第二十一話

 日の出前の早朝、いつも通りの時間に目が覚めたオレは。後ろ髪を引かれながら寝床を辞した。


 昨日の内に朝の修行の断りはとってある。大きな音を出さない事を条件に、許可を得たので。今日は依頼を控えている事も合わさり。今朝は剣の素振りと軽い運動に留める。


「すぅ―――――はぁ―――――」


 この町で迎えた最初の朝は、引き締まった空気の中で行う素振りから始まった。




 ダヴルクはコーダ空域最大の都市である。大きな本島に寄り添う、小さな島々を巨大な鎖で連結し、それぞれを一つの大きな区画として扱っている町なのだ。


 聞いた話では、島を連結している鎖は先史文明時代の遺産だとか。町の地下に、その時代の遺跡が残っており、未だにお宝が眠っているとか言われている。


 伝え聞くだけでも、こんなに面白い所があるのだから。数日は町の探索に費やして、探検したかったなー。


 昨日は宿についてすぐ、装備の手入れだけして寝たけど。余裕が出来たら、休みを設けてウロウロしたい。


 ちなみに。町に着いて早々、地元の有名な冒険者と揉め事を起こした訳だが。広い街なだけあって、俺たちに関する噂は、それほど広がっていなかった。

 冒険者御用達の店でも、ほぼ正確な成り行きが伝わっていて。転居初日から、針の筵状態にはなっていない。あーよかった!




 さて、今日は依頼当日。魔物討伐のついでにちょっとした勝負をやる日だ。


 朝一番の修行を終えて、部屋で身支度を済ませたオレは。出してもらった美味しい朝食の後、腹ごなしがてらオリガと軽い手合わせをする事にした。


「思えば、アイヒルとこうしてしっかり立ち会うのは初めてだね」

「今まで別のところに下宿してたからなぁ」


 宿から少し歩いたところにある空き地で、お互いに少し間を開けて向き合う。

 オレは何時も使っている盾と剣を構え。オリガは二本の剣を手元で回し戯れている。


「それじゃあ、この棒が地面に落ちたら開始ってことで」

「わかった」


 その辺に落ちていた棒を真上に投げる。

 棒はゆっくりと落ちていき、軽い音を立てて地面に落ちた。


「ふっ」「はっ」


 それに合わせて、ほぼ同時に踏み出したオレ達二人は。同じタイミングで剣を突き出した。


 二刀流はスカラベシリーズでも、滅多に見ない流派だったが。実装された作品では、どれも例外なく強かった。


 特に3プレイヤー間で流行した。左右で別の効果を付与した武器で行う「状態異常祭り」は、3当時の最強ビルドと名高く。その後のシリーズで、二刀流キャラ実装を委縮させたとも言われている。


