第二十三話

 ギネク・バルハの物語は、登場したスカラベ4でも詳しく描写されない。


 所詮は一登場人物。例えどれだけの悲劇に見回れようとも、軽い回想として流されるだけだ。


 後に出版された設定資料集で、もう少し詳しい経緯は書いてあるが。それは切っ掛けから、どういう来歴で4の舞台へ来たのかというダイジェスト。

 今、オレが知りたい情報はそこには無い。シナリオライターの脳内にのみ存在している。


「頼む……俺には……お前しか当てがない……」


 目の前で、競争相手に、恥を忍んで頭を下げるコイツに。どのような心の傷が出来るのかは知らないが。この様子だと、ブレイズロアの全滅は運命には記されているのだろう。


「お前はどうしてここに?逃がされて来たのか?」

「……手負いの俺は邪魔だとよ……前線に撤退を告げろと言って放り出された……」


 オリガの質問に、苦虫を嚙み潰したような声色で答えるギネク。

 どうやら魔物の奇襲で傷つき、仲間を残して撤退したのがトラウマになるらしい。


「なら、こんな所で話している場合じゃないな。来い、残りは走りながら聞く!」

「……分かった……すまねぇ……」


 取りあえず話をしながら戦場の方へ移動する。今のメンバーはオレとオリガ、一緒にいた冒険者のおっさんとギネクだ。


「それで、団長の指示はなんて言ってたんだ?」

「……前線のまとめ役にハアッ……非常事態を告げて、ハア……っそいつらと引けってよ」


 門を抜けて砦の外周を回り、サークルジェリーとの戦場へ向かう道中。おっさんの質問に答えるギネクは。傷が痛むのか、少し息を荒くしていた。


「確か前線の区分けは三か所だったか……ここから一番近いのは左方面だね」

「そもそも。ラガルト達なら、周りに気を使わなければ、あの魔物も倒せるんじゃないか」

「……信じられねぇが……ハァ……殺されない様にするので精いっぱいだ……ハァ……俺も一発貰っただけでこのザマよ……」


 負傷しながら走るギネクの姿は痛々しい。しかし、昨日の乱闘でも最後まで平気な顔をしていたこいつが、ここまで弱るとは……。


 脳内で魔物の危険度を修正しつつ、オレはギネクの望みについて詳しく話をさせる。


「ギネク。さっき君が聞かせてくれた、ラガルトさんの指示は遂行するものと思って良いね?」

「ああ……業腹だがハァ……それがあのオヤジの判断で……団長命令だ……ハァ……」


 成程、コイツの望みはその後の話だ。命令を遂行し、その後に仲間たちに助力する。その助太刀をオレ達に頼みに来た。


 今まで見て来たこいつの印象は、お世辞にも良いとは言えないが。血をぬぐう間もなく、因縁を持つオレにした土下座姿と。前世、記憶に残るギネク・バルハの活躍が、オレにあった僅かな陰りを払拭した。


「では、さっさとそのお使いを終わらせるとするか」

「!……」

「手を貸そう。ブレイズロア救援、確かに請け負った!」


 相棒の顔を見ると。呆れながら、肩をすくめて笑っていた。ありがたい事に彼女も同じ気持ちの様だった。


「昨日泊まった宿が良かったからね。ラガルトならもっと良い所知ってそうだし」

「お、俺も力を貸すぜっ!団長には昔から恩があるんだ!」


 オレとオリガ、おっさんの顔を見たギネクは俯き。掠れたような声で「……ありがとう」と言った。


 さて、しょうがないから。巻き込まれてやるか。




 巻き込まれてやると決めたからには、完全勝利を狙いたい。


 タフなギネクを、一撃でグロッキーに出来る魔物が相手とは言え。ブレイズロアの面々がそう簡単にやられることは無いだろう。彼らもまた手練れの冒険者たちだ。


 しかし早くいく越したことは無い。

 さっさと仕事を済ませて、襲撃犯にお礼参りと行こうではないか!


「時間が惜しいから、一度に済ませよう。左はギネク、中央はオレ、右はオリガ。三方に分かれて知らせるんだ」

「お、俺はどうしよう?」

「……あんたはハァ……俺と来てくれハァ……自慢じゃ、ねぇがハァ……俺だけだと信用されねぇ……ハァ……」


 まずは早急に各戦場を開放する事が急務だ。なのでここは、一時的に三方向へバラバラに移動し。それぞれ別ルートで前線の冒険者たちを誘導することで、効率的に任務を終わらせることにした。


「それじゃお先に。合流は一番近い所ね」

「よし!任せてくれ!行くぞギネク、団長たちを救うんだ!」

「うぜぇ……ハァ……ちょっと声落とせ……ハァ……」


 砦に沿った移動が終わり。前線に繋がる平原へ出てすぐ、オレたちは散会した。


 オレの担当は前半いた中央方面。誰かに合わせる必要を失くし、自らの役目をこなすべく。身体へ魔力を充填した。


 強化された肉体に雷が迸り、人の身で出せる速度の限界を超えたオレは。地面に焦げた跡を付けながら、目的地へ駆け抜けた。

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