第二十八話
「お疲れさまでした。こちらが、ディクター様方のご希望になった飛空船達の停泊所になります」
「おおっ!」「へぇ……いいね」
停泊施設をしばらく歩き。案内された所は、小型の船が係留している少し奥まった所だ。そのまま付き従い、端の方へ足を進めると。そこには五隻の飛空船が鎮座していた。
「乗員がお二人以上との事でしたので。提示されたご予算の範囲ですと、この辺りがお手頃かと……」
選んだ船のサイズがほぼ同じなので、もともと近くに寄せて纏めていたらしい。自分たちの購入できる物だという意識を持つと、どれも良さそうに想えてしまった。
「ご希望なら、中も確認できますよ?」
「そうなんですか!是非お願いします!」
業者の人の説明を聞きながら船の内部も見学してみた。どの船も良く見えているオレは、もう当てにならないのだが。オリガは主に積載量と速度、燃費について質問を重ねていた。
「では、次の船もご案内しますね!」
一隻目は風属性動力式高速警戒艇「ブリッツ・スパロウ」
旧式の軍用船で、今でも通用するスピードと頑丈さを持つおススメ品。
欠点としては。少し燃費が悪く、部品が絶版になっているので。修理代が高くなる事。
「いいね。速そう。見た目も悪くない」
「本当にこれは滅多に出ないおススメ品です!本当に運が良いですよ!」
「これは確か、スカリエッツァ空域の国軍で運用されていた独立哨戒艇だな。一小隊で使える様に幾つかの操作が簡略化されているから確かにオレ達に都合のいい船だ。しかし、確かこの船は大隊規模の支援を受けて運用されることが前提の筈で。その積載量には些か疑問が残るな。ここは他の船も見せてもらってからもう一度考えてみたい」
二隻目は風属性動力式小型輸送艇「ハニー・ホーネット」
今も広く使われている近距離輸送向けの船。
これは性能にしては燃費も良いし、部品の流通も盛んであるが。戦闘を想定していないので要改修。
「かわいい。丸っこい。これは遅いと思う」
「近場で使うならこれが一番かもしれません。勿論、たくさん荷物も載りますよ!」
「おお、これはまた珍しい船をお目にかける。クリニエル空域の商工ギルド連盟が独自開発して販売している輸送船のファーストモデルだな。得意不得意がハッキリとした設計をしていて、本当に積載量はスゴクて下手な中型なら相手にならない位ヤバい。問題はヤバいくらい遅くて、空賊どころか魔物でもまず逃げられない事だな。製造会社は護衛を雇えの一点張りだと言ってたり自前の傭兵団とズブズブだったりと批判も多かった気がする」
三隻目は火属性動力式小型遊覧船「ティンダー・リトル」
これはそもそも実用品ではない。娯楽航行に使う遊覧船の中古品。
燃費は良いし、そこそこ頑丈だが。航海用の装備が付いていない。
「ランプみたい。見た目は一番好き。少し大きい気がする」
「こちらは倒産した会社の払い下げ品ですね。物は良いので長く使えると思いますよ!」
「火属性の主機は正直珍しいというしかない。空の上で火事は死活問題だし現代の飛空船はほぼ木造が主流だからだ。その中でコイツは船体に金属を採用する事でそもそも燃えない船を目指した感はある。だが、気球部にも金属を使っているので重量が嵩み。見た目以上に燃費が悪いという欠点は如何ともし難い。外観の芸術性は確かなので今後も遊覧船として活躍するのがお互いの為だろう」
四隻目は水属性動力式小型巡洋艇「ティアー・メイジ」
ここら辺では少し珍しい空海両用の船。長期航行に使う冒険用。
動力の水の魔石が、海にいる間に自然と充填されるので。実質無補給で運用可能。
「奇麗な色。形がいい。あとは普通」
「このサイズでこの造りの船はダヴルク広しといえどもウチにしかありません!おススメです!」
「まさかここでお目にかかれるとは思わなかった!コイツは魔法使いの職人のみ入社できるというアールブルス社の飛空船で、。一隻、一隻が一品物のまさに珍品。このサイズこのデザインで機能性を損なわず空海両方で運用できる強度を実現するとは。恐ろしく感じてしまう程だ。特に…………まあ、そのうち歴史に残る様な船が新たに出来るとしたら。ここの船だろうな」
最後は土属性動力式小型強襲艇「スチール・ホーン」
一部の地域では今も現役の強襲艇。命知らずの空賊も好む。
とにかく頑丈さに定評があり、敵の船に突っ込んでも全然平気。
「すっごいとがってる。色が汚い。うーん……ちょっとイヤ」
「こちらはつい先日。冒険者の方から持ち込まれた、空賊からの鹵獲品ですね。修繕は終わっていますし、実用に耐えうる事はある意味証明済みです」
「伝説に謳われるドワーフが創業者だと主張するデッカインダストリー社の製品だな。さっきのティンダー・リトルはほぼ全てが金属製だったが。こちらは竜骨を始めとした数か所を重点的に強固にすることで剛性を得ている。ここは設計も技術も凄いのに誰にでも物を売るから評判が悪いんだが。売ってる物の悪評は全く聞かないんだ」
