い間だったが、寝食を共にした同期とお別れを惜しみながら。オレ達は己の夢を追いかけるべく、それぞれの場所へ戻っていった。

 またいつかどこかで会えればいいな。




「あー……久方ぶりの自由だ……」

「一回で済んでよかったね。今日はこれからどうする?」

「取りあえずギルドに行こう。仕事は明日からで」

「了解」


 訓練所を出たオレとオリガはダヴルクの町を歩いていた。

 退所式は簡易的なもので終わり、同期連中も自分たちの行き先へと移動していったので。オレ達もさっさと冒険者活動に戻ることにした。


 長きにわたる集団生活は、悪くはなかったが肩が凝った。早朝の修行にも制限が科されてしまい、少々一悶着あったので。それらの面倒から解放された今は、とてもすがすがしい気分だ。


 取りあえずは、これから一度ギルドに行って活動復帰を報告しておこうと思う。

 三か月も開けていたので、懐事情が寂しくなっているのだ。


「免状取得おめでとうございます!」

「ありがとうございます。これからそっち関係の依頼もお願いしますけど。よろしくお願いしますね」

「勿論、お待ちしております。ディクターさんとコレリカさんの活動復帰も了解しました」

「はい、またお世話になります」


 久しぶりの冒険者ギルドは、相変わらずの盛況具合だった。

 今の時間帯は大体の連中が依頼に出払っていて。むしろ、依頼主がギルドに申請をしに来ている姿の方が多い。


 復帰の報告を受け付けてくれたのは、先の間引き依頼の時に絡んだリーザさん。実はラガルトさんの養子だそうで、あれから少し話して知り合い位になった。


「明日、船を取りに行こうと考えているんですが。港の停泊場所ってギルドからでも申請できましたよね?」

「ええ。ここからで大丈夫ですよ。ディクターさんが良ければ、私がやっておきますが。どうでしょう?」

「良いんですか?じゃあ、お願いします」


 飛空船に関する話で少し話し込んでいた所に。後ろから聞き覚えのある声がかけられた。


「あん?テメェ、アイヒルか」


 後ろを見たら、ギネクが居た。どうやら仕事終わりの様で、後ろにデイブと他数人を引き連れていた。


「おーギネク。久しぶりー」

「久しぶりじゃねぇよ!テメェら、用事が済んだらさっさと消えやがって。後始末に俺たちがどんだけ苦労したか分かるか!?」

「まあまあ落ち着けよギネク。こいつらにだって都合ってもんがあるだろ」


 胸元を掴んでゆすられながら。先の騒動の後にすぐいなくなった事へ、文句を言われまくり。そういえばこいつには言ってなかったかもしれないと思い至った。


 良い機会なので、その場でギネクとそのお仲間を誘い。酒場で近況についてのお話をした。お仲間は感心して聞いてくれたけど。ギネクには舌打ちの後、生き急ぎすぎるなよ。と忠告を貰った。何か前よりも対応が柔らかくなった気がする。


「じゃあ、ラガルトさん達は遠征が続いてるのか」

「ああ、あの騒ぎでブレイズロアが弱ってると勘違いしたバカが多くてな。オヤジ共はそいつらを黙らせに行ってんだよ」


 いつも使っているギルドの酒場で、ギネクから最近のダヴルクについての話を聞けたのは行幸だった。


 どうやら間引き依頼という簡単な仕事で、ブレイズロアに欠員が出た事によって。この町の冒険所の質に関して、外部からは疑念が入ってしまったようだった。

 この世界の情報伝達速度は悪くは無いが。それでも邪推する者も多いらしい。


 その評判を払拭するため。ラガルトさんを始めとした主力メンバーは、ここ数か月は依頼で空域中を飛び回っているのだそうな。


「じゃあ、ギネクは今留守番組の頭やってんのか」

「そういうこった。最近入った雑魚共だが、気合は悪くはねえ。俺が使いもんになるまでしごいてやってんだよ」

「へぇ……」


 オレ達の座っている席の後ろで、オリガやデイブと楽しく騒いでいる面々に視線をやった。

 言われてみれば皆若い。装備も使い込んでいるようだが、新しい傷が目立つ。彼らの中では間違いなくデイブが最年長だ。


 しかし、宴を楽しむその表情に暗い物や怯えは無い。どうやらギネクは上手い事やっているようだ。

 

