第二十二話
始まりの鐘の音と共に、砦の砲台から発射されたのは。特別に調合された誘引剤入りの砲弾だ。
その種族にのみ作用する、強力な魔法薬の効果は直ぐに出た。洞窟内部からユラユラと誘い出されたサークルジェリーが、途轍もない群れで寄ってきたのだ。
「第一陣!散会して迎え討て!」
「「「おおっ―――――!!!」」」
各々の持ち場に布陣した冒険者と、魔物の群れとの戦いが始まった。
薬の効果で出てきたのは、主に繁殖できず老いた個体。普通はそのまま死に、生まれてくる幼体の最初のエサになるのだが。そのエサを先んじて減らし、旅立てる幼体の数を減らすのが依頼の目的だ。
「気を付けろ!コイツはまだ生きがいい!」
「飲まれたら大人しくしてロ!なるべく先に助けてやル!」
しかし、残った個体は長く生きている者が多く。その力も相応に高い。
ほぼ意思が無く、反射のみで振るわれている筈の触手が嫌に鋭いのも。歴戦の経験が身体に染みついているのだろうか?
今もまた、一人の
「あがががぁっ!」「ベイジっ!?くそったれ!だから肌を出すなと言っただろ!このマヌケ!」
「相棒を連れてさっさと引け!邪魔だ!」
「ちくしょう!これで前半の稼ぎがパーだぜ!」
不覚を取った冒険者は。同じ組の誰かがさっさと回収し、後方の砦に搬送されて治療してもらう。
作戦開始前にされたブリーフィングで、いくつか守ってほしい事を教えてもらっている。傷病人の回収、拠点への輸送はそのうちの一つだ。
これは主に、小人数向けのグループに周知されたもので。大きなパーティや、クランなどでは、そもそも役割が徹底されているので。説明するまでもないのだろう。
後方送りになると、その時間帯は復帰が認められないので。彼らはご
「おかわりが来たぞ!『網』を用意しろ!」
「たっぷり囲えよ!俺らの獲物なんだからな!」
サークルジェリーが浮遊する理屈は、体内の魔力による物だと解明されているので。専用の対策道具がある。
『網』と呼ばれるそれは、二つ一組の投網射出装置だ。左右から同時に発射する事で、巨大な半球状の網を形成し。それを巻取る事で、サークルジェリーを一度に大量に地表へ引きずり落とす事が可能となる。
『網』は再利用が可能なので、射手はそれを繰り返すだけで効率的にサークルジェリーを死地に追いやる事が出来るのだ。
「よっしゃ!来た来た!」
「浮いてなければ物の数じゃねぇんだよ!このクラゲ野郎!」
「おれらの飲み代になってくれや!」
ギルドから貸与されたそれで、冒険者たちは次々に魔物を空中から引きずり落とし、手に持った武器でバラバラにしていく。
だがそれでも、安全になったとは言い難いのが、この魔物の恐ろしい所である。
「うがっ!がぎぎがっ!?」
「アホっ!ひっくり返った奴にホイホイ近づくんじゃねぇ!」
「くそったれ!折角の稼ぎ時に、お前のお守りかよっ!くそっ!」
サークルジェリーは地に落ちてからも危険だ。空中での移動制御に使っていた足も迎撃に回してくるので。単純に手数が増えるのが厄介だ。素肌に触れると一発でアウトなのも精神にくる。
「触手は刻んでバラしておけよ!間違っても素手で触るな!」
「何でそんな基本も知らねぇ奴が来てんだよ!」
「俺が知るかっ!どうせギルドの懲罰依頼だろっ!」
まあ、それを込みでも。オレとオリガには問題足りえない。
「なんだあいつら……」
練習の結果、複数発を同時に展開する事が可能になった「
サークルジェリーは胴体に浮遊の元がある為、そのまま落ちてくる。そこへオリガが斬り込んでいき、あっという間に一体討伐だ。
こっちに触手を向けてくる奴もいたが。オレは電気で焼き焦がすことで、触手の活動を抑制できるし。オリガはそもそも当たらない。見てから細切れにしてしまえるので、相手になっていない。
「こんな依頼に何であんなのが来てんだよ……」
「ギルドの紐付きじゃねぇの?まあ、仕事が楽になるのはありがてぇ」
「儲けも減るじゃねぇか!?」
周りの迷惑になるので、持ち場は端っこの更に端だが。それでもオレ達の討伐数は、この組で最も抜きんでていた。