「……お詳しいんですね?」
「いいえ、全く」
どれも非常に魅力的であったが。最後はオリガの推す一番目のおススメ品「ブリッツ・スパロウ」号を買う事にした。
「ホントにワタシが選んだやつで良いの?」
「ああ……」
「後で文句言わないでよ?」
「ああ……」
「お金払うよ」
「ああ……」
事務所に戻り書類に必要な事項を書き記し、ギルドの金庫からお金を引き落とす書類に血判を押した。
「はい。これで必要な書類は以上になります。お疲れ様でした!」
「こちらこそ……ありがとうございます……」
「ディクター様の免状取得に合わせて、お届けできるように準備いたしますので。それまでは此方で責任をもってお預かりいたします」
「お願い……します……」
「それでは。お見送りさせていただきますね。今日は本当にありがとうございました!」
正式な引き渡しは免許取得後だが。これでとうとう飛空船オーナーだ。感慨深い一瞬だが、これからが本番となる。自分で動かせるように技術を身に着けねばならないのだ。
正面入り口で見送られながらオレ達は「シップズネスト」を後にした。
その間の記憶が全く残っていないので、信じるしかないのだが。この後、下宿先の自分の部屋に帰りつくまで、オレは呆然としていたらしく。オリガに手を引いてもらっていたらしい。
気づいたら部屋のベッドだったので驚いたが。そういう事だったのか……。
オリガにはこの後、この時の貸しを理由に幾つか物を奢らされたのだが。それは完全に余談である。
さて、最後の関門。ダヴルクにある操船技能訓練所にて。オレとオリガは、今日から操船技術訓練を受ける。
期間は今日から約三か月。相棒と共に働きながら通い習熟訓練を行い。最終試験に合格すれば、晴れて免状を取得し。船乗りの仲間入りを果たすのだ。
「二十五番ディクター。二十六番コレリカ。確認した。ようこそ訓練所へ」
紹介状を出してもらっているので。特に問題なく、訓練場に入る事が出来た。
ここで実技と知識を、毎日勉強する事になる。
「君たちはこれから一人前の飛空船乗りになる為、厳しい訓練を受けてもらう!」
「三か月というごく短い期間だが。今までウチで免状を出した者から落ちこぼれは一人もいない!」
「すなわち!零れ落ちた者は容赦なく諦めてもらう!覚悟をもって訓練にあたってもらいたい!」
「「「はいっ!」」」
「よろしい!ではまず教官に続いて寮へ向かえ!駆け足!」
今期の入所者は三十人。見た感じ冒険者はオレ達だけの様だ。
号令に従い寮の部屋に私物を預け、制服に着替えてからまた移動。集合場所で行われた最初の説明会で、教本と一緒に今後の予定が告知された。
知識受講が一月、練習場内で操船訓練一月、最後の一月は実際にダヴルク島の近くで飛空船を飛ばす実地研修を行う本格的なものだ。
これだけじっくり腰を据えて勉強するのは……それこそ前世ぶりかもしれない。
問題は。この三か月は勉強に力を入れたいので、仕事は休むことになってしまう所か。
残った貯金は船の雑費に使いたいので。卒業したらすぐに稼ぐ必要がある。
まあ、飛空船を乗り回せるなら大した問題ではないけど。
この後。オレ達二人は、生まれも育ちも違う他の訓練生と。時に協力し、時に対立しながら。恐ろしい教官たちに、船乗りの卵からヒヨコと言えるまで鍛えてもらった。
「ふんっ、卑しい平民と冒険者風情が。貴族である俺と同室だと?」
「何だお前!アイヒルの何処が卑しいんだ!」「落ち着けっ!お前も言われてるんだ!」
「オリガさん、貴女その傷は……!?」「お前たちには関係無い」
訓練は厳しく、脱落者も出そうになったが。その度にオレ達21期生は力を合わせ、手を取り合って課題をこなしていった。
「ど、どうして僕を助けたんだ」
「勘違いするな。この俺がいながら脱落者を出したとあっては。家の名に傷がつくと思っただけだ!」
「おーい!皆の分、丸太持ってきたぞー!」
三か月という短期間の共同生活だったが。オレはこの時の思い出を決して忘れないだろう。
「この嵐では無理だっ!皆、死んじゃうんだぁー!」
「やかましい」「ぶべっ!」「オ、オリガさん!?」
「泣く暇があるなら船を制御しろ。ワタシの相棒は外で気球部の連結を修理しているんだぞ」
「そ、そうだ!俺達も21期生だ!」「アイツだけに恰好つけさせてたまるか!」
「ふんっ!単細胞どもめ」「でも、悪い気はしないんでしょ?」「……まあな」
「主機を止めるな!死んでも動かせ!」「副翼のワイヤーが切れそうだぁ!」
「か、神様ぁ!」「いいぞ!そのまましがみついてろ!」
「もうちょっとだ!この風は!」
「く、雲をぬけた……たすかったぁ!!」
「あーびっしょびしょだわこれ」「お疲れ。着替えいる?」「うん……」
なんか前世でもできなかった青春を堪能した気がする。
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