「……ていうか。デイブはまだついてきてんだ」

「俺の何が気に入ったか知らねえが、使い勝手が良いからほっといてんだよ」

「へー」


 この後。オレが買った船についての話や、プラストロ・ワーム退治について語ったり、オレ達も遠征するつもりだと話してまたギネクが怒ったりして楽しい一時だった。

 日が暮れるまで飲んでたので、ギルドの利用者には復帰が知れ渡ったかもしれない。




 翌日。いつもの下宿先、自分の部屋で目が覚めた。


 取りあえず、身支度を済ませて中庭で朝修行。訓練所ではスケジュールの関係で手短に済ませないといけなかったので。ちょっと鈍っているかもしれない。

 体内の魔力を利用する基礎技能はまだマシだが。外部の魔力に干渉する魔法や、武器を使った技は少し怪しい。


 ステータス画面も無いので、自分の使える魔法や技で判断すると。ゲームのレベル的には40くらいにはなってるはずだが。


 今日の予定は飛空船の受け取りと、ギルドでの登録を行う。先にギルドで頼んでいた、港の使用許可証を貰っておく為。冒険者ギルドが先だ。


「おはようオリガ。準備できてる?」

「アイヒルおはよう。うん、大丈夫さっさと済ませよう」


 修行も終えて、共有スペースでくつろいでいると。オリガも合流して来た。二人でギルドへと出向いた。


「こちらがディクターさん達の停泊許可証になります」

「ありがとうリーザさん」


 ギルドでは特に引っかかる事も無く、船の停泊を許可されたので。許可証も貰えた。

 必要な物もそろったので、早速シップズネストへ船を取りに行く。


「いらっしゃいませ!」

「おはようございます。船を取りに来ました」


 買ってから三か月も待たせてしまったが。久しぶりの船は相変わらず輝いて見える。気球部の形状も船体の紋様も、全部良い感じに見えている。


 船の扱いをしっかりと学び。ゲーム由来の知識だけではない、より深い見識を得た事によって。この飛空船を買った時より身近に感じてしまう。もう、早く動かしてみたくなった。


「……はい!これで受け取りは完了です。これからのご活躍をお祈りしております!行ってらっしゃいませ!」


 キチンと受け取り書類にサインして受け取り完了。店の桟橋から、店員さんに見送られ、おっかなびっくり船を操作して街中を指定された場所へ進んでゆく。


 ぶつけない様に必死で、飛空船から見たゼットゥスの風景を見る余裕が無かったが。少し時間がかかったものの、何とか許可された場所へたどり着き、桟橋に停める事が出来た。


「ふぅ!停船完了。オリガ!ロープで固定できたか?」

「こっちも終わってるよ。結構簡単だったね、この船動かしやすいよ」


 これからの冒険者活動は、この船を基点に行ってゆくので。一部の貴重品を除いた荷物は船に移動しておく。この船がオレ達の財産だ。




 遂に念願の自家用飛空船ブリッツ・スパロウを手にして数日。オレは今、空の上にいた。


 小回りの利く移動手段が出来たことで、受ける依頼の幅が大きく広がった。これまでは条件が厳しくて受注を断念していた物も、問題なく受けられる。


 早速、練習がてら船持ち向けの仕事を一つやる事にした。ダヴルク近空に漂う小島に巣食う魔物退治だ。復帰の肩慣らしにも丁度いい。


 依頼の島がある空域に向けて、飛空船を飛ばす。

 初の航行はいたって順調だ。これまでの訓練の成果が遺憾なく発揮されている。


 最初こそ、港を出るのにもおっかなびっくりだったものの。しばらくすれば余裕も出てきて、付近の風景を楽しみながら操船できるようになった。


「見えて来た。アイヒル、戦闘準備!」

「りょーかい!」


 そうして到着した問題の小島。魔物も依頼通り我が物顔で島の周囲を飛び回っている。

 今回の獲物は丸い体に大きな口が特徴の「フライファング」。大型犬ほどの大きさで、群れになって噛みついてくる危険な魔物だ。


「ぎゃう!ぎゃう!がう!」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」

「うーわ……めちゃくちゃ出て来た……」


 巣を潰す依頼なので、とにかく島に入らねば何にもならない。操船をオリガに一任し、オレは魔法で対空砲火を行う。

 いつもの「雷細剣」で、飛ぶ魔物を撃ち落としまくり、小島に接舷できるようにした。


「撃ち落とすと素材が取れないんだよなぁ。もう少し何とかならんかな」

「よしっ、固定できたからさっさと済ませるよ」

「はーい」


 そこでは魔物が元気に営巣しており。これ以上増えない様に卵と親とを掃討してこの小島は依頼完了。

 飛ばなければそれほど強くないので、フライファングはたいして抵抗も出来ずに全滅した。まあ、こいつら一年中産卵してるらしいから。また、どこかから流れて来るだろうけど。