襲い来る触手を切り払い、ドンドン身体の体積を減らされたジェリーは、それに比例して動きが鈍り。最後に脱力した触手が地に落ちる。
「ス―――――フ―――――……」
(魔力反応はキッチリ消えている、これでスコアはまた一点)
油断なく残心を残すオリガを視界に置きつつ。オレは振り分けられた戦域を見渡し、見落とされた脱落者が居ないか探知を広げていた。
「やりやすいのは良いけど、この死骸は普通に邪魔だね。半端に透けるから、目が勘違いしてうっとおしい」
「アイヒルなら、ちょっと探知範囲を広めにとると良いよ。目は空けてないと残骸で躓くけどね」
間引き作戦が始まってはや一時間。時折、脱落する人は出たが、それを含めても作戦は順調と言えた。
オレ達の討伐もいたって好調。さっき仕留めた奴で、三十と少しは始末したか……。オリガも斬る時の感触が面白いのか、鼻歌交じりにザクザクとジェリーを切り刻んでいて。実に楽しそうだ。
この調子なら、例えブレイズロアの面子が多くとも、いい勝負になりそうだ。と思いながら、次に取り掛かろうとすると。砦の方から再び鐘の音が聞こえた。交代の合図だ。
「あっちゃー……ここで一回休みかー」
「いいんじゃない?ワタシも、そろそろ剣に着いた汁を何とかしたかったし」
これは集団戦なので、合図には素直に従う。
前線を下げて砦がジェリーの目標にならない様に。砦から来た交代要員が持ち場に着いてから戦場を後にしないといけない。
「よっ!お疲れさん。見てたぜ、あんたらかなりやるな!」
「俺等の分まで食われないかヒヤヒヤしたぜ。これから稼がせてもらうからな!」
「次の出番までゆっくり休んでくれ。何ならそのまま見てるだけでもいいぜ?」
「お疲れ様!もし食われても、魔法が届く範囲なら助けて差し上げるよ!」
「そりゃおっかねぇ!奴らごと焦げちまうぜ!」
戻る道すがら、すれ違いざまに掛けられた声に軽く返し。歩いて門をくぐった。
「お疲れ様です。アイヒルさん達の討伐数は三十一体になります」
「お疲れ様でっす。カウントありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
砦に戻ると、特別に付けてもらったギルド職員から、オレ達の討伐数を教えてもらう。こっちが把握していた数と同じだった。
「お手並みを拝見させていただきましたが。その若さで突出していますね。どこでその魔法を?」
「ゼットゥスで見つけた古い魔法指南書で学びましてね。幸運にも才能に恵まれました」
「成程。機会があればその本を見せていただいても?」
「ええ、今は宿に置いてあるので。この依頼が終わってからならいつでも」
職員さんと雑談を交わしながら。オレたちの組に提供された待機所で、休憩がてら装備の点検を行う。
ほとんど魔法しか使っていないが。何度か前に出たので。剣と盾、両方の調子を見ておく。
オリガも早速、二本の剣に付着したジェリーの体液を布でぬぐい清めている。
待機所の周囲は、同じように時間を使う冒険者で賑わい始めた。すると自然に彼らの姿も見る事になる。
「みんな~しっかり休んで、後半もビシバシ働くわよぉ~!」
「「「うっすっ!了解っす団長!」」」
「いいお返事!アタシはジェリーに見ほれたうっかりさんのお見舞いに行ってくるから。アナタ達は良い子でなさいね~」
向こうにいたのは対戦相手のブレイズロアの一行だ。待機所の一角を占める大人数の一団。赤を基調とした装備の集団の中。ラガルトさんは、それでも頭一つ抜けた存在感だ。
「アラ?アイヒルちゃん達じゃな~い。お疲れ様、調子はどうかしら?」
「お疲れ様ですラガルトさん。こっちは順調ですよ」
一人救護班の方へ向かっていたラガルトさんが、こちらに気づいて声を掛けに来た。
こういうマメな所が、彼が慕われる理由なのだろうか?
「まあ!随分派手にやったのねぇ。これはアタシ達もうかうかできないわ~!」
「ご謙遜を。ヤーリシァ団長とブレイズロアの討伐数は、今も加算されているではありませんか」
こちらの職員さんが、ラガルトさんの言葉に異論を投げかけた。どうやら知り合いみたいだ。
「あら?リーザ、ここに居たのね。お母さん探しちゃったわよ」
(お母さん?)