 敬虔なスカラベファンであるオレが。最初の仲間にオリガを採用した一因に、二刀流があった事は否定できない。


 こうして剣を交えると、その判断が間違っていない事を確信できる。


 本人から聞いたのだが、彼女の剣は故郷で修めたものだという。

 絶え間なく刺突と斬撃を折り重ね、それに気を取られると足技で態勢を崩してくる。実に攻撃に寄った制圧型の剣術だ。


 オリガはそこに加えて投げナイフを見舞ってくる。下手に間合いを外すと、紐づけられた様にナイフが着いてくる、最初に見た時はビックリした。


 訓練なので、お互いに身体強化や魔法武装は抜きだ。だからこそ、素の技術が浮き彫りになる。

 やはりと言うか、オレとオリガでは基礎の積み重ねからして違う。じわじわと攻撃の主導権を握られて、分かっているのに防戦一方へと誘導されてしまった。


 やっぱりオリガと組めて良かった。彼女となら、今後も非常に面白い旅が出来るだろう。


「はい、詰み。ワタシの勝ちだね」

「ま、参りました……」


 足の甲を踏まれて動けなくなり、盾を構える間もなく剣先が心臓の上へ添えられた。オレの完全敗北だ。


「その年にしては基礎がしっかりしてる。真面目に鍛錬を積んでいるのが分かるよ」

「ありがとうございまーす」

「けど、根本的に盾が向いてないよ」

「え”」

「何度か使わせたけど。その度に、塞がった視界を開けようとするから、動きが単調になってる」

「あらー……全然気づかなかった……」

「今までは魔力探知でそれを補ってたかもしれないけど。それなら別の武器で手数に繋げた方が良いよ」

「うーん……なるほどなぁ……」

「でも、こっちの動きにしっかりついてこれるのはスゴイね。魔法込みなら、今でもワタシより強いかも」

「褒めすぎじゃない?調子に乗っちゃうからほどほどにして」


 一連の攻防の感想戦が終わった所で。安全に依頼を遂行する事、ついでに勝利をつかもうと激励し合い手合わせ終了。


 装備を整え、お礼を言って宿を出た。




 今回の依頼は。ダヴルクを治める為政者から、冒険者ギルドへの委託定期依頼。内容は、町のある本島に生息する魔物「サークルジェリー」の間引きだ。


 この魔物は知っている。クラゲっぽい体に魔法陣のような模様がある魔物だ。


 その見た目に違わず、触手全てに麻痺毒があり。それに触れると、毒で動けないでいるうちに巻き付かれ。胴体に飲み込まれてしまう。


 そうして長距離移動のを集めると。集団で回遊し、遠くの繁殖地まで旅していくのだ。


 この島は、どうやらゲームでは出てこないその繁殖地だそうで。しょっちゅうサークルジェリーの大群が流れて来るそうだ。


 命がけで倒しても、売れる素材も出ないので儲けが少ない上に。万が一攫われるとほぼ助からないので、この仕事は人気が無いらしい。


 なので。これを受注する冒険者は、よほどの物好きかお人よしか、ギルドから指名された冒険者クランが点数稼ぎに受けるのだそうな。


 つまりは、私的な勝負に使うのに何の障害もないという事だ。




 ギルドに着くと、間引き依頼用の受付が開設していたので、そこで参加手続きを済ませた。


 周囲には同じ依頼を受ける冒険者が屯しており。中には昨日顔を見た者がちらほらと見える。彼らもオレ達と同じペナルティ組のようだ。


「おっはよーうアイヒルちゃん、オリガちゃん。今日は、素敵な冒険日和になりそうね」


 二人してロビーで手持無沙汰になっていたら、重武装に身を包んだラガルトさんがやってきた。


 全身を赤銅色の金属鎧で覆うその姿は。鱗人である彼の巨体も相まって、独特の威圧感を放っている。

 背中に背負う鎧と同色のハルバードが、その威圧感をはったりではないと保証していた。


「おはようございますラガルトさん。今日はよろしくお願いします!」

「おはようラガルト。スゴイね、全身アダマント?」

「ええ、昔ちょっとね?」


 彼はどうやら、出発前に各方面へ挨拶して回っているらしい。

 一応、昨日揉めた相手であるオレ達に、声を掛けに来るのはどうかと思ったが。そんなことを気にする人ではないと、思い直した。


「もう少しで出発するから。それまでにしっかり準備するのよ?」

「了解です、わざわざすいません」

「もう!そこはありがとうでしょ?じゃあ、向こうでまた会いましょ!」


 そう言い残して、彼はまた人込みへと消えて行った。


 忠告に従い、出発前に手早く用を足したりして時間を使うと。現場へ向かう馬車の用意が出来たと、係員の声が聞こえて来た。


 誘導されるままに、ギルドの裏手から伸びる通路を進み、大型の馬車が連なる停留所に着いた。

 馬車は八頭立ての、見るからに頑丈な造りで。冒険者以外にも、今回の依頼に必要な資材がたっぷり積み込んであった。


 そうして、最後の積み荷である冒険者で埋めた馬車から次々出発していき。その列は町から伸びる陸路を真っすぐになぞっていく。


 移動中の車内は特筆する事もなく、いたって静かな雰囲気で終わり。ついに作戦拠点へ到着した。


 そこは岩山に空いた洞窟で、サークルジェリーの繁殖地になっている。そこを監視できる位置に建てられた石造りの砦は。長年、この地で間引きを支える要なのだ。


 砦外部に設けられた馬車置き場から少し歩き。冒険者たちは、砦の中で各々の武具を点検したり、最後の打ち合わせに忙しそうにしている。

 多種多様な見た目の彼らが同じ目標に準備するその姿は壮観だ。


 かくいうオレ達も、少人数グループ向けの割り当て場所で、自分の武具を調節している。

 ここでは初めての実戦だ。勝負の事もあるが。今後の活動の為にも、大人数の前で力をふるうこの機会は大切にしたい。昇格に有利になるかもしれないからだ。


 相棒はいつもと変わらない表情で、自分の剣を弄りながら黙って座っていた。堂々としたその姿は実に絵になる。カッコイイ。


 そうしてそれぞれの時間を使っていると、砦の見張り台から鐘の音が聞こえて来た。そろそろ始まりという知らせだ。


 目を開け、立ち上がったオリガと向き合い、互いにうなづくと出発地点に足を運んだ。


 これから戦いが始まる。

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