「何か一方的に駆除してると、悪いことしてる気分になって来た……」

「繊細なの?じゃあ教えてあげるけど。フライファングは空に攫った獲物を生きたままバラバラにして巣に……」

「あー!なんだかやる気満々になって来たなー!」


 一つ終われば。同じような手順で、指定された空域の小島は今日中に掃除し尽くしてしまう。


 討伐の証明は、ギルドから貸与されたカメラで行う。共に貸し出された小さい黒板に、今日の日付と作業を行った島の座標を書き記して写真を撮影。証明書としてギルドに提出するという手順だ。


「アイヒル。もっと後ろの現場が映る様にして」

「これ、オレが入る意味あるの?」


 仕事を全て済ませてダヴルクに帰港出来たのは、夕暮れ時になってからだった。


 帰港後にギルドへ赴き、写真と貸与品を返して報告を行う。

 確認の後、既定の報酬を得たが。今日消費した消耗品や、燃料を補充すると考えると、手元に残る儲けは少々物足りない物になる。


 まあ、倒した魔物の素材を売却すれば。儲けが上回るんだけど。需要が無い素材だとちょっと厳しいかもしれない。今回はフライファングの牙がそこそこ良い値で売れた。


 ブリッツ・スパロウは小型船に分類されいるだけあって、居住性があまり良くない。なのでゼットゥスにいる時は、引き続き下宿暮らしを続けることにしている。

 今日の儲けの中からこの家賃分を差っ引くと、今後の貯金が増えるスピードは減るかもしれない。


 次の目標に向けて、少し冒険してみても良いかもしれない。オリガにも相談してみよう。




 あれから更に数日、魔物退治や測量の護衛など。船を持つ冒険者向けの依頼を幾つかこなし、達成した事で。訓練場通いで寂しくなった懐に少し余裕が出来た。


 やはり多少の経費が掛かる事を除けば、近辺空域を手軽に移動できる飛空船は、収入を増やすことに繋がっている。


 ここでオレは、前から考えていた遠征について、一度話し合おうと決めた。


 会場はブリッツ・スパロウの船室で行う。今日も飛び回ったので、喉に良くて暖かい飲み物も用意してある。


 一服しながら行う話し合いでは。オリガからは、これからもこの空域で働けばいいと意見が出たが。オレはもちろん違う意見だ。


 不慣れな今こそ長期の遠征をおこない、遠出の経験を積む時だと力説した。


 彼女からはそこまで言うからには、遠征先にはもう検討を付けているのか?という問いがあったが。それを見越して、オレは懐から一枚の空図を机に広げる。


 結論を先に言えば、オレの要望は採用された。初代スカイトラベラーズの舞台「コルノス空域」に行くことが決定したのだ。故郷とか実家はまた今度の機会にしよう。


 無印スカラベの舞台は、空域中に神話時代の古代遺跡が群生する還流空域だ。

 発見されて人の手が入って数十年。未だに見つかっていない遺跡の方が多いとも言われるここならば、結構な稼ぎが見込めると言ってみた所。何か思ったより乗り気になってきた。


 結論が出たので、決まれば早速準備開始。今回は自分の船を使うので、用意する資材も幅が広がる。


 相棒のお金に関する情熱に一抹の不安を残したが。方針は一致した。早速、渡航の為の準備に取り掛かる。


 今までやっていた飛空船を乗り継いでの移動ではなく。自前の船を使う遠征は初めてだ。そのために必要な物資の用意をするため、今まで出入りしていなかった所とも顔を繋ぎこなしてゆく。


 飛空船の資材に関しては、訓練所で教えてくれた飛空船の業者で色々準備をした。結構値が張るが、今後も付き合いが続くのでここはキレイに全額前払い。

 


 購入した物は港の桟橋まで自力で運んで来た。出発に向けて念入りな機材の点検を行い、船へ荷物を積み込んだり、予備の部品や修理用の資材も積んでおく。


 いざという時の備えと、必須の積み荷の配分を決めるのが、この船の船長であるオレの仕事なのだ。

 出航に向けての準備でこの後もあちこち走り回った。

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