「勤務中です。団長は傷病者の慰問ですね?」
「そうそう!アタシちょっと行かないといけない所があるの!アイヒルちゃん達も頑張ってね!」
職員さんの言葉で用事を思い出したのか。激励の言葉を残すと、
「……立派なご家族ですね」
「ええ、尊敬できる自慢の母です」
「あっそうだ。あっちはどれだけ数をこなしたか聞いても良い?」
「勿論です。クラン「ブレイズロア」は。前半戦、討伐数を三十三で終えています」
ちょっと妙な情報が紛れ込んだが。向こうも良い調子でスコアを伸ばしている。あっちは数が多いので、交代しても数を伸ばせる。これが出来るから集団は強い。
「あくまでギルドは中立ですが。あなた方と問題を起こしたのは、あのギネクと聞いています」
「ええ、そうですね。ラガルトさんにはっ……!?」
これは後半戦もっとペースを上げないと危ないかもしれないな。と考えていたオレの背筋に悪寒が走り。ほぼ同時に、感知範囲へ大型の魔物の気配が出て来た。
咄嗟に職員さんを庇った次の瞬間。砦の中央部を吹き飛ばし、地中から謎の魔物が、突如として出現した。
「きゅおおおおお―――――!!!」
「な、なんだぁ!?」
「魔物だっ!かなりデカいっ!」
破壊された瓦礫が降り注ぐ中、そいつは自分が空けた穴から砦内部に侵入し。中央部の周辺の人たちに襲い掛かった。
「きぁあああああ―――――!!!」
「うぎゃあぁっ!」
「何だよこいつ!こんなの聞いてねぇよぉ!」
休息中に襲われた冒険者たちも、この日に集まった腕利きだ。とっさに反撃しようとするも。未知の魔物の急な襲撃に態勢を崩し、集団での反攻が難しい。
「こ、これは一体……!?」
「取りあえず、職員さんは砦から逃げて馬車の方へ。助けを呼んでください」
「そうだね、そうするのが一番いい。行くよ」
飛来した瓦礫はどうにか凌いだが。近くに非戦闘員が居る状況で、巻き込みかねない反撃は厳しい。
混乱の渦中にある砦内部は、人の流れが激しく。魔物の方へ無理に移動する方が危険と判断。まずは近くに居るギルドの職員さん達を逃がすことにした。
「皆さん、ここは危険です!馬車の停留所まで逃げてください!」
「道具は一旦放棄して!命を優先するの!急いで!」
ここでは新顔のオレ達だけでは説得力に欠けていただろうが。一緒にいた職員さんが率先して協力してくれた事により。待機所近辺の人たちは、秩序だった避難を始められた。
オレ達に賛同してくれた冒険者たちが、人の壁になる事で門の一つを確保。非戦闘員を一先ずそこから逃がし、砦内の人間を減らす事が出来た。
「きぃいいいいい―――――!!!」
「ひぃー!もう駄目だぁ!助けてくれぇ!」
「テメェらどけよっ!俺が逃げれねぇだろっ!」
しかし、依然として元凶は暴れまわり。被害は拡大し続けている。
狂乱に飲まれた冒険者の一部は、逃げ場を求めて人にも刃を向けかねない状況だ。
オレも避難を手伝いつつも、このままでは最悪の結果になる事を予感していた。
「きゅおおおおお―――――!!!」
「うおおおおおおおぉぉぉっ―――――!!!!!」
「うおっ!」「ひっ!?」「この声は……」
この混乱を引き裂く様に。魔物の叫びすら凌ぐ咆哮が砦に響き渡る。
恐怖に取り乱した人々が、皆視線を向けるその先に、赤銅色の鎧が在った。
「この場は!!「ブレイズロア」が!!引き受けた!!」
「アンタ達っ!!自分の仕事をっ!!全うしなさいっ!!」
その宣言を残し、ラガルトさんとそれに付き従う一団は、雄たけびを上げながら魔物へ向かい突撃していった。
一喝で戦場と化した砦に冷静さを取り戻し、そこにいた全ての者に組織的な行動をとらせたのだ。
「今の内だ!急げ!」
「ブレイズロアが背中を守っている!」
「助けが必要な奴は手を挙げろっ!」
それまで人の壁になっていた冒険者たちも、一斉に救助と避難の手に回る事で、砦内部は避難が完了し。最後は冒険者たちの撤退に移った。
「おいっ、アンタらもそろそろ出なっ!」
「アイヒル。どうやらさっきのが最後のケガ人だ。ワタシ達も一旦引こう」
「……大丈夫そうだね。じゃあ、そうしよう」
発起人の務めとして最後まで残っていたオレ達だったが。周辺の人影も、殿を除けば消え去り。一緒に残ってくれた冒険者の言う通り、自分たちの避難する番になった。
「おいっ!テメェら!」
その時、此方を呼び止める聞き覚えのある声が一つ。
そこには手負いの血まみれ姿で此方を睨む、ギネクの姿があった。
「てめえギネク!?ラガルト団長はどうした!」
「ザコには用はねえ!引っ込んでろっ!」
冒険者の言葉を一蹴し、オレの方へ歩いてくるギネク。
この非常事態に余計な事をするのなら。ちょっと気絶していてもらおうと考えていたが。次の動きでそれは杞憂だと理解した。
「頼む!俺とオヤジに手を貸してくれ!」
土下座である。
そして、この非常時に何を言い出すのかと続きを促せば。殿に行った仲間たちの危機に助太刀をとの救援依頼だ。
あれ?何か聞いたことある様な……。
もしかしてこれ、原作にあったこいつのトラウマ発生イベントか?
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